稲生の戦い終
稲生で挙げられた首級は四五〇にも及んだ。佐々孫介や山田何某とこちらも多くの将兵が討ち死にしたが、信勝派の武将も姉上が討ち取った林美作守を筆頭に、俺と因縁のある守山衆の洲賀、角田など多くの武将が討ち取られていた。
逃走した信勝、林らはそれぞれ末森、那古野に入り籠城の構えを見せているという。守備を固められては面倒であると、翌日には出陣し両城の城下町を焼き払った。
そして包囲から数日が経った頃、末森城に居る母から和睦の執り成しが来たのであった。
清州城の広間に姉上と仲介を頼まれた村井、島田。この騒乱の首謀者である信勝と柴田、林が揃っていた。
そして何故かそこに俺も呼び出されたのであった。
重苦しい空気の中どちらも口を開くことなく、信勝たちは頭を下げたまま、姉上そんな信勝たちを感情の見えない顔で、村井と島田は困惑した様子で遠くを見ている。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。口を開いたのは姉上であった。
「・・・どういうつもりで、兵を挙げたの?」
「・・・」
「頭をあげなさい信勝」
「はっ」
顔を挙げた信勝は目を姉上に向け口を開く。
「・・・理由は戦場で告げたとおりです。姉上は家中のみならず外敵からもうつけ者と思われています。先だっては父の代より仕えていた鳴海の山口が今川方に走り、河内の服部も今川に寝返るなど今川の脅威にさらされています。東の今川に対抗しようにも北の斎藤とも道三との縁から義龍と争ったばかりで和議など到底結べぬでしょう」
「私が居なくなれば義龍と手を組めて今川に対抗できると考えたってわけね」
「そうです」
「だからってあんな戦になったら私たち二人とも弱って敵の思うつぼとは考えなかったの?」
「初めは暗殺を考えておりました。那古野に来た姉上を林佐渡たちに討ってもらおうしていたのですが『三代報恩の主君を討てぬ』などと日和始めまして、こうなってはと数を頼みに挙兵するに至りました。あの兵差でまさか勝ちをひっくり返されるとは、夢にも思いませんでしたけど」
「・・・で、あるか」
また広間が静まり返る。
「今回のこと、本来であれば打ち首と言いたいけど母から頼まれたから許すわ。信勝は末森の差配のみ許す。弾正忠の名乗りは当然、熱田に出した文書の向こうとこれからの手出しを禁じるわ」
「は」
「次に柴田。お前は本来であれば主君の謀反を諫めねばならない立場であるが同調したことは許せない。けれど信勝を助命するから今回はお前も助命とする代わりに暫く蟄居とする。二度目はないと思いなさい」
「ははッ」
「林についても同じく蟄居処分よ。ただし喜六郎の補佐を命じたにも関わらずその弟を無視した行動は私の意に反したこと。いかに暗殺に反対したとはいえそれはまた別の話、だから林は那古野での喜六郎の補佐の任を解任とする。喜六郎も良いわね」
「「は」」
「加えて、信勝以下今回の戦で敵対した将たちには一両日中に誓書を届けることとする。これを守らなかったものは誰であろうと腹を切ってもらうことにする。これで手打ちとする」
こうして信勝謀反のけりが付いたのであった。
信勝は退出すると居城へと戻っていくのであった。