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北伊勢四十八家

第三部開始

 この日広間には滝川殿が呼ばれていた。


「どもですぅ喜六郎殿」

「久しぶりになりますな滝川殿」


 彼女、滝川左近助一益はその小さな身柄に反して中々にえげつないことをしでかす大博打打ちでもある。普段は蟹江城に詰め、長島の本願寺門徒に備えている御仁である。

 その蟹江城だって元々蟹江を支配していた長島城主の服部左京進を騙くらかして彼らの金で築城させた。すると今度は左京進を城から追い出し、さらにはその左京進の留守を突いて残りの尾張領を奪い取るという働きを見せる知勇に優れた、まさに一級の将である。


「いやー此度は美濃ですかなぁ。それとも北伊勢ですかなぁ」

「北伊勢、ですか?美濃攻めは分かりますが、どうして?」

「私の勘ですぅ。と言いたいですけど、まあ私が呼ばれるとなると美濃というよりか西の長島か北伊勢方面くらいですからねえ」

「そういう理由ですか」

「ええ。まああとは盟を破って三河へ、と言うところですがこれは有りえないですぅ」


 そうか、美濃の事ばかりで頭がいっぱいになっていたけど、西美濃に圧力を加えるという意味では北伊勢を押さえるのも手だったか。


「ふふふ左近惜しいわね!」


 スパーンと襖を開け放し姉上がやって来た。

 何が惜しかったのだろうか。


「惜しいですか?」

「ええそうよ惜しかったわよ。北伊勢に向かうのは正解。ここを押さえるのに確かに美濃、特に西美濃への牽制に多少はなるわね。ただ今は浅井にちょっかいを掛けてもらっているから、美濃への圧力を弱めてまで北伊勢に行くほどではないの」

「ではそうなるとどういった訳で北伊勢に行かれるのです?」

「上洛よ」

「上洛ですか?」


 上洛と言えば先年、一乗院から逃げ出した義秋様が俺ら織田家に上洛の力を貸すように使者を寄こしてきたな。その時は折しも木曽川の洪水と斎藤の攻撃で屈辱的なまでの敗北を喫していたな。


「そうよ喜六郎の考えてる通りよ。前は美濃を抜けて近江から京を目指そうとしたけど、右兵衛太夫にしてやられたわ。奴目将軍候補の上洛を妨げてやがって」

「でもぉアレは殿が欲をかくからですよぅ。斎藤との停戦交渉が纏まらないうちに美濃に出兵するから当然ですう」


 あ、もしかしてあの時・・・


「姉上、あわよくばどさくさ紛れに美濃を落とせないか考えていたのですか?」


 と聞いてみると、彼女はさっと顔を逸らす。

 どうやらその通りであったようだ。それであの大敗を招いたのでは本当に天下の笑い者だ。


「ま、まあ今はその話は置いといてよ!」

「姉上ぇ・・・」

「北伊勢は小領主が治めてるからここを押さえちゃえば、千草街道を使って京へ上れると思うのよ。だから将軍候補の上洛名目で織田に服属させちゃえば一石二鳥かなって思ったの」

「なるほど」


 そういう意味であるなら伊勢方面への侵攻も納得がいく。


「でも殿、それだけではないでしょう?」

「滝川殿それだけでないとはどういうことで・・・?」

「喜六郎殿、北伊勢には桑名港がありますよぅ」


 桑名・・・?

 河口付近にある港だが、その機能としては安濃津が上回っているしな。


「分からないんですかぁ?殿のご舎弟としてもっと広く見るべきですよう」

「なっ!」


 確かに物事を広く見る力は弱いと思ってはいるがこういう風に煽られると心に来る。


「左近あまり言い過ぎないで頂戴。・・・喜六郎桑名は長島に近い、その上津島や熱田をも窺える。この二つの港を荒らされるような状況があると私たちはどうしてもそちらにも手を割かなきゃいけない。これを阻止する為に私たちで押さえておきたいの」

「そういう訳ですか。でも私たちが伊勢に出張ると北畠が出てくるんじゃないんですか?」

「うーん可能性は零じゃないけど限りなく低いと思うわ。あそこは今、主に長野、神戸、関、北畠と小競り合いをそれぞれしているようだから・・・」

「じゃあとりあえず私は北伊勢をかき乱す感じでいきますぅ。美濃攻めももうすぐ見たいですし横やりを入れられないようにしときまぁす」

「では俺はそれに付き従う形でよろしかったですか?だから今日呼ばれたのですよね」

「いえ喜六郎は留守番よ。左近と彦七郎を主力として送るから、あなたと三十郎に二人が抜けた穴として長島を見張っててもらいたいの」

「戦働きの為、ではなかったのですね・・・」


 少し肩を落としてしまった。


「美濃攻めでは頑張ってもらうからその時に暴れてちょうだい。それに美濃が落ち着けば本格的に伊勢へ攻め入ることになるでしょうしね」

「分かりました」

「左近は桑名を押さえててちょうだい。後は長島城に嫌がらせしてくれればいいわ」

「承知しましたですぅ」



 ※  ※


 春に入ったころ、俺達織田家中で美濃攻めの雰囲気が漂い始めたころ、滝川殿が伊勢へと攻め込んだ。


 瞬く間に桑名港を押さえると、南下し員弁郡桑名郡の領主を次々に降伏あるいは攻め滅ぼしていった。

 そしてこの戦には足利義秋の臣下として明智十兵衛光秀なる御仁も参戦していたのであった。

 この十兵衛殿の友である勝恵なる僧が降伏を説いて回るなど格別の働きであったという。

 夏までには破竹のごとき勢いであり瞬く間に朝明郡、三重郡にまで攻め上るのであった。


 そして美濃を落とした姉上が数万の援軍を率いて桑名に着陣した。

 未だに抵抗を続けていた領主たちはこの大軍を見たことで不利を悟り、終ぞ服属の要求を呑んだのであった。


「さて、左近助。ここまでよくやってくれたわ!」

「ありがたきお言葉なのですぅ」

「早速だけどあなたはこれからどうするつもりで動いてたのかしら?」

「はいです。私はこのまま南下し楠、高岡、神戸と攻めようと考えておりました。されど・・・」

 左近助は言葉を区切る。

「楠城は降伏したですが、高岡城の守将の山路弾正。これが手強く、中々崩せないです」

「そ」

 姉上が顎に手を当て考える。

「とりあえずこの軍で囲むわ。恐れて降伏するなら良し。打って出てもこの物量なら対処出るでしょう。皆出るわよ!」

「「ははっ」」


 けれど到着した高岡城は要害と言っても差し支えない堅城であった。


「これは・・・」

「一筋縄では行きませんね」


 南には鈴鹿川が流れ、布陣可能な北側は山と谷によって大軍の展開に不向きであった。

 結局包囲はしたもののその堅牢さと、落とした直後で政情が不安定な美濃を鑑みて包囲を解き帰城するのであった。


「左近にはこのまま桑名城に入ってもらうことにするわ。今回服属した領主たちを纏めなさい」

「了解ですぅ」

「それと近いうちにまた北伊勢を落とすわよ。足元を崩しておきなさい」

「必ずや」


 北伊勢に信長という戦乱の風はまだ吹き始めたばかりである。



戦極姫4と5クリアか満足するまで不定期です。


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