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天満森の戦い

 三好勢との対峙中に突如石山本願寺より僧兵が差し向けられた。これまで彼らは姉上の理不尽な要求に応えてくる程度には従順であったがついに堪忍袋の緒が切れたのだろう、ここに来て一気に手を翻し牙を剥いてきた。それも絶妙に嫌な状況下であった。

 本願寺の蜂起は間違いなく全国の門徒にも波及するだろう。西に三好、北に浅井朝倉という敵を抱えている現状において、この蜂起は畿内各地、特に近江と長島の門徒の動きによっては何度目になるか分からない織田の窮地となってしまう。

 近江各地での蜂起は東山道の再びの寸断。そして長島の蜂起は織田の主力が摂津に居る今、尾張の防衛は通常よりも弱く、留守の間隙を突かれたときの被害は酷い物となるだろう。

 だからここで本願寺を抑え込むしかない。

 その為には必ず勝利しなければならない。そのはずであったが――


「だからここでの戦の先鋒は俺ら黒母衣に任せろってんだ、この犬っころがっ!」

「どうして内蔵助に任せなきゃいけないっスか!私たち赤母衣にこそ先鋒が相応しいっス!」


 佐々内蔵助殿と前田又左衛門殿が双方先鋒を主張して互いに譲らず、それぞれの母衣衆の面々も同調しており揉めていたのである。

 姉上から本願寺対処の為の大将を任せられ、未だ河川堰の決壊による浸水被害から立ち直せてない、他の諸将の代わりに母衣衆を率いることとなったが、この両者の仲は最悪なものであった。

 そしてさらに話を厄介にさせる奴が俺の陣営にも一人――


「いやいやお二方ここはこの玄蕃率いる清州勢に任せるべきなンすよ。大将はこの喜六様なンですし適任ですぞ」

「「ふざけるな小娘!若造は引っ込んでろ!!」」


 普段は血の気が多いのも清州勢に彼女の他に居ないため、兵の意気を上げる時に丁度いいのではあるが今回はすでに二人いる状況である。玄蕃の横やりは俺が彼女らを纏める時の邪魔になっていた。

 奥山も玄蕃を止めようとしてはいたが今回の戦が河川に囲まれた城攻め、しかも火縄銃による鉄砲部隊が主となっていたため、玄蕃は好い加減に自ら槍を振るいたくて仕方がないのだろう、珍しく奥山の言葉でも止まらず二人の言い合いの中に参加してしまっていた。


 当然ではあるが誰もが譲らず、無駄に時が過ぎるだけである。

 俺の方で決めよう。そう思い、考えた内容を奥山にも確認を取ってみる。すると彼も特に反対はないとのことで問題ないと判断した俺は、言い争っている連中に声を掛ける。


「静かにしろ、いつまでも決まらないから俺の方で決めた。先鋒は佐々内蔵助殿、次に前田又左衛門殿。清州衆はその後詰。これで陣を整えてくれ」

「承知しましたぁ!」

「どうしてっスか!?」

「何でなンすか喜六様!」


 俺の言葉に三者三様、思い思いの言葉を上げる。

 当然先鋒となった内蔵助殿は喜色を浮かべ、選ばれなかった二人は今にも噛みつかんばかりの表情で睨んでくる。


「相手は僧兵と門徒。ならば突破力もある黒母衣衆に任せて早々に相手の意気を挫いてもらいたいからだ。又左殿が劣っているわけではないが、こういうことは内蔵助殿の方が適任だと考えたわけだ。それに玄蕃!お前が清州衆を連れて前に出たら誰が大将の俺を守るんだ。先鋒にするはず無いだろう」


 それでも選ばれなかった二人は未だ納得した顔はしていなく、まだ何か言いたげではあったがあまり構ってる時間もない。

 今でこそ石山の目の前にある楼岸の砦に攻めている門徒勢だが、いつ本隊の方に向かってくるかは分からないのだ。


「すぐに陣を整えてくれ。これ以上の文句は受け付けないからな」


 母衣衆の面々がこの陣から出ていくことでようやく人心地突くことができたのであった。



 ※  ※


 結局俺達が天満ヶ森に布陣したその日に本願寺の門徒勢が攻め寄せてくることは無かった。しかし彼らが全く動かなかったわけではない。本願寺の周辺にある砦などには抑えの僧兵達を置き、主力部隊を淀川沿いまで進出させて織田の本隊を窺える位置までやって来ていた。俺達防衛部隊はその動きに合わせて淀川沿いに陣を構えたのであった。


 そして攻撃は門徒勢から打ちかかって来たのであった。皆一様に念仏を唱え前だけを見据えての進軍であった。

 彼らの隊列は奥の本隊周りに僧兵の姿が多く見えるが前線には、一門徒である民が手に刀や槍を持ちその後ろに指揮官として坊官が控えている。そしてその攻撃の補佐として敵方の雑賀衆が居る形であった


「どうやら敵中に顕如が居るようです」

「門主自身が出てきてンのかよ。僧は僧らしく大人しく経でも唱えてろって話っすよ」


 敵かたを見つめていた奥山が言う。そしてその奥山のつぶやきに玄蕃が反応した。

 その悪態ついた内容は紛れもなく同感である。


「ああ、やっぱり所詮は武士でもないただの人っすね。内蔵助に追い崩されて退いていきますよ」


 その声に目を向けると確かに川を渡り内蔵助殿達が押し返しており、対岸へと渡りきるところであった。

 このまま突出しては拙かろうと考え俺は又左殿にも前進を命じる。

 順調に戦は進んでいる。このまま行けばすぐにでも顕如は石山へ退却していくだろう、そう考えていた時であった。


「どうにも苦戦しているようだな・・・。川を渡ってから動きが鈍くなってる」

「思ったよりも頑強に抵抗しているようですな。佐々殿も中々に手古摺っている様子で」

「一度又左殿と後退させるか。先鋒として内蔵助殿の面子もある程度立ってるしな」

「それが良いかと」


 伝令を送ろうとして人を呼ぶよりも先に使いの者がやって来た。背に赤母衣をはためかせていた。

 戦況を見て自分も出させろとの事だろうか。


「伝令です!佐々内蔵助様が敵方の強襲を受け負傷、後方へ下がるとのことです!」

「っ!内蔵助殿に大事はないか?」

「はいっ、ご本人はまだ戦えるとのことでしたが、前田様により後退させられました」

「そうか、分かった。又左殿にはそのまま敵勢を攻撃するように伝えてくれ」

「はっ」


 彼は俺の言葉を伝えに駆け出して行った。


「それにしても坊主如きに怪我を負うだなンて内蔵助も深追いしすぎですな」

「そういうな理介。我らは数日にわたり戦って来ているんだ、新手の本願寺の者は元気と考えれば多少の被害は食らうっても仕方があるまい」

「ですがな――」

「玄蕃、あまり内蔵助殿を貶すようなことを言うな。相手がこちらの想定を上回る程度にはやる奴らだったんだ。俺の差配が遅かったんだ」

「いや別にそういう訳では・・・」

「少々俺も内蔵助殿も油断し過ぎた。これを教訓として敵が武士でなくとも侮らずに叩こうじゃないか」


 と俺が言うと玄蕃は最初否定しようと言葉を考えているようであった。だがそれっきり押し黙ってしまった。

 そんな玄蕃を見た後、改めて前方の軍勢を見つめる。

 敵も味方もどちらも一進一退の攻防が続いている。あちらこちらで鉄砲の音が響き渡り、怒号と念仏の声が聞こえてきている。

 敵勢の動きには恐怖が浮かぶような不気味さがあった。どうも門徒達は目の前の味方が倒れてもそれに構わず、次から次へと槍を手に前へと身を乗り出してきている。それに対峙している又左殿達も必死に敵を打ち倒してはいるが、攻めきれずに体力を徐々に消耗していくようであった。


「奥山、念の為清州勢の一部を又左殿達の右後方へと移動させてくれ。お前の判断で補佐に入ってくれ」

「承知いたしました」

「玄蕃はもう少し待機しててくれ」

「えーっ!私も出たいンですけど」


 案の定文句が出たがそれには答えずただ眼前を注力する。敵味方双方に大きな動きは起きていない、だが少しの油断が命取りになる。

 すると味方左翼の動きが乱れ始めた。どうやら敵の突撃があったようで・・・。


「ご報告!野村越中守様討死!」


 公方様の家来が討ち取られてしまったか、だがあそこには織田の精鋭達が集っていたはずだから問題は無いだろう。


 その考え通りそれ以上の被害の報告は届かなかった。


「退き鐘を鳴らせ!皆よくやった。これで我ら織田は再びの窮地を一先ず脱せたぞ!」


 昼を過ぎたあたりから本願寺勢の勢いは弱まっていた。しかし朝から続いた激戦により夕刻に差し掛かるころには当然味方にも疲労の顔が浮かびあがっていた。

 これ以上の攻防は難しいと判断した俺は日が沈む前に川を渡り、防備を固める為に戦を終えることとしたのである。




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