機械の心臓
カレドニア
轟轟と響く蒸気の音、歯車を軋ませる金属音、行き交う人々の喧騒。そこは、巨大な機械仕掛けの都市だった。灰色の空の下、幾重にも重なる歯車とパイプが、まるで生きた怪物の血管のように街全体に張り巡らされている。
アレックスはその喧騒の中に立っていた。行き交う人波を眺めながら、ぎこちなく機械の指を握りしめる。幼い頃の事故で失った四肢。今では精巧な機械の義肢がその代わりとなっていた。
「おい、アレックス!ぼーっとしてると危ないぞ!」
背後から明るい声が聞こえた。振り返ると、赤毛でそばかす顔の青年が立っていた。幼馴染のルーカスだ。彼は屈託のない笑顔で、アレックスの肩を叩いた。
「大丈夫、もう慣れたよ」
アレックスは苦笑しながら答えた。機械の体になった当初は、自分の意思通りに動かない義肢に悩まされ、絶望感に苛まれた。しかし、周りの人々の支えと、機械技師としての仕事を通して、少しずつ新たな体を受け入れられるようになってきた。
「今日は仕事休みだろ?一杯どうだ?」
ルーカスが誘ってきた。彼は飛行船のパイロットとして、世界中を飛び回っている。カレドニアに帰るのは数ヶ月ぶりだった。
「ああ、いいよ。お前の自慢話を聞くのも久しぶりだしな」
アレックスは快諾した。ルーカスの冒険譚はいつも誇張だらけだが、どこか憎めないところがあった。
賑やかな酒場に入ると、ルーカスは早速、航海の武勇伝を語り始めた。南方の島で巨大な海竜を目撃したこと、砂漠の遺跡で古代の秘宝を発見したこと。どれも眉唾物だったが、アレックスは相槌を打ちながら、懐かしい友との時間を満喫した。
「ところで、お前、最近元気がないな。何かあったのか?」
ルーカスは酒を呷りながら、アレックスの様子を窺った。
「…実は、自分の体を取り戻せるかもしれない方法を見つけたんだ」
アレックスは静かに語り始めた。幼い頃の事故以来、ずっと諦めずにいた希望。風の噂で聞いた、失われた体の再生。その鍵を握るのが、暴走した機械のコアだと、彼は最近になって知った。
「…コアか。確かに、あれはとんでもない代物だったらしいな。街全体のマナを吸い尽くすほどの力を持っていたとか…」
ルーカスは神妙な面持ちで呟いた。マナは人々の生命力であり、機械の動力源でもある。幼い頃の事故では、暴走した機械が大量のマナを吸収し、街に壊滅的な被害をもたらした。
「そのコアが、どこにあるか知っているんだ」
アレックスは真剣な眼差しでルーカスを見つめた。
「…まさか、あの場所に行くつもりか?」
ルーカスは息を呑んだ。アレックスが言及したのは、王国で最も危険な場所の一つ、古代魔法文明の遺跡「ルーンテンプル」だった。
「ああ。危険なのは分かっている。でも、これが最後のチャンスかもしれない」
アレックスは静かに、しかし強い決意を込めて言った。
「…分かった。お前の決意は固そうだ。俺も一緒に旅に出よう。危険な旅になるだろうが、お前一人にはさせない」
ルーカスは力強く言った。彼の瞳には、幼い頃、アレックスを励まし続けた時と同じ温かい光が宿っていた。
窓の外では、カレドニアの機械仕掛けの心臓が、轟轟と脈打っていた。それは、新たな冒険へと旅立つ二人の鼓動と共鳴しているかのようだった。