086 裏切った動機
――ドイツ中央部 叡智の会 本部
いま本部にいる者たちが集まり、今回の対策会議が開かれた。
参加しているのは、八家の非戦闘員と本部の幹部たち。
身内から造反が出たことに加えて、ヘスペリデスと手を組んだことが重要視され、いまだ有効な打開策が見いだされていない。
「問題はなぜ裏切ったのかだな。理由いかんでは、クーデターに参加しなかったとはいえ、一族の者たちも、許すわけにはいかん」
叡智の会で遠征部を取り仕切るロディスが口を開いた。
彼はアームス家の分家であり、本部に勤めて三十年になる。
考え方も行動も、本部のそれに染まっている。
「許さないとは?」
ロディスを睨むのは、元渉外部のメンティナ。
メンティナはロイワマール家出身の女性で、会議に先だって渉外部を辞任している。
今回のことはまったく知らされていなかった。
衝撃のあまり、膝から頽れたほどだ。
本来ならばロイワマール家出身の彼女は、会議に参加する資格はない。
だが、特別な情報を持っていることから、参加を許されている。
ロディスとメンティナが睨み合うが、八家の代表は口を挟まない。
「黄昏の娘たちとロイワマール家が組んだことは確認済みだ。となれば、ここや魔界門の情報、シナイ山にある我々の基地の情報すらも、敵に渡っているとみていい」
「…………」
「裏切ったのはロイワマール家の当主であるランクおよび、その妻のヨゼフィーネだ。ヤツらに誘われて、残った者たちが主旨替えしないと言い切れるか?」
クーデターに参加したのはロイワマール家全体の三分の一。
残りは知らされていなかった。
だがもし、当主がその今回の行動の正当性を主張し、一族の者を引き入れようとした場合、断固として最後まで「否」と言えるのか分からない。
いつか裏切るかもしれない者を抱えたままでよいものなのか。
ロイワマール家の者をこのまま重職に就かせていいのか。
ロディスはそのことを懸念しているらしかった。
「そのために反乱した理由を知りたいということですか」
「そうだ。知っていることがあれば、教えてほしい」
メンティナは考えた。
ロイワマール家の当主が叡智の会に叛旗を翻す理由。それは……。
「魔道具……のことがあるかもしれません」
「ふむ……それはどういう?」
ロイワマール家は代々、魔道具を製作してきた家だ。
近年こそ振るわないものの、魔道具の売却で、多くの財をなした家である。
「一族の者や、それに連なる者の多くが叡智大で働いています」
「そうだな。それが魔道具と何の関係が?」
たしかにロイワマール家出身の多くが、叡智大で働いている。
「昔からロイワマール家は、叡智の会へ強い影響力を及ぼしてきました。ところが魔道具の供給が途絶え、次第にその力も失ってきました」
「魔道具を製作する力の喪失……時代の流れだな」
魔法使いの数は減り、その力も大昔から比べると、格段に落ちている。
ゆえに魔法使いたちは、他の方法で叡智の会に貢献し、一族の力を維持してきた。
だがロイワマール家は、近代化の波に乗ることができなかった。
魔法使いの数の減少と一族の減少、表の社会へうまく適応できなかったロイワマール家は、叡智大への影響力すらも徐々に失っていった。
そのあとを継いだのがアームス家である。
アームス家は他家を吸収したことで、多くの魔法使いを抱えていた。
現在、叡智の会にもっとも人を出しているのがアームス家である。
「財もそうです。ゴランの中枢に食い込むこともできず、ロイワマール家は過去の資産を食い潰していくのみ……もっとも、他から見れば恵まれている環境だと思いますが、当主にとって、先祖の功績しか誇ることができない現状は、不満ばかりが溜まるようです」
ゴランを仕切っているのはバムフェンド家である。
もっともこれは、バムフェンド家にとって屈辱であろう。
魔法使いの存在意義は、魔界でいかに重用されるかである。
強力な魔法使いの少ないバムフェンド家の魔導船もまた、微妙な力しか持ち得ていない。
それゆえ、魔界での功績を諦めて、経済で魔法使いを支える役を担っている。
表の世界で叡智の会を支えていると言える。
いかに一族の富が増えようとも、それは誇れることではないと考えている。
メンティナは話を続ける。
「当主様が酒の席で酔ったとき……あれは一族が集まった席上でした。そこで日頃の鬱憤が爆発したのです」
当主は、現状の何もかもが不満だったようだ。
魔道具が作れなくなったことも、一族に強力な魔法使いが少ないことも、魔導船の能力が低いことも、叡智の会で重要な地位にいないことも、富が日に日に目減りしていることも、何もかもが不満だとぶちまけた。
「それもこれも、魔道具の供給ができなくなったせい……か」
よくも悪くも、ロイワマール家は魔道具を製作することで居場所を確保していた家なのだ。
この落ちぶれた現状、お情けで叡智大の職員を与えてもらっている。
当主はそう考えており、それが不本意なのだとメンティナは言った。
「現状に対する不満が今回のクーデターに繋がったと?」
「私が思いつく理由は、それくらいです。当主様は現実を直視せず、過去の栄光を追い求める夢想家なのかもしれません」
魔法使いの能力は、現代において貧弱と言えるほどに落ちてしまった。
大昔、それこそ伝承に出てくる魔法使いの力はもう、遠いところにある。
過去を懐かしんでも遅いのだが、ロイワマール家の当主は違っていたらしい。
「それでなぜヘスペリデスと手を組むことになるのさね」
エルヴィラが溜まらず口を挟んだ。
叡智の会とヘスペリデスは、不倶戴天の敵。
手を組むなどありえない。
ロイワマール家の正気を疑うというのが、エルヴィラの考え方だ。
「当主様はおそらく……『はじまりの地』を目指したのだと思います」
「アタシらだって目指しているじゃないか」
「それでは生ぬるいと……常日頃から言っていました」
「……ふん。当主会議でも同じ事を言ってたね。だけど、ここを留守にするわけにもいくまい? 侵略種の襲撃はいつあるか分からないのだから」
「当主会議ではいつも意見が通らなかったと漏れ聞いています」
「それは当然だ。地球を……世界を疎かにするわけにはいかない。これは何があっても最優先だ!」
ロディスは強い口調で言った。
結局、どこでも自分は相手にされない。ロイワマール家の当主は、それが不満だったのだろう。
「ヘスペリデスと組んだのは、『はじまりの地』を探す上で、メリットがあったからだと思います。それが何なのかまでは分かりませんが」
「……メリットか」
ロディスは考え込んだ。
「魔道具、『始まりの地』、テロリストと組むほどのメリットね……ヤツらまさか、『はじまりの地』に至るルートを知っているんじゃないだろうね」
エルヴィラの予想にみながギョッとする。
「私たちだって見当も付かないのだ。ヤツらが知るはずがない!」
「……まあ、そうさね。いまの話は忘れとくれ」
しばらくは誰も、口を開くことはなかった。
――ドイツ 叡智の会 旧本部
待機している祐二たちのもとに、急報がもたらされた。
「魔界門が抜かれた?」
挟み撃ちにしようと向かった傭兵団であるが、わずかな銃撃戦のあとで敵は撤退。
向かってみると、魔界門を潜ったあとだったという。
傭兵団は魔法使いではないため、魔界門を潜ることはできない。
魔界門周辺に残っていた敵を掃討し、門を奪回したという。
「ユージ、私たちも魔界に行くわよ」
「そうだね。だけど、魔界門は無事なのかな」
「あれも概念体と同じようなものだから、破壊できないわ。魔蟲が開けた穴を魔界門として使っているだけだし」
「そうだったんだ」
「ユージ、急ぎましょう。きっと魔界で戦闘が始まっているわ。その間に私たちのドックへ行くのよ」
魔界に漂う瘴気によって、精密機器は使用不可能となる。
それゆえ、魔界内での連絡手段は限られる。
ロスワイル家もそれを見越して、事前にカムチェスター家と接触しにきたのだろう。
「――よし、行こう」
祐二は一族を連れて魔界門へ向かう。
「魔界門の向こうはどうなっていますか?」
「周辺の安全は確保済みとのことです」
傭兵の一人が答える。
「ロイワマール家のドックへ通じる道は避けて行くわよ」
「フリーデリーケ、案内できる?」
「もちろんよ。私のあとについてきて」
魔界門を抜けて、カムチェスター家のドックまで急ぐ。
「ユージ、もう一度確認するわよ。ロスワイル家が『白の膜』を展開して基地を守るから、私たちはその間に離脱する」
「うん。けど、チャイル家とは連携しないんだよね」
「あの脳筋一族に難しいことは頼めないもの。でも、どう行動するか予測がつくわ」
彼らは、敵を見たらまっすぐ突っ込むとフリーデリーケが教えてくれた。
遠征に行っているバラム家とミスト家は間に合わない。
哨戒中のアームス家は、基地に戻ってくる最中だろう。
アームス家が間に合えば、ロイワマール家を逃がすことなく無力化できるかもしれない。
――ズゥウウウン!
足元が揺れた。
「バムフェンド家とロイワマール家が戦い始めたようよ」
バムフェンド家はすでに離陸して準備していたのだろう。
だが、一対一の戦いでは、全力を出せないバムフェンド家の方が不利となる。
「ユージ、こっちよ」
多少遠回りしたが、敵と出会うことなくドックに着いた。
打ち合わせ通り、みな魔導船に乗り込んでいく。
フリーデリーケも祐二と一緒に『インフェルノ』に搭乗する。
「出発しよう!」
ハッチの上部が開き、魔導船『インフェルノ』が中空へ躍り出た。




