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伊勢参詣

 包囲戦の最中、配下より突き上げを食らい魔虫谷と呼ばれる個所に攻め込むこととなった滝川殿が大敗するという一幕があったもの退屈な時間が過ぎていた。

 兵糧攻めを命じて一月が過ぎた頃、主だった将を集めた姉上は言い放った。


「そろそろこの戦に始末をつけたい」

「多少兵糧攻めは効いているようですが、されど北畠の者は未だ意気軒高で御座いまする」


 集まった者の心内を代弁するように森殿が姉上に伝えた。


「ええ完全に予想外だったわ。もう少し野戦が起きるかと思ってたけど早々に城に籠られて堪ったもんじゃないわ。籠ったら籠ったで中納言の下で団結して寝返ろうとしてる奴が現れりゃしない」

「それに逃げ出した奴曰く、この戦の当初から兵糧攻めを警戒して朝夕の食事の量を減らしていたとか。一部ではようやく飢え始めた者が出てきたとのことではありましたが、この分では干からびるまではまだ時が必要だと思います」

「あ、それ私んとこも言ってましたぁ。最初っから城に籠ってた連中の分だけならまだまだだそうですけど、私が追い込んだ連中が加わってちょっとだけ厳しいとかぁ」


 皆多かれ少なかれこの包囲中に北畠の兵を捕まえて情報を得ていたようだ。次々と同じような話が伝えられた。


「であるか」

「・・・仮に始末をつけると言ってもどうやって終わらせますか?」

「このまま城を強攻しては下策。かといって包囲を解き下がっては大河内城からの反撃や再度の征伐を考えねばなりません」

「まあ和睦して織田の下に着いてもらうしかないだろうな」

「だが、どうやって?」


 皆が口々に意見を述べた。少しの間そうしていたが結局話は纏まらず、姉上が口を開くまで待つことになった。


「――茶筅丸を国司左近衛中将具房の養子としてもらおう、正室には権中納言の娘を迎えるようにして。これを絶対の条件として飲めなければ最後まで戦うことにするわ。掃部助!アンタに使者となって纏めてきてもらうわ」

「は、はいっ!」


 一度目の交渉は不調に終わった。

 当主である左近衛中将具房は和議に賛成しており、この条件であるならばと納得したようであった。だが父親である前当主権中納言具教がまだ戦える。織田に屈するは恥だと怒り使者を追い返してしまった。

 であるならばと姉上は包囲を続け、ただ時が過ぎるのを待つばかりであった。

 そしてついに彼らは音を上げた。

 北畠の使者がやってきて先の条件を飲み織田の軍門に降るとの事であった。

 だが一度条件を蹴っておきながら前と同じ条件では首を縦に振れるはずがない為、新たに当主父子の大河内城退去と関所の撤廃を盛り込み使者を帰した。

 もはや立ち行けない北畠父子はこの条件を受け入れて織田に降るのであった。


「さてこれで伊勢での戦は片付いたわね。皆ご苦労様」


 姉上の労いに一同頭を下げた。


「じゃあ早速人を配置するわね。まずあの大河内城は左近と掃部助が受け取りに行きなさい。その後は掃部助が南伊勢の奉行として茶筅を補佐しなさい。与力は北畠を付けるけど目を光らせておきなさい。あの子は岐阜に戻り次第他の尾張衆の者を付けて送るわ」

「ご子息付とは勿体なきお役目に御座いまする。誠心誠意役目を全う致します」

「それで中伊勢の方はもうすでに神戸へ入ってもらってるけど三七郎に関の者共を与力として治めなさい。安濃津一帯は三十郎、あなたには長野を与力として励みなさいな」

「かしこまりました」

「北伊勢は変わらず左近に頼むわね」

「了解でーす」

「それとアンタが貸してくれた兵部少輔だけど、なかなかの才人ね。左近さえ良ければ茶筅の元服後に彼を家老に付けたいと思うけど良いかしら」

「それは兵部も喜ぶと思いますぅ。私からは拒否はしません~」

「分かったわ。――じゃあその他に指示がない者は国元に帰陣しなさい。この後、私は伊勢の神宮を詣でるわ。馬廻りと三郎五郎兄様、喜蔵と喜六郎は着いてきなさい」



 ※  ※


「それで三郎が俺達をわざわざ連れてきたのはどういう訳なんだ?伊勢の平定が為ったからと言ってわざわざお礼を言いに来た、なんて殊勝なやつじゃないだろ」


 俺達は姉上の伊勢参詣に同行し、神宮へとやって来た。この地は俺達の父親が寄進を行っていたこともあり、所縁のある土地でもあった。


「兄様もなかなか酷い言い草だわ。妹に言う言葉じゃないわよ」

「でも三郎五郎の兄上の言う通り姉上の裏が気になるよ」

「喜蔵まで!単に姉弟水入らずで参詣しに来ただけじゃない。なんでそんなに疑うのかしら。ねえ喜六郎」

「あー、でも俺も兄上たちと同じ気持ちですよ?」

「ぐっ、アンタたち帰ったら覚えてなさい。滅茶苦茶に働かせてやるからね」

「「ほどほどに勘弁してくれ」ください」


 他愛無い会話が俺達の間で交わされる。

 俺はこの姉とこういう風に過ごしたことは無かった。だが、倒れる前の兄信長に連れられて尾張のあっちこっちに出かけた記憶と、今の景色が重なって見える。


「正直三郎がここまで来るとは思ってもなかったよ。領民からはうつけと呼ばれて、今川に圧されていた三郎が今や公方様が頼りにする程の人になった。昔の俺は間違ってたと実感させられる」

「兄様・・・」

「まあそのおかげで今は何の二心もなくお前の下で働けてるんだがな」


 そう三郎五郎兄上は今川との合戦の折、一度美濃衆と共に謀反を起こしていた。ただこれは事前に謀反を察知されていたため成功はせず、撤退することとなった。けれど姉上は追及することもなく不問に処し変わらず日常を過ごして兄上を用いていた。


「では兄様にはこのまま私の下で苦労してもらうとするわ。兄弟一門の纏め役が必要だもの、兄様が適任だわ」

「・・・そう言ってもらえるなら頑張ろう」

「頼んだわ。叔父上はいい加減父上の菩提を弔わせて過ごさせろと五月蠅いもの」

「ああそういえば叔父上はずっと言ってたな。年寄りを労われ。俺に後は任せたから仕事を振ってくれるなって」

「そうよ、だから喜蔵にもこれからもっと頑張ってもらうわ」

「承知いたしました姉様」


 しんみりとした空気が俺達を包み込む。

 それが恥ずかしくなり茶化したように問いかける。


「本当急にどうしたんですか姉上?」

「そうね。ふとこれまでを振り返ったらたまには童心に振り返ろうと思ってね。尾張織田の郎党の頭だった私が気づけば、東海の覇者の治部大輔を倒し、美濃を手に入れ将軍を助け江南と伊勢志摩も合わせた五か国の大名。尾張のころからの家臣も支えてくれてはいるけど、血縁は大事にしないとと思ってね」

「・・・姉上」

「気づけば又十郎も元服して戦に出ている。尾張のどこかに領地を与えて過ごすと思っていた三十郎や茶筅に三七郎が他家へ出て行った。気づけば近くに居るのはアンタ達くらいだなと思ってね」

「何を言ってるんだ姉様。別に死んだわけじゃない、宇佐山の九郎兄上だって、小木江の彦七郎だって呼べばすぐに駆けつけてくれるさ。市は嫁に行っちゃったけど、何だかんだ皆姉様のことを慕ってるよ」


 それは知ってる、と姉上が呟いた。


「とにかくこれからも頑張ってもらうからってことを伝えたかったの。兄様は纏め役として岐阜で働いてもらう、喜蔵には守山から小牧山に移ってもらって尾張北部を、喜六郎には今のまま便利な小間使いとして明日からも動いてもらうわ」

「「はい」」

「なんか俺だけおかしくないですか!」


 伊勢の参詣。まさしく平和な時間が流れていた。

 未だ日の本中で争いが絶えない状況であったが、尾張から京畿内に至る範囲では戦の足音が少しづつ遠ざかっていた。

 新たな将軍も誕生した。時間をかけその武威さえ見せつけることができれば、この長い戦乱の時代を終わらせられる。そう感じる日であった。


 織田家の、織田信長の穏やかな世界であった。



第三部 完! 織田家の地獄はここからだ!!

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