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誅殺

「兄上は一体何を考えているのだ」


 配下の者より挙げられた報告に、嘆息したのは免れようがないことであった。

 前回の謀反より数年が過ぎた。蟄居処分となった林佐渡守は謀反前と同様に信長の家老に復し、重臣である柴田勝家も同様に信勝付の重臣として政務に復帰した。また、多くの離反者を出した叔父の信次は養子として兄の信時を迎え入れていた。

 母である土田御前の嘆願により死罪を免れた兄信勝。彼は初めのうち姉上の目もあり大人しく屋敷に籠っていたのだが、時が経ち監視の目も緩みはじめるとまたしても目に余る行動を取り始めていた。

 我が那古野の領内に手を出してきてはいないが、熱田や守山に再度その食指を伸ばしていた。


「殿、至急清州に来るようにと大殿より使いが来ました」

「姉上から?・・・分かったすぐ向かう故馬の用意を頼む」

「承知しました」


 家来より声を掛けられる。おそらくさっきまで考えていた信勝のことだろうと見当を付けながら急いで支度を始めるのであった。


 ※ ※


 呼び出しを受けて登城するとそこには姉だけでなく、信勝の謀反後に叔父信次の養子となった兄信時と柴田勝家の姿もあった。

 やはり信勝のことであった。


「急に呼び出して済まなかったわね喜六郎」

「いえ、清州と那古野は離れてないので構わないのですが・・・」


 一度言葉を区切り、隣の柴田殿へと目を見やる。

 姉は俺の視線に気づくと言葉を続けた。


「ええ、喜六郎の考えている通り信勝のことよ。・・・権六話しなさい」

「は!此度大殿の下へ参ったのは末森の信勝殿のことです。すでに存じているでしょうが、再度篠木の横領を画策し、岩倉の伊勢守に備える為と詭弁を持ち寄り龍泉寺の地に城を築きました。しかし実際は岩倉と共謀し大殿を南と北から挟み撃ちにしようと企んでいます。勿論お諫めをしましたが私めの言葉は聞き入れることはせず。あまつさえ津々木だとかいう若造を重用し始める始末。これについに愛想が尽き、大殿の下へ参った次第です」


 言い終わると柴田は頭を下げた。

 対して姉はその背を厳しい目で見続ける。


「で、あるか。大方そうじゃないか思ってはいたけど、案の定ってところね。・・・それにしてもアイツ、この尾張のことなど二の次でとにかく私を排除することしか考えてないわね」


 言葉を一度区切り、俺たちの目を見て続けた。


「こうなったら私か信勝どちらかが死ぬことでしか決着がつかないわ。姉弟で殺し合いはしたくないのだけどこうなっては是非もなし。権六、あなたにも協力してもらうわ」


 その顔に最早姉弟の信愛は欠片も見せず、ただ弾正忠家当主としての顔のみが浮かんでいた。



 ※ ※


「それにしても姉君が病に臥せられ大分時が経ちましたな。これはきっと天が勘十郎様に弾正忠家を継げと導いていることでしょう!」

「フフ、そうやもしれんな蔵人」


 この日、勘十郎信勝は母や弟、そして重臣の柴田に勧められ病に倒れた姉である三郎信長の見舞いに訪れていた。

 これより前にも何度か見舞うように言われており、そのたびに理由をつけ断っていたのだがこの時は一同が揃い強く見舞いに行くように言われたのだった。

 この時、特に弟たちの剣幕が凄まじく後で母に理由を聞いてみたら、もはや立ち上がることができないほどまでになり明日をも知れぬほど酷い状態であるとのことだった。

 母は「鬼の子とはいえ、姉弟の間柄ですので見舞いへ行くことです。そうすれば家中に面目も立ちましょう」と言った。これを聞き、それは大変だとすぐに見舞いへと向かったのである。

 そこにあったのは信愛による心情ではなく弾正忠家の家督相続となるかもしれないと浮ついた気持ちでの行動であった。


「勘十郎信勝である!我が姉三郎信長が危篤と聞き参った!誰かあるか!」


 程なくして清州城に到着した。不用心なことではあるが門番がおらず声を出し、人を呼んだ。


「お待たせしました、信勝様。殿の部屋までご案内いたします」


 暫くすると城内から娘が一人やってきた。どこかで見たことある顔と思いつつとかくづいてくるのを待っていると隣に控える蔵人が声を出した。


「お前は確か、信長様とよく居た小娘の・・・前田何とかといったな」

「前田又左衛門と申します。殿からは犬と呼ばれ馬廻りに任じられております」


 なるほど、道理で見覚えのある顔だ。だが、どうにも以前最後に見た時と違い、元気を見せようとして入るが、本当は落ち込んでいる様が丸わかりであった。

 記憶の中では元気の有り余っている、それこそ子犬のごとき溌溂さであったが今は見る影もない。

 この姿を見て本当に姉の死期が近いのだと、自然と笑みがこぼれた。


「殿はこちらで臥せておられます。信勝様と二人で話がしたいとの仰せでしたのでお一人でお入りください。供の者は隣の部屋でお控えください」


 と言われ言葉の通りに、一人で入室すると聞いていた通り酷い有様の姉が床に臥せていた。


「姉上。三郎姉上。遅くなりましたが勘十郎が見舞いに来ました。このようなこととは露にも思わず不徳の限りでございます」

「・・・お、おう、信勝よ。よく、来てくれたな」


 発せられた声に以前と違い張りがなかった。病とは人をこのようにするものなのか。


「済ま、ない信勝よ。以前は、争った中であるが、こうして来てくれて、嬉しく思う」

「いえ、あの時のことはもう過ぎたことでございます。母上の執成しがあったとは本来死罪でおかしくなかったことです。それを許してくださった姉上に感謝こそすれどどうして恨みに思えることでしょう」

「・・・そうか」


 ───二人で過去のことを話し合った後、姉は苦しそうに息を吐く。少しの間両者の間に沈黙が訪れた。


「それで、・・・今回二人きりに、してもらったのには、訳があるの」

「はて一体どういうことでしょうか」


 来た、と思った。


「もう、私には先が長くない。私の後を継ぐべき者もまだ居ない。そうして考えたの、織田の──弾正忠を誰が継ぐべきかを」

「それは・・・」


 姉の言葉を待つ


「・・・初めは三十郎、喜六郎や喜蔵。色々と、考えたの。だが、皆経験が足りない。経験があっても三郎五郎の、兄者は妾腹で、安祥で今川に捕まる、失態をしている。・・・だから付いていかない。そうして、考えた末、一度私に謀反したとはいえ張り合える信勝、あなたしかいないと考えたの。だから、あなたさえ承諾してくれれば、後継者として家中の皆に伝えるわ。これからは信勝の指示に従うように、って」


 来た、その言葉を待っていた!


「と、突然何を仰るのです。今は、病で気が落ち込んでいるのです。しっかりと養生して気を落ち着けてくだされ。いずれ治ってまた、元のように外を駆け回れますとも。その時にまた考えたましょう」

「いいえ、私のことは私が一番よくわかるわ。今回の機会を逃してはいけないの。後でまた考えましたでは遅いの。だから、ねえ、信勝・・・」

「そ、そうまで仰るのであれば、不肖信勝、織田弾正忠家の当主となりましょう。そのうえで姉上はゆっくりと養生してくだされ。津島や勝幡などが良いかもしれませぬな」

「・・・そう、ありがとね信勝。この弾正忠の三郎のために」

「お任せください!姉上なくともこの俺が立派に弾正忠家を盛り立てていきます!」


 あれやこれや、弾正忠家を継いだ後のことが次々に浮かび上がってくる。


「あまり長居しても姉上のお身体に差し障ります。名残惜しいですがお暇させていただきます」


 こうしてはいられない!早く末森に戻って準備をせねば。

 その気持ちで立ち上がり背を向ける。


「待ちなさい信勝」


 声に呼び止められる。

 それは先ほどまでの弱弱しい声とは異なり、昔よく聞いていた姉の声であった。

 ――いや、本当に姉上の声か?今までに聞いたこともない程の冷徹な声であった。

 動きが止まりもう一度姉を見ようと振り返る。


「お前の弾正忠当主を思う気持ち、よく分かったわ。けど、岩倉や美濃と結び再び弾正忠家を割ろうとすることを見逃すことは決して許すことができないわ」


 そこに、刀を携えこちらを見る姉が居た。


「――ッヒィっ!」


「坊丸たちは決して粗略に扱わないわ。赦してくれなんて言わない、尾張のためにその命を貰うわ」

「――た、助けっ――蔵人ォ!!」

「織田勘十郎信勝!ご謀反である!!」


 俺の情けないと同時に声が響いた。弟の、喜六郎秀孝の声であった。

 蔵人の胴体が部屋に飛び込み、続けて弟と勝家、そして信長の馬廻りが続き姿を見せる。


 そうか――

「――嵌められたのだな・・・」


 許して欲しい気持ちはなかった。ただ最期に見た姉の悲しそうな顔に対し、この愚かな弟を切らせてしまう不孝を押し付けてしまった後悔が浮かんだ。

 俺はこの姉の、三郎姉様の家族思いな面を知っていたのに一体何てことをしていたんだ・・・


「もう、しわ、けござい・・・」

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