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京焼き討ち没

 “かぞいろと 養ひ立てし 甲斐もなく いたくも花を 雨のうつ音”


 京の町では不義理を働いた将軍を懲罰するために織田信長が兵を率いて上洛をしてくると、上へ下への大騒ぎとなっていた。

 この事態に憤慨した町衆の者達は、京の市中に落首を書き立てたり、信長が入洛するのを阻止せんとその意を問い考えを変えてもらおうと奔走していた。

 しかし信長は彼らのことなど眼中にすらなく、会うことも嘆願を聞くことすらも無いままに果たして入京してしまった。


 信長の心が本物であると感じ取った町衆は上京も下京もなく、蜂の巣を突いた騒ぎとなっていた。

 なおも将軍義昭は沈黙を保ち続けているのであった。


 知恩院に入った信長は、これだけの軍勢を率いてもなお将軍へ講和を求めていた。

 このまま和議が為らねば京を焼くと伝えても相手はそれを無視した。であるならばとこちらの本気度合いを見せつける為に洛外の寺へと放火した。

 しかし放火に対して将軍は何ら反応を見せずに、それどころか京で奉行を任せていた村井民部少輔の屋敷を幕府の者共が包囲し焼き払った。それでもなお、自らと奇妙の出家、さらにには丸腰での謁見を条件に和議を纏めようとしていた。

 だがやはり彼らには織田との和睦という考えが無かった。



 ※  ※


「殿!さしもの将軍相手といえどここまで舐められた態度で居られては、我らの沽券に関わりまする!」

「左様!あの花畑の如き頭を持つ連中へ我らの恐ろしさを見せつけねばなりませんぞ!」


 本陣は荒れに荒れていた。

 姉上が兵を率いてなお、将軍である自身との講和を求めていることを理解すると、それを念頭に入れてこちらを挑発してきていた。

 村井民部殿の屋敷を襲って以降直接的には織田方のモノへは攻撃をしてきてはいないが、ますます嫌がらせを激しくしてきていた。

 それに対し柴田殿を始め、武官の者達が報復を唱えだしていた。


「分かったわ。これ以上悪戯に時間を浪費するのも得策じゃない、それは確かな事。公方様はどうやら間近で見せつけられないと理解できないようね」


 渋々といった感じであったが姉上は遂に焼き討ちの触れを出した。


「いいこと、公方様を必ず逃がさないように邸を包囲しなさい。それ以外の者は全てを灰燼に帰するように、漏れなく徹底的に焼き尽くしなさい」


 家臣に念を押す様に何度も言い含める。

 その声に皆が返事をし、準備に取り掛かるのであった。


 翌日になると織田軍の動きが変わったことを察した今日の町衆は、それぞれ上京の者は銀一千五百枚、下京の者は銀八百枚を持ち寄り焼き討ちの中止を求めた。


「下京は公方に与する者も居なかったわね。・・・良いわその誠意に免じて中止してあげる。けど上京は公方や幕臣に連中に近すぎるわ、死にたくなければ今夜中に荷物を纏めてどこぞへ行きなさい」

「寛大な措置に感謝いたします!」

「っそんな!どうにかお考え直しをっ!」


 役目を果たして安堵の顔をする者と、必死の形相で何とか考えを変えてもらおうと縋りつく上京の者と大きく反応が分かれる。

 姉上は小姓に命じて上京の者を追い出す。その顔はつまらないもの見るような表情であった。


「ああそうだった、公方に目にモノを見せてやるのよ。手抜かりなく使命を全う為さい」


 明日の焼き討ちを前に姉上は本陣に集まっていた俺達にそう命じた。その目には憐憫の情が宿っていた、だがそれは誰に向けられたものなのかは分からない。


 翌日とかからずに織田全軍の焼き討ちの準備は整っていた。後は当主である姉上の命令が下されれば俺達織田の将兵は人としての理性を取り払った獣のように、京の民たちへその暴力を振るうことになる。

 だが今更そのようなことに戸惑う気持ちなど微塵も思わなかった。

 それは兵達も同じであり、彼らは明日の略奪に対して目を輝かせていた。


 ※  ※


「皆かかれっ!眼前に映るは全て公方に与する敵と思え!」


 翌朝には姉上の居る本陣より大きな法螺貝の音が響き渡った。

 その音を合図として俺達も、そして一斉に各地に配された将兵が家へ火を付け始めた。その火は瞬く間に隣家へと燃え移りはじめ、姉上が上洛して以来新たに建築されたばかりの家も、応仁の頃以来の合戦により屋敷の主が居なくなりあばら家となって朽ちた建物も、等しく炎に包まれていった。

 その中を俺達は残された人が居ないか、置いてかれた宝物が無いか、役に立つ物が無いか目を凝らし、火が未だ燃え移っていない家々を探索した。

 中に人が居れば命乞いも聞かずに刀を馳走し、先祖代々の宝物があればそれを保護し、刀が転がっていればそれを拾い上げて町の者へと振り下ろしていった。

 この日京の町には地獄が生み出されていた。

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