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岸三之丞

松永弾正は程よいご年齢の婦人です。夜の営みがすっげえんだ!(黄素妙論)

 過日本圀寺で起きた三好勢による襲撃は幸いにも大した死傷者はなく、無事に追い返すことができた。

 姉上は普通では考えられない進軍速度で美濃-京間をわずか二日で踏破してしまった。この話を聞いた者は驚きと呆れをもって彼女と接してきたとの事であった。

 そして俺は美濃から援軍が来るのを待つ傍ら、織田方唯一の軍勢として治安維持に兵を出していた。以前の上洛時に姉上は織田兵による町衆への乱暴狼藉を禁じており、尾張時代から付き従う織田の者はこれを堅く守っていた。

 だが新参者の中でも不届きな者や、織田の名を騙る愚か者が消え去ることは無く、特に襲撃があった今はそいつらの引き締めに力を入れないといけなくなっていた。

 だが、ここで我が清州衆の脆弱さが露呈することとなった。


「薄々は気づいていたがやはり限界だな・・・」


 仕事が物凄く舞い込んでくるのである。

 元々年の瀬にかけて京に残っていた織田の軍勢が美濃尾張に引き上げてしまっていたのだ。その時に溜まってしまった仕事が今、京に居る俺の下に集まってきてしまったのだ。

 そしてそれを捌ける人材が俺の他に少ししか居ないことが、業務の負担に拍車をかけていた。


「人手、捜さんと・・・」


 俺達清州衆は代わりの織田勢が来るまで、耐え続け仕事を行うのであった。

 ・・・時折来襲する姉上の相手をしながら。


 とはいえ京に居る知り合いはすでに仕官している。在野にいい人材が埋まっていないか、もしくは仕官先を変えようと考えている人はいないか、家臣にも捜させながら京での日々を過ごしていた。


 そんなある日のことであった。

 細川兵部殿より茶の席に来ないかとのお誘いがあった。

 特に断る理由もなかったので、参加するとそこには兵部殿の他に十兵衛殿、そして松永殿が呼ばれていた。

 茶にも精通した当代きっての文人達に挟まれてしまった俺はただ縮こまることしかできなかった。


「おや織田殿、そう縮こまっては茶の湯を楽しめぬでしょう。もそっと楽にしなされ」

「さ、左様ですな・・・ははは」


 そんな姿の俺に見かねた松永殿は俺の体を解す様に声を掛けてくれた。

 そうは言われても難しいものである。

 だが何はともあれ動けば時間と言うモノは過ぎていく。気づけば茶の時間は終わり、他愛のない会話の時間となっていた。


「織田殿は弾正様・・・っと、松永殿も弾正でしたな。では貴殿のことは喜六郎殿と呼ばせていただきます。姉君のことは織田様と。構いませぬか?」

「あ、はい構いません兵部殿。松永殿も私めのことを好きに読んでくだされ」

「ああでは私も喜六郎殿と呼ばせてもらいますぞ。喜六郎殿こそ私のこともそう畏まらずに読んでくださいな」


 松永殿はそういうと豪快に笑った。良い齢であるのに元気な御仁である。


「それで兵部は喜六郎殿に何を言おうとしてたんだ?」

「ああ別に大したことではないのだが、喜六郎殿は容貌が織田様にそっくりだと思ってな。先日お二人で参られたときは俺の目がおかしくなったのかと思ったよ」

「そういえばそうね。このまま女人の服を着て外へ出たら皆が勘違いするんじゃないかしら」

「なんて恐ろしいことを考えるのですか松永殿は」

「似合うはずよ。ねえ明智殿」


 と松永殿は十兵衛殿に同意を求めた。


「ああ確かにそうですね。傍目には体格は違いますがこのくらいなら上手くやれると思います」

「いや真剣に考えないでください・・・」


 とまあ悪ふざけ感のある話は、この中で一番下っ端である俺を弄る形で続いていた。

 やれ奥方は居ないのか。やれ官位に就かないかと。


「そういえば喜六郎殿はここ最近何か考えている顔をしながら過ごされていたようですが、何か困りごとでも?」

「へ?ああ大したことではないですよ。ただ、私の家中での人手が少々足りないと思いまして。どこかに人が埋まっていないかと捜していただけです」


 俺の言葉に皆得心がいったようで頷きながら同意をしてくれた。


「確かに人では中々集まりませんからなあ」

「そうねえ足軽は集まっても彼らは纏められる足軽大将だとかまでなるとトンと人手不足になるわよねえ」

「そうなんです。特に我が家は他の重臣家と比べると、当主の弟――それも八子ともなると、そもそもからの家臣が付けられるはずが無いですから」

「確かに八人目ともなるとねえ。お父様は大層元気だったようで、流石は尾張の虎殿ね」

「兄君がそれだけいらっしゃると確かに。・・・寺に入れられなかったのも奇跡ですな」


 言われてみればそうだな。まあ俺はある意味で特殊な立場だから寺に入らなかったのも納得はできるが。

 それにしても先ほどから十兵衛殿は静かだが、何かあったのだろうかと目を向けると腕を組み何かを思い出すような顔を作っていた。


「十兵衛殿?いかがされました?」

「――ああすみません。人手の話を聞いて思い当たる節がありまして」

「えっ?お知り合いで在野にいらっしゃるのですか?」

「ち、近いですっ」

「申し訳ございません」


 牢人の情報なら聞きたいと思い、つい迫るように前のめりとなってしまった。


「いえ、私の知り合いではないのですが先日の戦の折にですね、中々に見所のある仁がいらっしゃったので記憶に残ってたのです。おそらく人手をかき集めた時に志願してきた牢人だとは思うのですが・・・」


 ほう・・・


「それでその方の名前とかは?」

「名前までは確か・・・。三河の生まれと聞いた覚えが」


 と十兵衛殿は必死に思い出そうとしてくれているが、どうにも出てこないらしい。


「・・・申し訳ない喜六郎殿。戻ったら一度名簿を調べてみます。おそらく記録しているはずですので、判明次第使いをやります」

「そこまでしてくれなくて大丈夫です十兵衛殿」


 流石にそこまで世話になる気はない。

 それに人では俺だけじゃなく、皆欲しいはずだ。


「いえ公方様を救って頂けたのです、これくらいは苦でありません。大した礼にはなりませぬが」

「十兵衛殿がこう言っているんだ、喜六郎殿も有り難く頼られるが良い」


 結局その日はこれでお開きとなり、それぞれ帰路へと着くのであった。



 ※  ※


 後日の事である。

 十兵衛殿は朝から宿所にやってくると、先日話をしていた牢人が判明したとやや興奮気味に伝えてきた。


「――どうやらその御仁は三河の生まれみたいで名を岸三之丞と名乗ってたみたいなんです」

「三河の者なのですか。それはまた」

「どうも三河で起きた一揆の騒ぎに参加して出奔して京に流れてきていたようです」

「三河の一揆と言えば一向宗の」

「恐らくは。彼がまだ信仰を棄てていないかまでは判りかねますので、興味があれば一度お会いしてみる方が良いですね」


 と、その人が現在住んでいるという宿を教えて十兵衛殿は忙しそうに去って行くのであった。

 将軍を救うのは織田として当然なのに態々、礼だといって世話をしてくれたことが本当にありがたかった。中々に律義者だな。


「十兵衛殿の頑張りを無駄にしないためにもすぐに会うとするか」


 そして教えられた宿に向かうと、そこに居たのは確かに戦場で目にした人であった。

 俺は彼に近づき声を掛ける。


「お初にお目にかかります。私は織田弾正忠家臣の織田喜六郎秀孝と言います。先日の合戦に参加された岸殿でお間違えありませんか?」

「はあ、確かに岸に違いありませんが・・・いったい何の用でしょうか」

「じつは――」


 俺は彼に仕官をしないか訊ねる。今足軽を纏める自分の配下として扱える人が少ないこと、本圀寺での合戦の折に目にして是非迎え入れたいこと。

 何とか仕官してもらおうと言葉を尽くした。

 それに対して岸殿も自らの身の上と、一揆方に付き敗れ故郷を飛び出してきたこと。幼い娘に苦労を掛けてしまっており生き方を改めなければ考えていたこと。そういったことを話してくれた。


「そうでしたか。それは光栄なことです」

「では!」

「非才な身ではありますが、私の力をお使いください。それと厚かましいお願いとなりますが・・・」


 言いづらそうに言葉を濁す。


「ん?まあ言ってみてくだされ。内容が分からずに断りはしないので」

「は。可能であれば我が娘を喜六郎様のお傍に置いてくださりませんか!」


 おっと、それは予想外のようぼうだな。岸殿の娘って先ほどの話しで言えば確か――


「それは小姓に、って認識で良かったのか?」

「はい!娘は贔屓目に見ても私以上の才覚があります。きっと時が経てば私以上に喜六郎様のお役に立てるでしょう!」


 勢いよく土下座し言い放った。


「すぐには頷けん。本当に才があるか見て見ないと判別は出来ん。それに本人が武士以外の生き方を望んでるやもしれん。まずは会って話さないとだ」


 そうおれが言うやいなや、岸殿は立ち上がると俺の腕を掴み飛び出した。俺は引きずられるように後を追い、娘が働いている馬行商の店まで連れられることとなった。


 結局娘である孫六も武士になりたいと俺の小姓を望んだため親子共々召し抱えることとなった。

 孫六は言うだけのことはあり、教えたことを瞬く間に吸収し特に治水や建築と言った土木に関することを良く学ぶのであった。


あまりに人手が足りなさすぎるので無理矢理加入回です。次章でも増えるんですがこのタイミングで放り込んでおきました。

節操の無い人材引き抜き確保は面白くないんじゃ。


1~2週間投稿休みます。

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