前田又左衛門利家
「浪人前田又左衛門利家。この者、我が織田喜六郎秀孝の陣を借り、森部の戦に参陣。我が陣が足立六兵衛により崩れる中、名乗りを上げ自ら槍を手に駆け出し数合にも及ぶ、足立六兵衛との斬り合いの末これを討ち取りましてでございます。このほかにも一つ首を取りまして、首級二つの手柄にございます」
俺と又左衛門は二人して首実験の場にて平伏していた。
姉上はどう思っているのだろうか、顔を上げ伺うことはできない。
「であるか」
誰も何も言わない。勝ち戦にも関わらず、沈黙が場を支配する。
「前田又左衛門、褒美を取らす。もう下がっていいわよ」
「お待ちくだされ殿。前田又左衛門は前の今川との戦にも首級を上げております。お怒りを解いて頂ければとこの喜六郎お願いしたく」
「それが喜六郎が又左衛門と共に来た理由か」
「そうでございます、殿」
「那古野で犬を飼ってる間に情で絆されたのか?」
「そのようなことはけして無く。ただこの者、殿にとって無くてはならない御仁にございますれば、これを捨て置くことなど喜六郎めにはできません」
「だからと言って許すとは限らないわ」
「それでもです」
「殿、この森三左衛門から見ても前田又左衛門は反省しているように見受けられます。前の戦でも手柄を上げています。どうかここは一つ――」
「くどいわ!」
姉上は声を荒げ制止した。
しかし声は続いた森三左衛門だけではない。佐久間や柴田。丹羽に金森と家中の皆が姉上に対して進言する。
「織田家中の皆様、まことあり難きお言葉なれど、この前田又左衛門、我が身の為戦場に出たのではございませぬ!此度は住まわせてくださった織田喜六郎様への恩を返すために参陣した次第にございます。恩返しのための戦でどうしてお怒りを解いて頂けましょうか!分別は着いておりますれば!」
そんな中件の前田又左衛門が声を上げた。そしてその言葉に姉上は反応する。
「分別がついているだと!ならば何ゆえ拾阿弥を斬った。分別があるというならば斬らずに私に言うべきであったろ!」
「あの者は犯してはならぬことをしでかしました。ご存じの通り我が家に忍び込みまつの物を盗み取りました!どうしてこれを捨て置けましょうか!」
「ああそうだ。ならば何ゆえ逃げた!私がお前を許さぬとでも思ったのか!」
「そのようなことはございません。されどどうして顔を見せられましょうか!罪人為れど三郎様ご寵愛の者を斬った咎は私めにあります!ご寛恕頂くに何も持たず参じるは例え三郎様が許してもこの前田又左衛門自身が許せませぬ」
「なればこの首で足りぬと言えばどうする!」
「されば再び戦に参じ首を取ります」
「それでも足りないと言えば」
「そのまた次の戦で首を」
「家中の者の手を借りることは許さんと言えばどうする」
「その時はどこかで暮らし、戦に参じる次第に」
「そこまでして首を取りたいか又左衛門」
「さにあらず。すべては三郎様の行く道に付き従うためにございます」
「生涯、起算を許さないと言えばどうするのかしら又左衛門」
「その時は今まで通り勝手に戦に参陣し、命失うまで三郎様の為に戦うまででございます」
「この三郎にそこまでの価値があるのかしら」
「この又左衛門にとっては価値しかありませんっス。あの時、三郎様に声を掛けられた日から、私の槍もこの身も、この生涯も三郎様の為に使うと決めたのです」
「ここで今死ねと言えば死ねるのか」
「はいっス。でも三郎様は無駄死にをさせる人じゃないっス。戦場にて三郎様の為に死にに行きます」
「で、あるか」
深く言葉を吐き、姉上は又左衛門の目を見続ける。
「だからと言ってすぐに許すわけにはいかないわ」
「しかし姉上」
「ではまた次の戦にて――」
言葉に又左衛門は頭を下げる。
「話を最後まで聞きなさい。桶狭間の時も今回も、犬はどちらも喜六郎の家を借りていたのだから私への詫びにはならないわ」
「それでは・・・!」
「今回の戦が終わったら清州で謹慎しなさい。その後俸禄四五〇貫として再度召し抱えるわ」
「あ、ありがとうございますっス!三郎様!」
姉上の言葉に涙する又左衛門。
皆その顔を見て喜びに満ちている。かくいう俺も込み上げてくるものがあった。
「喜六郎は押し切られたとはいえ、犬千代を匿ったことは罪。お前もこの後暫く謹慎しなさい」
「え?」
そんな感情もあっという間に霧散した。
「私の弟とは言え何犬千代と一緒に暮らしてんのよ、そんなこと私が許すわけないじゃない」
「そ、そうは言われましてもですね」
「もう決めたことよ」
周りを見渡すも皆こちらから目を逸らしていた。
三郎五郎の兄上や喜蔵兄上も同様だ。
「あのう三郎様、喜六郎様の所にには私が押しかけたものなんで手加減してもらえれば、と思うっス」
「いいのよ犬千代。そもそも私が怒っているのに無視して犬千代を抱え込んだ喜六郎が悪いの。それにこれくらいの罰は覚悟してのことよね」
ふざけて言っている感じではなかった。ただ怒っているわけではないので形式的なものなのだろう。
分からないでもない、仮にも人を斬った罪人を匿っていたのだ。その中でも軽くしようとしてくれているのだここは甘んじて受けよう。
「かしこまりました姉上」
それでも謹慎は堪えるものがあるなと肩を落とすのであった。




