表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/93

天筒山城

て、手筒山城・・・

 宣言通り俺達は若狭から敦賀郡への侵攻を始めた。

 越前朝倉氏の本拠である一乗谷へ至るにはここ敦賀に築かれた金ヶ崎城と、その支城である天筒山城を攻略した先の山々を越えねばならないのであった。

 朝倉一族である朝倉景恒が籠る金ヶ崎城は、この城単体での防衛機能はほぼほぼ造られていなかった。しかし敦賀湾を見張るように突出して海に囲まれている城であり、山の麓に僅かな陸地と気比神宮が広がっているなどして、大軍の展開には不向きな立地となっていた。

 その為攻め口が自然と一方向からと限られており金ヶ崎城の南に位置し、この城と連なるように稜線に築城されている天筒山城を残したままでの城攻めは難しい地形を成していた。

 そこで姉上は天筒山城を落とすためにという理由と、両城からの挟撃を防ぐために天筒山城を中心に軍を布陣させた。

 先鋒を任された俺達は城の南東側付近での布陣となるのだった。


 これにも理由があった。


 ※  ※


「あの目の前に見える山が手筒山。その頂上には城が築かれ、更に北方に位置して海に囲まれているのが、敦賀郡司の中務大輔景恒が籠る金ヶ崎城、で間違いないな十兵衛?」

「間違いありませぬ。何度か左衛門督殿に連れられ訪れたことがあります」

「あい分かった。ではこの城の弱点は何だ?」


 問われた十兵衛殿は姉上の前で広げられた地図を使い説明をし出した。


「この金ヶ崎城自体に特別な備えはありません。力攻めで落とそうと思えば落ちるでしょう」

「おお!では簡単に行けそうじゃのう」


 何処からか声が上がった。しかしそれを十兵衛殿はすぐに否定した。


「ええ、この城だけならば、そうです」

「どういうことでしょうか十兵衛殿」


 今度は別の将から声が上がる。


「見ていただければわかるかと思いますが、この城としての役割はあくまで海に備えた物。陸地からは三方が海に囲まれ南の天筒山を登るか、この西側に僅かにある陸地を進むしかありません。されどどちらにも対策がなされております」

「気比神宮、か」

「ええそうです。陸地には気比神宮が傍まで迫っておりここを大軍で通るのには時間がかかりましょう。されど少数で向かっては――」

「金ヶ崎に連なるこっちの城から飛び出てくるってわけか」

「そうです。故に陸地からではまず南のこの支城天筒山城を落とす必要があります」


 とはいうものの、この城は中々に堅城であった。当然郭や堀切が設けられているのだが、問題なのは何より城の背後が沼地となっている上、そこは急峻な地形となり多くの人出を割く必要がない程の防備を生み出していた。

 落とすのにはかなりの損耗を強いられそうである。


 そして十兵衛殿の話を来ていた姉上が口を出し、すぐに指示を出した。


「まずはこの西側からは三左に又左、それに内蔵助と九郎左を先陣として出てもらう。その後詰は松永弾正と池田筑後殿に任せたわ」

「「はっ」」

「そしてその隙を突き南東より権六、猿、勝三、喜六郎が攻め上りなさい。五郎左と十兵衛、坂井隊が彼らの後詰を。子狸はこの妙顕寺で金ヶ崎城と神宮に睨みを利かせててちょうだい」

「「承知!」」


 指示を出した姉上はそのまま居並ぶ諸将を見渡した。


「良いこと?あまり時間をかけては一乗谷より朝倉の援軍がやってくる。悠長なことはせず一息に攻め落としなさい!」

「「ははっ!」」


 そしてそのまま軍議は解散となり、各々の陣へと向かった。

 俺達は策の通り裏手に回る必要がある為、悟られないように大きく迂回してその時を待つこととなった。


 山の正面、すなわち今いる箇所とは真反対の方角から喚声が上がった。城攻めが始まったようだ。

 その声を背に俺達はこの城の裏手に位置する沼地を進んでいた。


「油断せず慎重に進め。足がはまったものは声を上げて助けを求めろ」


 想像以上の深さであった。体ごと沈む深さではないが、足がはまり生えている葦に隠れてしまうと姿が見えなくなる程度には厄介であった。

 そして沼地を抜けた先には切り立った山肌が見えるほどに急峻な土地に造られた天筒山城が見えた。

 ここを登るのか、と生半可な攻め方では攻略できないのは目に見えている、げんなりとしてしまう。


 俺達が沼地を抜ける頃には正面から攻めている味方の声が怒号に変わり始めていた。

 兵の多くはそちらへと向かい、城の裏手である俺達の攻め口は数えるばかりの守兵しか残っていなかった。


「よっしゃァ!私たちが一番乗りを取るぜ!」

「待たんか、理介っ!」


 槍を構えた玄蕃は勢いそのまま突撃を掛けた。そしてその後を慌てて奥山が兵を引き連れて追いかけていってしまった。

 残されたのは大将である俺と、隊列から遅れて進んでいた僅かばかりの足軽たちだけであった。

 彼らは気まずそうにこちらへ目を向けると、自分たちはどうするべきかと目で問いかけてくるのであった。


「では俺達も追いかけるとするか」



 死体の山が積み重なるほどの激戦であった。

 城壁を登っている俺達の下に姉上から直々に「一命を賭せ」との伝令が届いたのであった。こうなっては腑抜けた戦をもししたのであれば折檻をもって迎えられること間違いなしだろう。他の者も伝令を受け取ったようで、攻め方に力が入っていた。


 裏手からの突入に敵が気づいた時には郭の占拠を終わらせていた。正面にいた敵が郭の変事に気づいた隙を三左殿は見逃さなかった。その隙に押し込むと瞬く間に城の制圧を成し遂げた。さすがの攻め三左である。


 この話を聞いた玄蕃は、突出したことを奥山に怒られながらも目を輝かせていた。


「やっぱ森様はすンごいなー!私もああなりてぇ!」

「聞いているのか理介ぇ!」


 ・・・彼らを見ているとだいぶ陣容が愉快になったと感じさせられるなあ。

 とはまあ現実逃避である。



 ※  ※


 翌日は天筒山城に連なる金ヶ崎城攻め、のはずであった。

 しかし城将であるはずの朝倉中務大輔は、金ヶ崎城防衛の要である天筒山城が落城したのを見るや一目散に逃走したのであった。

 これを受けて残された城兵は織田家に開城を申し出てきたのであった。


「まあ最初の一戦だけで敦賀を押さえられたのは良かったわ」


 朝倉中務大輔の逃走により他の城に籠っていた朝倉の者も、城を明け渡すと一乗谷へと向かって逃走していった。


「けれどここからが本番です。敦賀が落ちたと知れば一乗谷からの援軍は木ノ芽峠一帯を封鎖して防備を固めましょう。そうなればここを抜くことは至難の業」

「そうね十兵衛。おそらくここへ向かって来ていた援軍が落城を知ることになるのもその辺りになるはずね」

「ええ、出立していればですが」


 十兵衛殿が含みがあるような言葉を放った。


「どういうことかしら?」

「家中での権力争いです。ここに居た敦賀郡司の朝倉中務大輔と大野郡司家である朝倉式部大輔は席次を争い、どちらが主導権を握れるか必死でした。公方様が越前に逃れた時に目の前に居るにというのにも関わらず言い争ってましたから」

「なるほど。今回の一件は式部大輔にとっては中務大輔を追い落とす絶好の好機と言う訳ね」

「左様です。まあ普通なら敦賀を失うことは越前朝倉にとって致命的ですから援軍を送らないという選択肢はないのですが」

「多少の出立の遅れが考えられる、と。そう言いたいのね」

「はい。賭けにはなりますがうまく行けば私たちが先に木ノ芽峠を押さえられるかもしれません」


 十兵衛殿の言葉を聞いた姉上は手元の地図に目を向け考え込む。


「分かったわ。十兵衛、アナタには先行して木ノ芽峠を見てきてもらう。兵が多ければ戻ってきなさい」

「はっ!」

「その後詰を小狸に任せるわ。十兵衛が戻ればアナタも退いて、攻め落とせそうであれば後詰として動きなさい」

「かしこまりました」

「他の者は兵を休めなさい。場合によっては山間での戦となるから覚悟しておくこと!」


 その指示に従い皆が動き始める。特に十兵衛殿と三河守殿は真っ先に本陣から出ていき、支度にかかったようだ。


「喜六郎!」

「はいっ!」


 ――っくりしたぁ。呼ばれるとは思わなかった。


「何でしょうか姉上」

「疲れてるところ悪いけど貴方達には疋田城へ向かって欲しいの」

「へっ疋田城ですか?」


 近江との国境近くの城だったよな。確か金ヶ崎城の開城を知って、それに合わせて降伏してきた・・・。


「あそこに城は要らないから破却してきて欲しいの。国境の近江は新九郎の領地だし、そのままにして変な奴らに使われたくないからね。城攻めで疲れているだろうけど、一人元気な奴が居るから大丈夫でしょ。頼んだわよ」

「ああ・・・」


 脳裏に浮かぶのは一人の少女。きっと姉上も彼女を思い浮かべているのだろう。

 もしかすると前の戦での先行を知っているのかもしれない。軍紀に厳しい姉上だが、表情からは特に思うことは無さそうで少し安心する。


「かしこまりました。壊したものを他で使ったりなどは」

「しないわ。派手に燃やして来てちょうだいな。じゃあ頼んだわよ!終わったら金ヶ崎城に戻ってきてね」


 とびっきりの笑顔でとんでもないことを言って去って行くのであった。

 いくら朝倉の城だったとはいえ燃やしてしまうのか、そう思いはしたが俺は命じられた通り配下を引き連れて疋田城へと向かったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ