081 クーデター勃発
「ええっ!? クーデター!? お母様、それはどういうことですかっ?」
フリーデリーケは電話口で何度も「そんな!?」「だって」と叫んでいる。
マリーたち教会側の人間は互いに目を見交わし合い、祐二は邪魔をしないように静かにしている。
「……分かったわ。すぐに合流します」
フリーデリーケはため息ひとつついてから、電話を切った。
「何があったの?」
「おそらくだけど……ロイワマール家が裏切ったみたい」
ロイワマール家は、栄光なる十二人魔導師の子孫だ。
「ええっと……『フェンリル』を所持してる家だよね」
ロイワマール家は、高速移動を得意とする魔導船『フェンリル』を所有している。
「ええ、そうよ。はじめから話すわね。少し前に、ケイロン島に黄昏の娘たちが上陸した可能性があったの。それは見つかったし、排除されたのだけど、警戒は緩めていなかったわけ」
「俺がケイロン島に渡れなくなったときだよね。あのときの狙いは叡智大だって聞いたけど」
「侵入者の動きからして、叡智大に間違いないと結論づけられたわ。それで警備を強化したところに引っかかったのが、あの日本から来た何とかっていう人。買い物したとき、町で会ったでしょ?」
「ああ、強羅隼人かな」
「そう、その人が特別科の敷地へ侵入したの。一般の人がその気になれば、簡単に侵入できてしまったってことで、ここ最近、警戒度をもう一段階上げていたみたいね」
フリーデリーケがいま言ったことは、半分だけ真実である。
隼人が越えたフェンスは、上部に有刺鉄線が張ってあり、通常の身体能力で越えることは難しい。
あれはスーパースターの身体能力だからこそ、乗り越えることができたといえる。
「その警戒に、ヘスペリデスが引っかかった?」
フリーデリーケは頷いた。
「急いで警備を強化したから、まだ職員に通達されていなかったみたい。巡回中の警備員が、不審な人物を目撃したのよ」
本来いるはずのない場所に警備員がいた。不審者はさぞかし驚いたことだろう。
「ヘスペリデスが侵入していたのか」
今度は、首を横に振った。
「いいえ、そこにいたのは叡智大の職員だったの」
「……そういえば、ロイワマール家って、叡智大に職員を大勢派遣していたんじゃ?」
「そうね。そして見つかった彼らは、持っていた起爆装置で、設置済みの爆弾を爆破させたわ」
爆弾の設置はまだはじまったばかりで、叡智大への被害はほとんどなかったというから、それは不幸中の幸いだろう。
ただし町中の重要施設のいくつかで、爆弾が爆発した。
「それがクーデターのはじまりだったの」
フリーデリーケの話は続く。
突然、島内で複数の爆弾が爆発したことで、叡智大も大いに混乱した。
そのどさくさで、犯人は姿を消してしまった。
防犯カメラの映像などから、爆弾を設置したのは叡智大の職員で、ロイワマール家一族の人間であることが分かった。
他の職員は、すぐに叡智の会へ連絡を入れた。
当然、本部から人が派遣される。
これで事態は終息するかにみえた。
「そうならなかったの。というよりも、被害は広がったと言っていいわ」
ケイロン島への出入りを封鎖し、ロイワマール家へ事実確認の連絡を入れ、各家に注意を促したらしい。
動きとしては至極真っ当である。
「それで、被害が広がったっていうのは?」
「ヘスペリデスとロイワマール家が手を組んで、旧本部……ううん、魔界門をいま、襲撃しているみたい」
「まさか」
ケイロン島で爆発事件がおきた直後だ。本部や旧本部の施設は、当然警戒を強めていた。
早い段階で、叡智大の職員がしでかしたこと、彼らがロイワマール家に所属していることは分かった。
そのため、旧本部から地下の魔界門へ向かうロイワマール家の面々は注視されていた。
しかも、見慣れない者が混じっていた。
魔界門を守る警備兵は、当然誰何する。
そこでいきなり戦闘が始まったらしい。
「魔界門を巡って、いまも戦いが続いているらしいわ。もし魔界門への侵入を許してしまうと大変なことになるから、私たちはすぐに向かうことになるの」
「分かった。それにしてもロイワマール家が裏切るなんて……」
「ここの場所はGPSで知らせたから、すぐに迎えが来ると思う。というわけで、マリーさん。私たちはこれで失礼するわ」
「緊急事態ですものね。もう少しお話ししたかったのですけど残念ですわ。それにしても、いまのお話。わたくしたちにしてもよかったのですか?」
「お母様から許可はいただいているわ。それに島で爆弾が爆発したのですもの。隠しおおせるものではないですから」
ヘタに隠してあとでバレるより、先に伝えてしまったほうがいい。
それはバチカンに対する、叡智の会のスタンスになっている。
先ほどと同じく、灯りのない地下道を通り、教会に出る。
教会の前に、舗装されてない広場があった。
「ここで待っていましょう」
しばらくすると、ヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきた。
「来たみたいだね」
「ええ、あれに乗って旧本部まで向かうわよ」
「えっ? でも、いま旧本部は戦闘中なんじゃ?」
「魔導船を破壊されたらことですもの。外装はいいとしても、内部は修理できないものが多いでしょ。最悪を想定して、旧本部で待機しておいた方がいいわ」
「なるほど」
雲間からヘリコプターが現れ、手を振るフリーデリーケに導かれるまま、広場に着地した。
「それじゃ、マリーさん。また今度」
「ええ、ご武運を祈っておりますわ」
祐二がヘリコプターに駆け寄ろうとする直前、フリーデリーケが祐二の腕を取った。
「待って! あのヘリ、叡智の会のものではないわ」
「人手不足で、どっかからチャーターしたんじゃない?」
「そんなときでも、分かるように目印をつけておくの。あれにはそれがないわ。下がって!」
祐二とフリーデリーケがヘリコプターから離れると、それを察したのか、中から四人の男が下りてきた。
すでに全員、銃を持っていた。
フリーデリーケの言うように、彼らは敵のようだ。
そしてこっちは丸腰。このまま戦えば勝ち目がない。
「マズいよ、どうしよう?」
男たちは、祐二を包囲するように散開した。
――日本 とある喫茶店 比企嶋慶子
比企嶋は、統括会日本支店のナンバー2の地位にいる。
もっとも東京支店の構成員は二名のみなので、一番下っ端ともいえる。
「……それで、お名前はロゼットさんでよろしかったでしょうか」
ここは東京支店にほど近い喫茶店の中。
比企嶋の目の前に座る美少女の名はロゼット。
つい先ほど自己紹介を受けたばかりであったが、確認してしまう程には、比企嶋はテンパっていた。
(なぜアルテミス騎士団がここに来るのよ!)
比企嶋の頭の中は、それで満たされている。
アルテミス騎士団はある意味、叡智の会の天敵ともいえる存在である。
その騎士団員が東京支店の事務所を訪ねてきたのだ。
運悪く、上司の塚原栄一は留守だった。
ゆえに比企嶋が彼女の相手をすることになったのだが、敵とも言える存在と、事務所の中で話すわけにもいかない。
事務所の中には、余人に見せられないものが満載なのだ。
「では外でお話ししましょう」
そう告げて、なんとかこの喫茶店まで連れ出したのである。
ちなみに事務所の防犯設備は完璧であり、侵入者を感知した瞬間に各所へ通報するシステムが出来上がっている。
詳しいことは比企嶋も知らされていないが、無人の事務所に侵入者が現れた場合、最悪、ガス爆発がおきるらしい。
比企嶋は安心して事務所を無人にできるのだが、目の前にアルテミス騎士団員がいるせいで、ぜんぜんまったく安心できていなかった。
(きっといまも、複数の監視が私たちについているんでしょうね)
敵地へたった一人でやってくるはずがない。
戦闘を見越してダース単位の団員が配置されていても不思議ではないのだ。
そんな比企嶋の心の内を読んだのか、ロゼットは笑みをたたえながら人差し指を立てた。
「団長が過保護で、師団長に念を押すんです。でも問題ありませんよ。わたしが止めていますから」
「ここに突入させる気はない……と?」
ロゼットはゆっくりと頷いた。
(さっきのアレはハンドサインよね。人差し指を立てていたけど、どういう意味? まさか一刺し?)
比企嶋の額から汗が流れる。
「急に押しかけてしまったことですし、早速本題に入りたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「……そうね。そうしていただけるかしら」
比企嶋は終始、ロゼットにペースを握られている。
それも仕方ないこと。本来、アルテミス騎士団の相手は叡智の会本部が行うのだ。
こんな極東の弱小支部には荷が勝ちすぎる。
「それでは僭越ながら」とロゼットは前置きした上で、アルテミス騎士団が知り得た情報を開示した。
魔導船の船長に日本人、それもまだ若い学生が就任したという情報を入手したこと。
たしかめた結果、どうやら違うらしいと分かったこと。
アルテミス騎士団が入手したのは欺瞞情報だと思われた。
では、なぜそんな情報が流れたのか。
「いろいろ考えた結果、直接聞くことにしたのです」
それが東京支店を訪れた理由だと、ロゼットは語った。
(ということは、ダミーの生徒に引っかかってくれたわけね。しかも情報入手が遅い。一年かかるほどには、隠蔽もうまくいっていたってことよね)
祐二の情報を秘匿する際、ダミーの生徒を受験させ、データを入れ換えている。
魔導船の船長を探るとダミーの生徒に行き着くように情報が操作され、祐二のもとにたどり着けない。
アルテミス騎士団は、まんまとそれに釣られたことになる。
「そんな人はいないと言ったら?」
「それはあり得ません。日本人が魔導船の船長だという噂はほぼ確定されました。ただ、その人物はつい先日、この目で確かめましたが、違っています。これはどういうことでしょう?」
(なるほど、ダミーの生徒が帰省したところを見られたのね。さすがに騎士団員をケイロン島に入れるはずがないし、年度末の帰省時くらいしか、実際に見ることは不可能なはず)
徐々に読めてきたと、比企嶋は心を落ちつかせる。
そしてここは正念場だと、自らにハッパをかけた。
敵は祐二の情報を得ていない。比企嶋はそれを渡してはいけない。
ならば採るべき手段はひとつ。
「アルテミス騎士団に渡せる情報はありませんよ」
余裕のある表情をなんとかつくりだす。
ここは絶対に引いてはならないと決意を込めて、真剣な表情のまま笑みを浮かべた。
心の中では、これに成功すれば給料アップかしらと考えながら。
 




