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決戦

 今川治部大輔、沓掛に着陣す。

 前線からは絶え間なく報告が届くが対応せず姉は動かなかった。そればかりか集まった者を皆自領に帰らせた。

 ついには夜が更ける。皆今川の戦火から逃れようとしているのであろう、この日は町の喧騒がいつまでも止まずに聞こえてきた。


 篝火を見つめながら何かを考える。そのどれもが意味のないものであった。

『喜六郎様お世話になりましたっス。この御恩はけして忘れはしません。織田家のため今川治部大輔の首を上げてきますっス』

 この那古野に居候していた前田又左衛門はすでに出立していた。

 血気にはやり一人突っ込んでいなければ良いが・・・


 どれほどそうしていただろうか。

「ご注進!清州の殿より熱田の宮に着陣せよとのこと!」

 清州からの使いがやって来た。

「承知致した」

 彼はそれだけを告げると足早に次の城へと駆け出して行った。

 具足を着け出ると、そこには那古野衆の者がすでに集まっていた。

「殿」

 馬を引く。皆、目に不安はない。

「狙う今川治部が首、出陣せよ!」

「「応!」」


 熱田までは目と鼻の先ほどの距離であった。

 すでに姉上は到着し、馬廻りを始めとした主だった者たちが集まっていた。

 雨が降り出したころ姉上は口を開いた。

「すでに熱田の宮の神託が下った!この戦、我らが勝つと仰せである!かつて草薙神剣を使った日本武尊はその神剣で火を払った。そして今、火を消す雨が織田の為に降り始めた!これを神の意思と言わず何という!!

 すでに今川は私の策の内に入りその首を差し出しているのだ!残すは我らが刀を振るうのみである!!」


 姉上の声に兵が湧く。


「まずは善照寺の砦へ向かう!皆走れぇ!!」


 声に押され、兵は湧き上がる。

 ドッと水が流れるように織田の者が走った。


 善照寺砦に着いた頃に、すでに丸根、鷲津の両砦が陥落していた。


「佐久間出羽介よ、今川の様子はどうであるか」

「明け方に大高での戦闘があり、大学介や飯尾近江守殿らが討ち死いたしました」

「・・・であるか」


 姉と佐久間殿が話している最中に今川治部大輔の周りを探らせていた者より報告が来た。


「姉上、手の者より今川治部大輔が早朝沓掛の城を出立し大高の城を目指す動きであるとのことです」

「その道なりなら、桶狭間の狭い道を通りそうね。中嶋まで出て直接見にいきたいけど・・・流石に立場が許さないわね。このままでも何とか治部の首を上げれそうだけど、あと一手、天が私に味方してくれれば確実になりそうね」

「何を言うのですか、姉上。先ほど熱田の宮にて神託が下ったのでしょう。であるならば最後の一手は必ず来ます。それが何かまでは俺には分かりかねますが」

「ほう、宮様の神託ですか!ならばこの戦は勝ったも同然ですな。殿は昔から運が良かったですからな」


 ガハハと笑いながら元々砦に待機していた兵に神託のことを知らせてくると言い佐久間殿は下がっていた。


 この間中慌ただしく兵や伝令が行き交う。

『中嶋砦より出陣した佐々隼人正、千秋四郎討死』

 今川治部大輔の進路の報告が主なものであったが、中には将の討ち死にの報せも届いてきた。

 熱田の宮を出たころには小雨程度のものでであったが、この頃には大雨となった。


「今が好機かも。喜六郎、全軍に出陣を命じなさい」

「は」


 こうして砦を出る頃にはさらに雨が酷くなった。目の前に居る人が何とか見れる程度あり、少し離れた人は雨粒に隠れ全く見ることが適わなかった。

 俺だけでなく全ての将兵は、先頭に立ち進む主信長の後ろに着いて行くのみであった。

 気づいた時には山の中だった。そしてあれほどの大雨であったのに、雨はいつしか小降りとなり、ついにはあれほど分厚かった雲の切れ間から光が差し込んできた。


「者ども――」


 姉の声が聞こえた。


「今川治部大輔は必ずやこの桶狭間の狭き道を通り大高へ向かうであろう。そして熱田の宮が力を貸してくださったおかげで今、大雨が降り、大高への道がぬかるみ今川の者共は足を取られることになる。であれば最早私たちの利する所。ここで討たずしてどうする」


 姉の近くに一人の男が近寄り何かを囁いた。彼の言葉を聞くと一層気合のこめられた表情を向ける。


「敵は駿府より発ち、長らく歩いてきた兵たちよ。それに比べ私たちはまだ槍も振るってもいない、それを考えた時、いかに私たちが小勢と言ってもどうして疲れている大勢に負けると考えられるのか!すでに今川は死地に居る!奴らを打倒し軍を押し崩せ!敵が向かってきたのなら引いて、敵が逃げたのならば向かい打ち崩せ!この戦に手柄首はない!!ただ!今川治部大輔を討ち取る名誉があるのみ!!これこそが末代までの功名であると思いなさい!!」


 その言葉はけして大きな声ではなかった。しかし、この織田陣中の皆に聞こえたであろう。


「先の雨にて奴らの隊列は乱れている!治部大輔が首は東に僅かの場所にある!!この三郎に続けっ!!」


 槍を掲げ眼下の谷間へ穂先を下す。


「すわ、かかれぇえい!!!」


「「「うおおおおうううっ!!!」」」


 兵の一人一人が声を上げていた。それは堤の切れた川のごとく大きな人の濁流となり眼下に現れた、今川勢に襲い掛かった。


「赤母衣衆筆頭前田又左衛門利家ぇ!大恩ある織田三郎様の為参ったぁッ!!今川治部大輔が何するものぞ!!我が槍を馳走してくれる!!!」


 人という波間の中から又左衛門が今川勢に突っ込んでいく、槍を振るい同時に首をはねた。

 皆から喚声が上がり勢いが激しくなる。

 彼女だけでない、打ち寄せる波のごとく織田の一兵卒も槍を繰り出し押し込んでいく。

 その勢いは完全に今川を飲み込みはじめていた。


「敵は逃げ腰だ!那古野衆!押し崩せっ!!」


 敵に槍を突きたてながら声を張り上げる。

 何度も何度も、前へ向かっては戻りまた前へ向かう。


「首に手柄はない!この槍の、刀の一振り一振りが手柄ぞ!!」

「押し返せぇ!我らが死に場所はここではない!逃げては故郷に戻れぬぞ!気張れ!!」


 あちらこちらで金属のぶつかる音が響く。奇襲により今川勢は崩れた。しかし、混乱から立ち直った一部の将兵は押し返そうと反撃をしかけてる。しかし悲しいかな、織田勢により前線の将兵が討たれたことは多くの兵にとって逃げるための理由となっていた。その多くは押し寄せる織田勢と逃げる味方に押しつぶされ満足に槍を振るうことができなく討ち取られていく。


「これは勝ち戦よ、続け続けぇい!!」


 配下の者を鼓舞しながら前へと進む。だがまだ今川治部大輔が見つからない。

 ここで逃がしては再び織田の脅威となる。戦場を目を凝らしながら進んでいく。

 すると他の部隊と違い纏まって退却している一団を見つけた。

 あそこに今川治部大輔が居るのではないか。突撃をかける。

 はたしてそこに戦場に不釣り合いな輿の傍に一際目立つ者が居た。――あれこそが今川治部大輔!


「退かぬか下郎がぁ!我こそは遠江二俣城主松井左衛門佐宗信!織田の者に御屋形様には触れさせん!お退きくだされ御屋形様!!」


 俺が輿に目を付けたのに気づいたのだろう、周りを守っていた一団から飛び出してきた。


「貴様こそ退け!貴様如きの首に用はない!」


 刀がぶつかり合う。俺もコイツも必死だ。刀を振り下ろすとすかさず防いで凌ぐ。時には転がりながら距離を取り向かってくる。何度も何度もぶつかり合う。

 だが、終わる時はあっという間である。彼は俺が来る前から何度も戦っていたのだろう。俺の一振りに防御が間に合わなかった。


「松井左衛門佐討ち取ったり!」


 討ち取った敵を顧みる暇はない。すぐに治部大輔の逃げた方向へ駆ける。


 ――見つけた。

 しかし、また別の今川の兵たちが行く手を阻んでくる。


「次から次へと鬱陶しい!」


 追いかける俺たちとは別の方向から一人の若武者が治部大輔の下へと突撃した。



 ※  ※


「馬廻り衆服部小平太なり!今川治部大輔殿とお見受けするぅ!」


 槍を向け突撃する。


「覚悟せよっ!」

「笑止!貴様如きにこの今川治部大輔がやられるものか!!」


 治部大輔はその槍を躱すと落ちていた槍を拾い小平太へ穂先を振るう。なんとかそれを避けるも、ぬかるみに足を取られ小平太は倒れこんでしまった。

 当然治部大輔はその隙を見逃すはずもなく槍を振り下ろした。何とか転がることで躱すも休む間をくれず、穂先が何度も振り下ろされる。


「織田上総介が馬廻り毛利新介なり!今川治部!お覚悟!」


 新手が突撃してきた。その穂先は治部大輔の甲冑にぶつかり欠けてしまった。しかし小平太から意識を逸らすには十分であった。


「おのれぇえい!」


 小平太を蹴り飛ばし、新介の槍を弾き飛ばす。

 太刀を取り、槍を振るい、あるいは体を使い追い詰める。しかしそのどれもが治部大輔に決まらない。

 だがついに崩れる。治部大輔が転んだ。


「治部大輔ぅう、お覚悟ぉ!」


 その首を取らんと小平太が最後の一撃を繰り出した。


「この首、安くはないぞォ!!」


 しかし治部大輔は落ちていた刀を拾いふるった。


「くぁああああああっ!」


 その刀は小平太の膝を斬った、治部大輔は立ち上がり次は命を、と追い打ちをかける。


「ぬおおおおお」


 しかし反撃の隙を与えないとばかりに、新介が飛び掛かった。そして馬乗りになった。

 新介は首を取ろうと刀を押し付ける。だが治部大輔は新介の手首を押さえ、刀を近づけまいと抵抗する。

 こうなっては満足に刀を振るえない。治部大輔の手から逃れようと手を引くため力を入れる。しかし治部大輔は逆に手を引き寄せた。


「ぐあああああ!!」


 悲鳴と共に新介が刀を落とした。

 指を嚙み千切られた。


「ワシはこんなとこで死ねぬ。まだ、死ねぬのだ・・・」


 ふらふらと立ち上がり、痛みに呻く新介へと近づく。


「今川の為・・・氏真の為・・・こんな形で終われぬ・・・」


 治部大輔に小平太が後ろから組み付き押し倒した。どちらも疲れ切っていた。傷を受けすぎていた。

 小平太は刀を握る力も尽きていた。治部大輔は小平太を押しのけるだけの力が尽きた。


「し、新介、頼む・・・治部の、首を・・・」

「く、くううっ!」


 指を噛み千切られた方とは逆の手で刀を握る。これで決めなければ負ける。

 新介は力を振り絞り首を目指す。


「よ、よせ。ワシは今川治部大輔よ、海道一の弓取りと言われた男よ・・・」


 抵抗する力はなかった。

 その首に刀が当てられ、新介の体重が押しのせられる。


「・・・すまぬ、氏真。・・・すまぬ、師匠・・・」

「取った・・・!取ったぞ!今川治部大輔!討ち取った!


 今川治部大輔!!討ち取ったっ!!!!」


 戦場に、声が上がった。


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