表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/93

稲葉山城

『喜六郎様、今回の旅はものになりゃあした。次の戦で勲功を稼ぐもんで先に帰らせてもらうがね』


 竹中半兵衛の屋敷から帰ると藤吉郎殿は挨拶もそこそこにどこかへ行ってしまう。

 その時の彼の目はもはや俺を見てはなく戦場を見据えているかのような目であった。


 彼は川並衆を味方につけた。元々彼らは木曽川の南の江運を担う者達であったが、時に江賊となり俺達の頭を悩ます存在でもあった。

 藤吉郎殿はそんな彼らの力を使い墨俣の地に一晩で砦を築き上げた。その方法は俺には考えもつかない方法で、東美濃や中美濃地域であらかじめ伐採をしておき、後は組み立てる状態にまでした木々を一息に木曾川の上流から下流へと運搬し、現地でそれぞれの部隊が担当して組み立てたという。翌日になり、これに気づいた斎藤勢たちも墨俣に近づくと防御が整っていると勘違いし撤退していった。こうして斎藤に奪取されて以来、何度も占領に失敗した墨俣地域を取り返すという功を藤吉郎殿は立てたのであった。


 ※  ※


「美濃を落とすわよ」

「西美濃三人衆からの人質は待たれないのですか?」


 この頃西美濃を押さえる斎藤家の家臣である稲葉、氏家、安藤が我ら織田に寝返りをする旨を伝えてきていた。人質を合わせて送るという内容であった。


「ええ、今回の戦に彼らはもう必要ないわ。右兵衛太夫は丸裸になり、私たちに邪魔は入らなくなった。一応村井民部と島田所之介に受け取らせには行かせるわ」

「かしこまりました。では我らは早々に戦支度を整えましょう」

「頼んだわよ」


 この数日後には稲葉山へ向け進軍が開始された。初めは三河方面への行軍であったが、ある程度南下すると反転し、一気に美濃まで駆け抜けていった。

 これにより美濃を攻めに来ると思わなかった斎藤勢は抵抗も少なく、俺たちは瞬く間に稲葉山の城下にまで辿り着いてしまった。


「流石に近くまで来るとこの稲葉山城は堅城という空気を感じられるな」

「左様にございますな」


 この稲葉山城は東は山深く、北には長良川、南に瑞龍寺山があり攻め落とすのには時間がかかること必至であった。


「右兵衛太夫が一戦どこかで仕掛けてくれば話は別だったやも知れませぬが・・・」

「まあ普通は籠城するからおかしなことではないな。西美濃がこちらに着いたと知らねば援軍に来てくれると思うものだからな」

「援軍の来ない籠城です。もはや無駄な抵抗となりましたな」

「うむ。早めに開城をしてくれればこちらとしも助かるが・・・」

「うん?・・・おい、何があった!」


 家臣の奥山と話をしていると姉上が居るはずの本陣が騒がしくなり、姉上の小姓や馬廻りが走り回り始めていた。だいぶ慌てた様子である。

 何があったのかと近くに来た者に尋ねてみると予想もしなかった回答を得た。


「は、はっ!殿が突如と僅かな馬廻りのモノを連れていき瑞龍寺山へと駆け上っていきました!残された我らは何も聞かされていませんでしたので慌てて殿の後を追いかけるところでした!!」

「何だとっ!?」


 これを聞いた俺たちも大慌てで瑞龍寺山の砦を目指した。この砦は稲葉山城の本丸と連なっている尾根の一つでもあった。抵抗は激しいものであるはず!と一心に駆けた。

 しかしその時にはすでに姉上はここを占拠しており俺たちの到着を待っていた。


「あら、皆遅かったわね?この戦の一番手柄は私かしら」

「あ、姉上、仮にも大将なのですからあまり自分で真っ先に突撃しないでくだされ。皆肝が冷えてしまいます」

「ふふ、言いたいことも分かるけどこういうのは速さが大事なんだから。折角ここまで防備が整う前に攻めたことだもの、手を緩めるわけにはいかないと思わない?」

「それは、その通りですが・・・」


 本当に俺たち家臣は生きた気がしない。

 それに大将である姉上に真っ先に功を上げられては面目も丸つぶれである。


「あとはお前たちにも功を稼いでもらうから。とりあえず城下を焼き払って稲葉山を包囲しなさい。焦れて右兵衛太夫が出てくることを祈りましょうか。出てこなければ力攻めに入るわ」


 俺たちはその指示に従い、城下を焼き払い城を囲むのであった。

 その最中、姉上が稲葉山を囲んでいることを聞きつけた三人衆が群を率い攻城に駆けつけた。

 彼らの旗印を見つけたのであろう。守兵と曲輪を巡り一当たりしている時に明らかに防備の手が緩んでいた。その夜以降、城から逃げ出してくる兵があちこちで見受けられるようになった。

 しかしあと一歩を崩し切ることができない。


 それは何度目かの軍議の場であった。


「殿!あっしは斎藤の心が折りゃあした今が攻め時ゃと思いますだぎゃ。あっしが手勢とともに裏手から攻め上って敵を攪乱するみゃあ。んだもんで成功の合図に合わせて他の皆様が攻撃してくだされ」

「なっ!?猿のくせに何をたわけたことを!敵がおめおめとそのようなこと許すわけが無かろう!」

「左様。権六の言う通りよ!いくら山登りの得意な猿とは言え成功するはずが無かろう。ここは大人しく右兵衛太夫の降伏を待つべきぞ!」

「それもそうだ」


 藤吉郎殿の奇襲の言葉に皆反対し始めた。

 しかし姉上は黙って策を思案していた。


「良いわ、猿試してみなさい」

「なっ、殿!?」

「考え直してくだされ!」

「うるさいわ出羽介!権六!私が許可するのよ、文句を言わないで頂戴!そんなこと言う暇があるなら城攻めでもして猿より早く落として来なさい!」


 姉上の叱責に二人は引き下がってしまった。


「ただし、猿に援軍は送らないわ。失敗したらそこが墓場と思いなさい」

「殿、ありがとうございます!必ずや落として見せますだぎゃ」

「猿が成功したらすぐに乗り込めるよう他の者も攻めかかりなさい。いいかげんこの戦を終わらせるわ」

「「ははつっ」」


 藤吉郎殿は賭けに勝った。

 城の裏手から攻め上ると守兵を討ち取り曲輪の一つを占拠した。

 城に火の手が上がり、その中には金に輝く瓢箪が掲げられていた。


「藤吉郎殿がやったぞ!清州衆、この機を逃すな!」


 俺たちは布陣していた攻め口より猛攻撃を仕掛けた。

 それからはあっという間の出来事であった。

 城方の抵抗も少なく散り散りに逃げ去り、これまでの攻防は何だったのかという程楽に本丸へと辿り着いた。

 皆必死に斎藤右兵衛太夫の姿を捜したもののその姿は城内のどこにも見当たらなかった。


「斎藤右兵衛太夫はどこだ!」

「と、殿は我らを置いて、長良川より何処かへ逃げて行きました!」

「クソっ」


 降伏してきた斎藤の兵に尋ねるも皆回答は同じであった。

 斎藤右兵衛太夫自体に力はない。だが道三から数えて三代もの間、美濃国主を務めた身である。彼を戴くことで、美濃の奪還としての大儀名分は十分持つことができる。

 右兵衛太夫を逃したことは織田に対抗しようとする勢力に、美濃奪還の兵を挙げられかねない危険性が生じてしまった。


「右兵衛太夫を取り逃したのは失敗であるが、とにかく今は城を落としたことを祝いましょう。右兵衛太夫のことはまた追々考えるわ」


 取り逃したことを聞いた時姉上は顔を苦々しく歪めはしたがすぐに元に戻し言った。


「左京大輔以来、目の上の瘤であった美濃を手にできたことこの三郎、これほどまで嬉しかったことは無いわ!皆共に戦ってくれたこと、攻め落とせたこと嬉しく思う!いまは勝ったことを祝おう!勝鬨をあげよ!」

「「「えい、えい、おぉおおう!!」」」


 その声は稲葉山を震わせるほど大きな声であった。



第二部完!喜六郎の栄達にご期待ください


※次話として簡単な設定が投稿されますが読まなくても問題ないものとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ