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小谷城の戦い・二

あ、れ・・・?気づいたらもう三月になってるんだけど…

 越前に置いて朝倉左衛門督義景を始め彼女の妻子らの死を見届けると、後の始末は降伏した旧朝倉勢に任せることとした。

 そのまま俺達は取って返す様にして再び北近江小谷城の眼前へと帰陣するのであった。


「浅井新九郎が父子との因縁は今日この時を以て終わらせる。それまでは何があろうと退くことは無いと心掛けなさい。備前守の係累は尽く殺し尽くしなさい」


 その声には確かに決意の込められた、はっきりとした物言いであった。俺達将兵も自然と身に力が入り、高揚感のみ浮かぶのであった。

 元亀の初頭よりの謀反から都合三回目となる小谷城攻めが始まる。


 ※  ※


 当初は大嶽砦に戻り勘九郎と留守の間に動きがあったかを確認して特に問題が無いと分かると、姉上は三十郎兄上と共に虎御前山へと本陣を移したのであった。

 そして俺達清州衆は兄上と入れ替わるようにして、当初の予定通りの勘九郎を大将として、他の一門衆や若手武将たちと共にあるように命じられたのであった。


「それにしてもこの砦は良い所に築かれてますな。浅井の城が丸見えです」

「そうだな奥村。だがその分小谷城が堅城であることを思い知らされる。南北に伸びた長い城郭、複数の曲輪に山の斜面に沿うように作られた天然の防壁。場所によっては石垣まで作られている」

「左様ですな。これで外部からの救援の軍勢が居たら攻めては気が気でなかったでしょうな」


 奥村は息を吐きながら話す。その漏れだした意気は哀れみか諦観か、何を考えながら漏らしたのだろうか。


「だがそれはもう過去の話だ。朝倉が滅びた今、浅井はこの一戦で終わりとなる。姉上を敵に回したことこそ備前守殿の最大の失策だ」


 それが現状を招いているのだ。徳川の様に同じ道を歩めばこんな事態にはならなかっただろう。

 もし、そうであったならば・・・。

 感傷に浸るようにしていると有りえぬ空想が脳裏に浮かぶ。それを振り払うように頭を振り、再度眼下を見下ろす。備前守殿は敵であると意識しながら・・・。


「ところでお市様はどうするンですかね。まさかこのまま浅井と共に、って訳にはいかないンじゃないですか」


 そこへやって来たのは玄蕃であった。

 妹は浅井備前守に嫁ぎ、敦賀で浅井の謀反を知らせて以来何の音沙汰も無くなって久しかった。

 共に浅井家へと向かった傍付きの藤掛善右衛門の文によれば、生家と婚家が争うこととなったために必然と浅井の家臣からの目が一時厳しくなっていたが、お互いに慕い合い正に比翼連理の如き様から二心無しと見られ受け入れられているとの事であった。

 そして今回の存亡の危機を前にしても戻ろうとしないと書かれても居た。

 現に何度か三十郎兄上から戻るように呼びかけをしていたそうだが、どれも拒絶して今を迎えているのである。それでも何とかしようと足掻いては居たが先に時間が来てしまったようである。


「それを考えるには時間切れってやつだ。越前を抑えた以上この北近江に反抗勢力を存在させることは出来ない。だから今この場に俺達が居る」

「この土壇場において不利を受け止めて備前守が降伏する、って事は無いですかね。そうすればお市様もきっと・・・」

「悪いがそれは有りえない。備前守殿はそうまでして生き永らえようと考える御仁ではない」


 そうして以前の人質として少しの間を話していたことを思い出す。すでに彼は留まることを考えていなかった。どちらかが死ぬまで戦が終わらないのだ。


「それよりも玄蕃お前はどこから攻め込めばいいのか見つけてきたのか?」

「ああ、言われた通り山の中に交じって捜してきましたよ。だいぶ苦労しましたけど」


 言いながら彼女は傍に居た兵士が持っていた紙をひったくるようにして見せてくる。そこには大まかではあるが、攻め口となりそうな箇所に印が打たれていた。


「まあ捜していましたらね、浅井に先は無いと逃げている奴がちらほらと居りまして、そいつ等をとっつ構えて状況だとかを確認したンす。で、この京極丸を境に北の小丸に浅井下野守が、そして本丸には浅井備前守がお市様と共に籠っているそうなンすわ」

「そうか」

「それに今の私どもは北に若様が、南の虎御前山に殿が居ることでやはり意識はそっちに向いてるみたいです。それを考えると――」

「京極丸は狙い目ということか」


 俺の言葉に玄蕃は、そうだと言うように頷く。この備前守と下野守とを繋ぐ京極丸を落とせば彼らの連携を崩すことが出来る。それにそうなってしまえば必然と彼らは追い込まれることになりそれで勝敗が決するかもしれない。


「では総攻めの下知が下りたら俺達は列を抜け出す。このことは誰にも言わずに行うからな。その時までなるべく後ろで待機して置くぞ」


 奥山達は俺の指示を聞くと、返事をした後に兵たちへ伝えに行く。俺は何を考えるでもなくその背をただ見つめるのであった。


 ※  ※


 城攻めが開始されたのはそれから数日が経ってからの事であった。

 その間浅井の申し入れにより城内から浅井家とはかかわりも薄く、戦に関係のない者達が城から逃れ出てきていた。姉上は浅井の係累の者が逃げ延びる万が一の事があってはならぬと、その者らの顔を荷を確かめさせていた。何人ものの人を見送ったがそこに市の姿は、やはり見受けられなかった。


「浅井を根絶やしとせよ!」


 法螺貝の鳴る音。将兵の鬨の声。遠くより銃声が木霊し始める。

 日が頭上を越えた頃に至って総攻めが開始された。

 姉上が率いる本隊は虎御前山の目前に位置する出丸や金吾丸へ。大嶽砦に籠る勘九郎達は北方の六坊より攻めかかり始めた。

 あちらこちらで行われる攻防にあっては、この時にあってもなお浅井の為に力を尽くさんとする勇士たちにである。退く気も無く、だからと勝てると思っておらず、ただただ一人でも織田の者を道連れにしようとする者達によるものであった。正しく死闘である。

 その中にあって俺達清州勢は、徐々に小谷城の端の攻防より離れて清水谷へと駆け下りていく。


「本丸の新九郎殿を狙うぞ!ひたすらに駆けるんだっ!」


 その道中において、浅井勢の多くはやはり戦場となっている場所へ応援しに行っているようであった。しかしその全てが向かっているわけでは無く、当然谷筋の警戒をしている者達も居た。

 本丸を目指す俺達はやはり目につくようで、時々頭より矢が降ってくるのであった。とはいえそれは障害にならない程度のものでしかなかった。

 出くわすたびに玄蕃や三之丞らに兵を連れて敵を潰しに向かわせる。

 何度かその繰り返しをしながら進み続けると、隊列を整えながら警戒をしている一団が姿を現した。


「殿」

「ああ。一度隊列を整えてくれ」


 彼らの姿を見るに、生半可な戦ぶりでは手痛い目に会うことが簡単に理解できた。その為に奥山へ指示を出し、気合を入れてから攻め込むことを選択した。そしてそれは相手も同じであった。

 互いに少しの間にらみ合いが続き、いつ戦端が開かれるか時間の問題であった。だが俺はあることに気づいた。そしてそれを確かめるべく、馬を先頭へ歩かせる。


「殿お待ちを!」


 傍に侍っていた兵から、俺を止めようと声が掛けられるが、無視をして前へと出る。

 その行動に相手は弓を引き絞り、槍を前へと倒しいつでも攻撃ができるように構える。


「こちらは清州の織田喜六郎である!そちらも織田の者であろう?名を名乗られよ!」


 俺の言葉に相手は一気に力を抜き、先ほどまでの敵意があっという間に霧散する。そして後方の大将へ向けて困惑した雰囲気で後ろを気にしだした。それから少しして現れたのはやはり織田の将であった。


「いんや~申し訳にゃあでかんわ。おりゃあてっきり浅井のモンだと思ったでよ、手柄取る為に襲う所だったわ!まさかおりゃあ以外にこの谷を進むモンが居ると思わなかったわ!さすがの喜六郎殿でにゃあか」

「藤吉郎殿でしたか。同士討ちとならなくて安心しました。」


 どうしてこちらに?などと彼に聞くのは無粋なことだろう。この御仁の武功に対する嗅覚には目を見張るものがある。大方抜け駆けして功を上げる為に虎御前山の本隊から抜け出してきたのだろう。

 見当を着けつつ訊ねてみるとやはりその通りであり、彼も半兵衛殿の下調べで下野守がこの北側の小丸に居ることを聞き、本丸と小丸との間に位置する京極丸を落として彼らを追い込みに来たとの事であった。

 俺達と同じ考えであった。だから自然と功を競い合うこととなるのだが、俺は一つ提案をすることにした。


「藤吉郎殿、曲輪を落とした功は譲りますので共に参りましょう。落とした後は藤吉郎殿は北の小丸へ、我らは本丸へ向かいます」


 俺の提案に藤吉郎殿はいやそうな顔を浮かべる。まあこれは当然のことだ。俺が居れば多少は曲輪を早く落とせる。だが俺が共に居ては結果的に自身の手で落としても功が霞むことになる。それに万が一曲輪の攻防の最中に下野守が本丸の備前守殿と合流するために逃げてしまった場合、攻め口の約束が問題となってしまう。そのような懸念から素直に頷けないのだろう。

 すでに戦は始まっている。こうしているだけの時間は惜しかった。だが藤吉郎殿にとっても功の大小に関わる事態なのだ、そう簡単に承諾できるはずもない。


「だったら私が洛中で見た猿が囲ってる女子の事を忘れてやるよ。確かその女子の腹は膨れていたよな」

「げげえっ!?」

「兄さん!今の話は真の事ですかっ!?」


 いつの間にか俺の後ろには玄蕃が立っていた。彼女は侮蔑の目を向けながら藤吉郎殿を見ていた。

 そして俺の後ろに玄蕃が現れた様に、藤吉郎殿の背後には彼を追ってきた小一郎殿が怒りに震えながら立っていた。

 そして当の本人である藤吉郎殿は思いっきり動揺して視線が定まらず、顔を青く変えながら終いには体を震えさせていた。一方で俺や小一郎殿は、その妾の存在を知らなかった多くの者は皆、彼のできた妻の姿を思い返し、怒りで顔を赤く染め上げていた。


「な、ななななぁんのことだぎゃあ?法螺を服にしても大概にせんかえ!こんたわきゃあっ!」

「ハッ!そンな口を渡しに聞いても良いンか猿?確か七条の方だったよなあ・・・。三郎様がこのことを知ったら、テメエの首は刎ねられるかもしンねえなあ」

「な、なんでそれをっ・・・!じゃなぁて、そんな戯けた話を殿が信じる筈にゃあでよ!法螺吹いたおみゃあさんこそ、首を斬られるでよ、そぎゃあな戯けた事は言わんほうが身のためだぎゃあ!にゃあ喜六郎殿?」


 慌てながら弁明する藤吉郎殿は、玄蕃の口を止めるように目くばせをしてくる。彼の慌てぶりから嘘ということはまずないだろう。だがこの話を聞いてしまっては藤吉郎殿に味方することなど到底できない。何故なら――


「藤吉郎殿が寧々殿との婚姻が為るようにと、尾張であれほど姉上が骨を折ったのです。それなのに寧々殿よりも先に、どこぞの者とも知れぬ女子を孕ませたと聞いては、俺から玄蕃に何か言うことなど出来ませぬ。それにその様子では寧々殿の了承も無く密かに手を出されたようで・・・。これでは救いようなど有りません」

「そんにゃあ喜六郎殿!」

「小一郎殿、俺達も共に攻め込ませていただきます」

「勿論構いません。これ程心強いこともありません」

「なあに言うとるんがね小一郎!」


 縋ろうとする藤吉郎を無視して小一郎殿へと了承を求める。当然彼も兄である藤吉郎殿の所業に耐えがたいものを抱いていたので、一も無く工程をしてくれる。だがそれに対して藤吉郎殿は声を上げる。


「だまらっしゃい兄上!俺や半兵衛殿が岐阜で走り回っていたのは兄上が功を立てられるようにと思っての事ですよ!それなのに自分は義姉上に黙って妾を作り子を孕ませていたとは・・・、この小一郎馬鹿を見せられました!これでは義姉上にも殿にも面目が立ちません!」


 食い下がろうとする藤吉郎殿であったが、今までとは違う弟の姿に委縮してしまっていた。それでも欲の皮が突っ張ている彼は、何度か小一郎殿に考えを帰るように迫るが、小一郎殿だけでなく兵達からの冷めた視線に圧し負けてしまい、小一郎殿の命によって配下の者に抱えられて場を離れることになった。


「・・・失礼いたしました喜六郎様。共に曲輪を落としてしまいましょう」



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