084 国際指名手配
祐二とフリーデリーケは、ハイニッヒ国立公園にほど近いヘリポートに降り立った。
「待っていたよ」
出迎えたのは、アルザス家のハロルト。ユーディットの父親である。
「状況はどうなっています?」
「ロイワマール家の反逆者たちが、魔界門を襲撃している」
「戦況は?」
「こちらが押しているようだ。……ちなみに、今回のこと、どこまで知っているかね?」
「ロイワマール家が裏切ってクーデターをおこしたことと、叡智大が狙われたとか」
「その通りだ。叡智大の爆弾犯は捕まえた。ロイワマール家の裏切り者たちが魔界門を攻めているが殲滅に至っていない。そんな感じだ。私たちは近くで待機だよ」
「ことの起こりはなんだったんですか?」
ここまでの移動中、祐二はずっと疑問に思っていた。
叡智大を爆破したところで、何の意味があるのだろうか。
かえって警戒させるだけではなかろうか。
「ことの起こりというのならば……偶然が重なったことだろうな」
特別科の敷地内は、一般学生の侵入があったことで、警戒を強めていた。
そう、偶然にも警戒を強めていたのだ。
その中でたまたま、不審なことをしている者を発見した。
「爆弾を設置した者たちは、愚かにも起爆装置を作動させた」
「ええ……叡智大の被害は軽微だったと聞いています」
「そうだね。追いつめられて爆弾を爆発させた。それがはじまりだ」
特別科の敷地内だけでなく、島の重要施設の一部でも爆発がおきた。
混乱した警備員たちは、爆破犯を一度取り逃がしてしまった。
監視カメラの映像から浮かび上がった爆破犯というのが、ロイワマール家からやってきた職員だった。
「ロイワマール家に事情説明を要求したが、それが裏目に出てしまった」
ことが露見したと考えたロイワマール家は、すぐさま行動を起こしてきた。
「このままじゃ捕まってしまう。だから襲撃ですか」
「そんな感じだろうね」
旧本部も警戒していたこともあり、傭兵の準備が間に合った。
だが、ロイワマール家と黄昏の娘たちが手を組んでいた。
集団で襲ってきたことで、すぐに劣勢に追い込まれてしまった。
「偶発的におきたクーデターだからだろうね。参加しているのは、全体の三分の一ほどだ。ただ、当主やその妻がクーデターに参加している」
「……あれ? そういえば、おかしいですね」
祐二はふと、あることを思い出した。
「どうしたの、ユージ」
「ロイワマール家って、このまえ香港で襲われましたよね。被害はなかったけど、レストランの前で爆弾が爆発して……そのせいで俺、一度大学から避難したんだけど」
「そういえば、そうだったわね」
「本部の目を逸らすための自演だろうな。疑わしい所があって、内偵されていたのかもしれん」
「そう考えると、かなり前から計画されていたことになりますよね」
「それだけにこの偶発的なクーデターは、向こうとしても本意ではないだろう」
本来ならば、万全の状態でクーデターを起こしたはずである。
少なくとも、魔界門を挟んで戦闘する予定ではなかったのではなかろうか。
「ねえ、おじさま。魔界門が突破されたら、どうなります?」
「シナイ山の基地には、魔法使いしかいない。迎撃させれば、死者が増えるだけだろう。トラップで時間稼ぎはできるだろうが、足止めはお察しだな」
「つまり、もし魔界門を突破されたときは、私たちもすぐに向かわないといけないわけですね」
たとえばもし、ロイワマール家が他の魔導船を攻撃した場合、最悪、ドックにある魔導船が全滅することも考えられる。
「ああ、だから戦える者たちは、すぐに魔界にいけるよう、準備しておかねばならないのさ。いま各家の者たちがこの周辺に集結している」
「戦えない人たちはどうしています?」
「本部に向かっている」
「なるほど、本部でしたら安心ですね」
ここにいるのは、魔界で船に乗り込む者たちばかりである。
「おじさま、魔界には私も行きますわ」
フリーデリーケの発言に、ハロルトは「いい」とも「だめ」とも言わなかった。
「さあ、ユージ。準備しましょう」
フリーデリーケは、返事を待たずに祐二の手を引いて、ハロルトの横をすり抜けた。
――ケイロン島 特別科教員棟
魔法使いたちが通う特別科の敷地内には、さまざまなギミックがある。
一般学生は絶対に知ることのない、施設や設備がひそかに稼働しているのである。
「防犯カメラからの映像、解析できました」
教員棟の地下にあるコントロールルームには、島内の情報がリアルタイムで集まってくる。
ただその情報はあまりに膨大。すべてをチェックできるわけがない。
そこで解析専用のAIにかけ、AIが怪しいと判断したものから順に解析班に回していた。
爆発事件の全容を解明するため、複数の班が24時間態勢で解析に当たっていた。
今回、事件をおこした者はすでに拘束されている。
これは解析班のお手柄と言える。
爆発の衝撃と動揺で、警備員は爆破犯を一度、取り逃がしている。
付近の監視カメラがあの時間帯にいた者をすべて洗い出し、すぐに爆破犯が特定された。
そこからは早かった。顔認識機能のついた監視カメラによって、たちどころに居場所が特定されたのである。
彼らは島の北側にある林の中を突っ切る最中だった。
警備員が急行し、ディザー銃によって確保が完了している。
叡智大の職員が裏切ったのは問題だが、それは脇におくとして、問題は彼らが使用した爆弾である。
島へ持ち込むルートは限られている。
爆弾のようなものを見逃すはずがないのだ。
ではどうやって持ち込んだのか。
「別ルートから林の中に向かう人影がカメラに写っています。仲間かもしれません!」
「顔は出せるか?」
「やってみます」
拘束したのは二名。もしかすると、ほかにまだ仲間がいるのかもしれない。
監視カメラの映像をコンピューターが解析し、顔写真と経歴が大きく映し出された。
つまり、データベースにあるということで……。
「……ウチの学生だと!?」
「この者は、特別科の敷地に侵入を試み、警察署に拘束中のはずです」
「警察署? あそこも爆破されたはずだ」
「カメラを確認します……地下の牢に姿はありません。地上に通じる通路は破壊されています」
「そのための爆破逃亡か! テロリストとして手配しろ!」
「かしこまりました」
警察署から移送されることになった隼人が偶然、牢から出されたときに爆弾が爆発した。
ここのオペレーターたちはそれを知らない。
仲間を逃がすため警察署を爆破し、彼はそのまま逃走したのだと考えた。
そう考えるのが自然だった。
「ヤツが逃げた先に何かある! 増員だ。手が空いている者を向かわせろ」
激しい檄がとぶ。
だが、いくら林の中を探しても隼人の姿はない。
「そういえば、爆破犯も林に逃げたな……近海の監視映像を出せるか。林がある側がほしい」
「分かりました」
島の周辺は全方位、カメラで監視されている。
映像を確認すると、島からモーターボートが一艘、陸に向けて進んでいる姿が映っていた。
「監視船は何をやっているんだ」
「偶然、見つけられなかったのでしょうか」
「……分からん。それと捕まえた二人だが、おそらくはそのモータボートに乗って脱出しようとしていたのだろう」
「林の中で捕まえたことで、辿り着けなかった……?」
「もしくは、先に脱出されたかだな。それより爆弾を持ち込んだ方法が分かったな。監視の目を掻い潜ってボートを寄せたのだ」
「すぐにボートの行方を追わせます!」
「おそらくもう、対岸のどこかに上陸しているはずだ。ギリシア政府に協力を要請しろ」
「分かりました」
監視船はすべて港に来ており、ヘリコプターも飛ばしてしまったあとだったため、島からではこれ以上の捜索は不可能だった。
それから数時間後、ギリシア国の砂浜にうち捨てられたボートを発見された。
発見されたボートには、予備の爆弾が積み込まれていた。
これをもって強羅隼人は、テロ実行犯の一味として、国際指名手配されることとなる。
――叡智の会 本部 ヴァルトリーテ
「状況はどうなっています?」
本部に到着したヴァルトリーテとエルヴィラは、すぐに状況の確認をおこなった。
「職員の洗い出しがようやく終わったところだよ。いまだ潜伏している者もいるかもしれないが、外部と接触できる状況ではないからね。一段落といったところだ」
本部長のノイズマンが疲れた顔でやってきた。
本部の職員は、パスの種類によって移動できるエリアが決まっている。
いつ、どこに入ったのかが、瞬時に分かるようになっている。
怪しい動きをした者や、普段から職務と関係ない行動をとっている者を洗い出し、別室に移動させたところだった。
「そう……それで、ロイワマール家の方は?」
「当主を含めて、全体の三分の一がクーデターに参加している。やっかいなことだ」
「兆候はなかったですの?」
ヴァルトリーテの言葉に、ノイズマンはゆっくりと首を横に振った。
「あったとしても、あからさまに疑うわけにはいくまい? たまに違和感はあったがね。ここまで大胆なことをするとは思わなかったよ」
「正直言うと、私も予想外過ぎてよく分からないのだけど……叡智の会に叛旗を翻した理由はなんなのかしら」
待遇の不満ではないはずだ。
栄光なる十二人魔導師の子孫は、叡智の会では特別な存在として扱われている。
地球を守るのが嫌になったのか。
そんな理由ならば、サボタージュすればいい。クーデターをおこす必要はない。
「叡智の会の掌握ではなさそうだし、今のところ不明だね。ただ、魔界門を目指して侵攻をかけてきたことから、狙いは魔界にあるのは明らかだ。クーデターに参加しなかったロイワマール家の者たちは順次拘束してある。その中に内情を知っている者がいるかもしれない」
「そう……魔界門は守られて?」
「今のところ、突破されたという話はきていない。今月は、バラム家とミスト家が遠征に出ている」
「そうね」
「アームス家が哨戒任務についている。わずかながら、魔蟲が確認されているので、小中型の魔導船は、魔蟲捜索のため、バラバラに別れたと聞いている。すぐに戻るのは難しいだろう」
「魔界で哨戒の準備をしていたのは、バムフェンド家だったわね」
どのような状況だろうとも、シナイ山には必ず待機中の家がある。
それが今回、バムフェンド家の番だった。
「すでにドックから船を出して、警戒させている。ロイワマール家の狙いがなんであろうと、叩き潰してくれるさ」
遠征に出ていない五家で、ロイワマール家に対処せねばならない。
アームス家は哨戒任務で不在。バムフェンド家は魔界にいて、いまは連絡がとれない。
カムチェスター家、ロスワイル家、チャイル家が旧本部に詰めている。
この三家はすぐ行動できるよう、準備を整えている最中だという。
「大丈夫だ、最悪は避けられるよ」
ノイズマンは、そう言ってヴァルトリーテを安心させようとした。