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戦後

「これよりの追い首は無用」


 今川治部大輔の討ち死にを確かめた姉上は全軍に通達した。

 戦場には織田勢による勝鬨が上がった。

 東海の雄、今川治部大輔を自らの手で打ち払った歓喜の声。主三郎信長の勝利を祝う声。生き延びたことに安堵する声。

 皆様々な感情を携えていた。しかし喜びに満ちていることには違いがなかった。


「今川治部大輔義元殿。貴方はこの三郎の良き師であったわ。この命無駄にはしないわ」


 今川治部大輔の首を前に呟き、黙祷をささげる。

 長い時間であった。


 程なく沓掛城、大高城は開城した。ただ鳴海城にて最後まで抵抗をしていた岡部元信は治部大輔義元の首と引き換えであるなら退去を承諾するとの事で、これに姉上は承諾したことで駿河へと帰っていった。

 父の死後今が方の手に渡った城を取り戻したことで、姉上は尾張の支配を揺るぎないものとした。


 上げた首は二千を超え、総大将たる今川治部大輔をも討ち取るという古今東西類を見ない大戦果は、姉上の名を轟かすこととなるのであった。


 父の代より続く今川との死闘がひとまずここに決着した。


 ※  ※


 今回の戦では多くの者が褒美を賜った。

 直接今川治部大輔と戦い首を上げた毛利新介、服部小平太の加増は目を見張るほどであった。

 だが特筆するべきは桶狭間の地に今川治部大輔が滞陣していると伝え、案内をしたという簗田政綱という者であった。彼は勲功一位であるとして沓掛城主三千貫という破格の褒美を賜っていた。家中の誰しもが彼のことを羨み、それでいて姉上の気前の良さに感心していた。


「・・・それで、又左殿はどうしてまた那古野城に戻って来たんですか」

「どうしてって分かってて聞いてるっスよねえ!」


 おいおいと大げさに泣いたふりをする前田又左衛門。彼女は未だ浪人の身のままであった。


「ううっ、三郎様はもう私のことなんて必要ないって思ってるんスよ。いくらお気に入りのクソ坊主を叩っ斬ったとはいえ、私がこの前取った首で帳消しにしてくれると思ってたのにっスよぅ」


 そう彼女は先の戦でも活躍しており、首を何個か挙げていたのだった。

 首実験に現れた際の満面の笑みは今でも思い出せるくらいに自信満々であった。『これで許して貰えてまた、三郎様の下で働ける』と考えていた。だが彼女の思いとは裏腹に姉上はまだ許せなかったようで、他の浪人と同じように褒美を渡すよう命じると、関心は次の人に移っていた。俺は勿論、森殿や佐久間殿など家中の多くの者が許してやってはどうかと言ってみたものの、怒鳴られてその場から追い出されてしまったのだ。これではまだまだ又左衛門の復帰は厳しいとこの場を去るように伝え、肩を落とす彼女を見送ったのである。


 これがつい先日のこと。

 そして今はというと。


「だからってまた俺のところに来るのはどうかと思うんだが」

「ここ以外に何処に行けって言うんでスかっ!」

「いや清州の長屋に帰れよ。まつ殿が又左殿の帰りをいじらしく待ってますよ」

「こんな状況で帰れるわけないっスよ!そりゃ帰りたいっスけど!たとえ天が許してもこの私が浪人として家に帰ることを許さないっス」

「とは言われてもなあ」

「それにそんな半端に帰りでもしたらそれこそ三郎様が許してくれないっス、それも、一生。お前のこれまでの意地は何だったんだって。お怒りっス」


 確かにそうだ。そもそもが拾阿弥を斬ったことに怒っているよりも、又左衛門が何も言わずに逃げ出したことに怒っている節がある。そんな状況でのこのこと戻って暮らしていることを知ると本当に見限るに違いない。


「三郎様にはまだまだ敵が多いっス。だからその時にまた改めて頑張らせていただきます。だから何卒ぞ!」

「・・・」


 又左の言う通りこの先も美濃の斎藤や荷之上の左京亮。それに弔い合戦としていつ今川が攻めてくるかわからない。姉上の手となる又左が近くにいた方が便利かもしれない。

 問題は匿っていたことが姉上に見つかった時だ。どんな咎めを受けるか・・・

 いや、なんかそこまで大事にはならない気がしてきた。姉上は身内には大分優しい人だ。多分一回くらい見つかったって構わないだろう。前回は見つからなかったしな。

 うんきっと大丈夫だ。

 今の彼女を見ていると見捨てられた子犬を見ているようで悪い気になってきた。コイツ体躯は大型犬みたいなくせしてるのに何なんだ。


「はあ、仕方ない。姉上に見つかるまではここにいても構いません見つかったらその時は出て行ってもらいますからね」

「本当っスか!ありがとうございますっス!流石喜六郎様です!」


 言葉を聞くや跳ね上がるように顔を上げる。


「見つかったら即出てってもらいますから」

「はい、分かりましたっス!」


 本当に分かっているんだろうか不安になるが、ともかく彼女の姉上を思う気持ちは本物だ。

 それを踏みにじるほど彼女が嫌いでもない。


「ま、何とかなるか」


 ――後日姉上に会った時に厳しい目をしながら、「餌を与えすぎるな」と叱責されることとなった。


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