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岩倉織田家

 勘十郎信勝誅殺。


 その報は瞬く間に領内を駆け巡った。

 身内殺し、信長は重い罪を背負うこととなったが、先年の戦で反信長派の者は討ち取られるか改めて臣従していたため動揺は小さなものだった。


 しかし、末森に居た母はこの知らせを聞くと大層嘆き悲しみ、姉を散々に罵った。

 姉と一緒に直接、顛末を話に行きはしたが、何を言おうと聞く耳を持たず追い返されてしまった。

 信勝が死んだことで母を清州城に迎え末森城を廃城にしようと考えていたのだが、何度説得しても母が動こうとしなかった。

 こうして考えた末止む無く兄の三十郎信包が末森に入り、母の面倒を見ることになったのだった。


 内向けの顛末としては上記の形で落ち着いた。


 ※  ※


 外向けの話としては岩倉勢の話となる。


 現在の岩倉織田家の当主である織田伊勢守信賢は父である先代の伊勢守信安と弟を追放して家督を継いいだばかりであった。父信安と岩倉の北に位置する犬山城主織田下野守信清と所領問題で争う仲となったことで、信清の縁戚でもある信長との関係がこじれていた。

 本拠が南北に挟まれている地形上劣勢に立たされていたが、信長との対立が深まった信勝と結ぶことで信長に対抗しようとしていたのである。

 しかし折角結んだ信勝が誅殺されたことで、再度自身が南北で挟まれ劣勢に陥ることとなった。

 家督を継いだばかり、しかも先代の追放を行うという足元が未だ固まっていない状況である。

 父が弟の信家を寵愛し、信賢を廃嫡しようと考えたせいでもあったが故の現状。思い返すとはらわたが煮え繰りかえるほど気持ちになる。

「手を打たねば負ける」のは目に見えたこと。

 しかし次の手を考える間もなく信賢の許へと報告が飛び込む。「織田弾正忠信長出陣」と。


 信長は弟を討ったばかりというのに、休む暇を与えずに動いてきた。


 清州から岩倉へは直進すれば、そう時を掛けずにこの岩倉へと辿り着く。しかし道は川や田畑だけでなく対清州を考えた砦が造られていた。ここで防戦を仕掛ければ勝ちの芽が多少なりとも生じる。

 そのような思いを抱いたが、それは信長も承知してのこと。大きく道を迂回すると岩倉の西方、浮野の地に着陣したのであった。

 信長勢およそ二千。対して信賢勢三千とまたしても信長方劣勢での戦となった。


 ※  ※


「皆聞け!すでに犬山は我が弾正忠家と手を取ることを了承した。残すは未だに反抗的な態度をとる岩倉のみとなる!この戦で勝利すれば尾張に平穏が訪れる!ゆえに気合を今一度入れよ!一息に岩倉を攻め落とすのだ!!」


 姉の激励が木霊する。この声に発奮され馬廻りの将は勿論、多くの将兵の目の輝きが変わった。


「それにしても流石の殿ですな。信勝様の件がありましたのにそれを逆手に取って、すぐに攻めかかるとは。うつけと呼ばれていたのも遠い昔のことに思えますなあ」

「そうですね。どちらかというとあまり考えないようにしているのかもしれません。それでもすぐに兵を挙げることは思いついてもそう簡単に動けないことではありますが」


 声をかけてきたのは、以前ともに戦った、佐久間盛重殿であった。あれ以来何かと会話をする仲になっていた。


「何にせよ今回の戦は殿のいわれた通り、尾張の統一に近づく戦なので気合を入れていきましょう。敵の数ばかりは多いですからな」

「確かにそうですな。家督を奪い取ったばかりだというのに、よくもまあ集めたものです」

「それだけ必死なのでしょう。・・・そう考えればああいう輩は危険ですな。絶対に負けられない戦というわけですから」

「お互い功を挙げましょう」

「ええ、それに今回は槍を新しくしてきましたからな」


 との言葉に一部の兵卒たちを見やる。

 前々から姉が構想し、今回のために新しく揃えたのである。長さにして三間半にも及ぶ。

 尾張は弱兵と不名誉な呼ばれかたをしており、実際に父の信秀の代から数えても数多くの対外戦争に負けていた。

 そこで姉上はその解決策として槍を長くすることを思いついた。

 槍は長ければ長いほど良い。しかし長すぎれば重さも増し取り回しが難しくなる。今回の実戦で三間半槍の有用性を試すこととなったのだ。


 ※  ※


 太陽が真上を過ぎたころ槍合わせが始まった。槍の長さに劣る岩倉勢が接近する前にこちらの槍が敵の頭に振り下ろされる。二度三度と叩きつけられたころ、敵の隊列が崩れ始めた。

「突撃せよ!」あちらこちら声が上がった。

 しかし岩倉勢もすぐに持ち直し、崩れた穴を埋め、突撃してきた信長勢を押し返す。

 押しては返し、戻されては押し返す。

 負けては信賢も後がなくなるため、声を荒げ必死に持ち直していく。

 激戦であった。

 数刻にも及ぶ衝突に焦れてきたころ、戦場に動きが起きた。

 北方より犬山勢が一千が到着したのであった。


「織田下野守信清、わが義姉上総介信長のため戦場へ参った!岩倉が兵よ覚悟せよ!!」


 警戒の薄くなった箇所からの突撃に終ぞ持ちこたえられず、兵が遁走し始めた。


「ここが好機ぞ!三郎が将兵よこれは勝ち戦なり!存分に手柄首を挙げよ!」


 犬山勢の突撃に風向きが変わった。信長の各大将のみならず、馬廻りもそれぞれが突撃を開始した。


「那古野勢よ、我らもこの機を逃すな!突撃せよ!!」

「応!」


 背を向け始めた敵兵を追い討つ。その尽くが地面に倒れ伏した。

 しかし中には逃げるを良しとしない者もいる。

 那古野兵を切り伏せ、一人の武者が俺の前に立ちはだかった。


「名のある将とお見受けしたす!そこな将よ、我は尾張伊勢守家家老、山内但馬守盛豊なり!この首を賭けお手合わせ願いたく!!」

「よかろう、山内但馬守よ!俺は織田信秀が八男、織田喜六郎秀孝なり!我が槍にてお受けいたす!」

「!織田上総介がご舎弟か!相手にとって不足なし!いざ――」


 お互いに馬を駆けさせた。槍がぶつかり合い弾き返される。急いで引き戻し今度は相手の頭に、肩に、足に――

 手を緩めず押し続ける。実戦経験の少なさはそれだけ不利でもある。ただ、相手に攻めさせないように繰り出し続ける。相手は防ぐことで手一杯だ。


「くッ・・・舐めるな若造がァ!!」

「ぅぐッ」


 しかしその攻め手も盛豊に弾き返され頭に槍が当たった。――幸いにも柄の部分だ、頭が響くだけで問題ない。

 しかしその一手により、今度はこちらが防戦一方となってしまった。一撃一撃が重く防ぐと手が痺れる。徐々に穂先が掠り血が噴き出る。


「そこだァ!!」


 明らかに手が追い付いていない。緩んだ隙を突き必殺の一撃が繰り出される。

 ――討たれる!

 咄嗟に槍を引き寄せるも間に合わない!


「殿ォ!!」


 盛豊の騎馬に何かが――いや人がぶつかった。那古野の従卒であった。

 盛豊は落馬こそしなかったものの大きく態勢を崩す。


「くっ、あと少しという物を邪魔しおって!!」


 ぶつかった兵を切り付けると態勢を整えている。

 今の一瞬のやり取りの中余裕を取り戻すことができた。ちらりと兵に目を向けるとまだ肩で息をしていることに安堵した。


「邪魔が入ったが、もう一度だ。お主が首を黄泉への手土産といたそう」


 再度槍を繰り出してきた。しかし今度は先ほどよりも余裕をもって対応できた。手先だけでなく体を使い避けては繰り出し、距離を取って狙いを変える。何度も繰り返した。

 先に崩れたのは盛豊、いや、より正確に言えば乗っていた馬の方であった。馬が膝を着くと乗っていた盛豊は体を放り出され地面に叩きつけられた。決定的な隙であった。


「敵将山内但馬守盛豊、この織田喜六郎秀孝が討ち取ったり!!」


 これを見ていた山内勢もついに他の岩倉勢と同じく逃走を始めたのだった。

 もはや岩倉まで敵を防ごうという気概を持つ者もなく、敵の首を挙げながら岩倉城下までたどり着いたが、城攻めをするには余力がなく城下を焼き払うことで決着とし帰還した。

 この戦では伊勢守家老の山内盛豊を初め、千を超える将兵を討ち取る戦果となった。

 紛れもない大勝利であった。


 一方の織田信賢はこの敗戦が致命傷となる。敗走後常に岩倉城が信長によって包囲され続けた為、再起叶わず岩倉城にて自刃し果てた。

 これにより信長は尾張の大部分を手中に治めたことで、もはや家中に『うつけ』と嘲る者もなくまぎれもない実力者として名を挙げたのであった。

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