009 有意義な会話
不意に音楽が止んだ。
直後、神社の境内にアナウンスの声が響く。
「夏祭り実行委員会からのお知らせです。これより、中央会場にて抽選会を開催します」
何のことか分からず、祐二が首を捻っていると、夏織がクスリと笑って教えてくれた。
「ここの神社はこの日だけ、おみくじを買ってくれた人に抽選券を一緒に配るの」
「そうなんだ……俺、はじめて来たから」
秀樹ならば知っていただろうか。
知っていたらきっと、真っ先に買っているに違いない。
というか、秀樹にいつ彼女ができたのだ。
やはりこの前、翔がセッティングしたカラオケの時だろうか。
「そうそう、さっきの秘密のこと……わたしの目標はね、叡智大に進学することなの」
それは完全な不意打ちだった。
――わたしの目標は、叡智大に進学すること
何気ない調子で言われただけに、頭がそれを理解するのに時間がかかった。
「叡智の力大学?」
「そう。如月くん、ずいぶん古い言い方を知っているわね。それは戦前まで使われていた言葉ね」
彼女は、少し目を見開いた。
「ウィズダム・フォース・ユニバーシティというのが正式名称なんだよね……詳しいことは知らないけど」
如月と初めて会った日、聞いた言葉だ。
「うん。昔、学制改革というのがあって、日本の大学の名称が結構変わったみたい。帝大と言われなくなったのもその頃じゃないかしら」
東京帝国大学が東京大学と名を変え、京都帝国大学が京都大学となったように、同じ時期に叡智の力大学も叡智大になったのだと、夏織は教えてくれた。
そう説明したときの夏織の目は、どこか遠くを見ているようだった。
「叡智大では、英語とドイツ語が同じくらい使われているの。学部によってはドイツ語は必須だったりするし……珍しいでしょ?」
「そ、そうなんだ」
祐二の心臓がバクバクいっている。
「だから如月くんがドイツ語を習っているって知って、少し驚いちゃった。偶然かな」
夏織が、祐二の横顔をじっと見ているのが分かる。
祐二は水面を凝視したまま、目を合わせられない。
「ぐ、偶然では?」
「…………」
夏織が視線を逸らさず、祐二の顔を見ている気配がする。
「去年……」と、夏織は祐二の顔を見たまま言った。
「如月くんと同じクラスになったとき、人と違うように思えたから……あれは気のせいだったのかな?」
フッと視線の圧力が消えた。
祐二はそっと息を吐き出した。
「というわけでドイツ語の件と、叡智大のことは秘密なの。みんなには内緒だから、如月くんも黙っていてくれると嬉しいな」
「う、うん。だれにも言わない」
「そう、ありがとう」
夏織が微笑み、祐二がそれに笑い返そうとしたとき、祐二のスマートフォンから電子音が鳴り響いた。
タイミングを外され、祐二は少々乱暴にスマートフォンを取り出す。
秀樹からメッセージが届いており、文面には『どこにいるんだ? 彼女を紹介したいんだが、見つからないぞ』と書かれていた。
「ヒデのこと、忘れてた!」
どうやら二人だけの時間は、終わりを迎えたらしい。
――内閣府の一室
自主党総裁にして、内閣総理大臣である敷島源一郎は、筆にたっぷりと墨をつけ、色紙に『一念発起』と書いた。
「よし!」
会心の出来だったのか、署名をすると満足げに筆を置く。
「素晴らしい出来です。それは頼まれものですか?」
官房長官の立浪晴臣が手を叩く。
「どこぞの知事にせがまれてね。どこだったかな、忘れたけど」
「相変わらずですね」
いまの総理は豪放磊落だと、世間から言われている。
発言が非常に分かりやすく、国民の人気は高い。
その反面、関心がないことには徹底的に無頓着になると、立浪は思っている。
インタビューを受けても「そんなささいなことはどうでもいい」と歯牙にもかけないことが多い。
それをフォローするのが立浪の役目だ。
首相の雑な対応に野党は反発するし、言い方が不遜だと叩くメディアもあるが、不思議と市井から文句が出ることはあまりない。
細かいことにこだわっては、政治家などやっていられないと、鼻息で吹き飛ばすくらいがちょうどよいのだろう。
「そんなことより、彼だよ。如月くん。どうなの?」
総理にとっては、知事の名前より祐二の方が大事らしい。
「熱心に語学習得に励んでいると聞いています。多少の反発は見られるようですが、いまどきの若者にしては真面目だそうです」
「進学を一年早めたからな。ある程度の無理はきいてやってくれ。機密費は、こんなときのためにあるんだから」
「予算は余っていますので、大丈夫です。さすがに機密費に手を出すほどではないでしょう」
「なんにせよ、わが国からAクラスは珍しい。ただ気がかりなのは、血筋だが」
「横溝くんも同じ事を心配していました。家系図をどれほど遡っても、過去に魔法使いを輩出した記録がないのです。かといって理論上、突然変異とも考えられず……」
「無から有は生まれないわけか。だが、栄光なる十二人の魔導師たちはどうなんだ? 彼らだって、突然生まれたわけではないだろう?」
「そうですね、言い方が悪かったようです。Aクラスともなると、保有魔力量は膨大です。何代にも亘って血を濃くしていく必要があります。本来は、地道な血縁操作が必要なはずですから」
「ふーむ、するとこれまで知られていなかった魔法使いがわが国にいて、彼はその先祖返りとなるのか」
「そうですね。家族や親類にはその兆候は現れていませんので、先祖返りと言えそうです。家系の調査は終了させていますので、以前提出した以上のデータはありませんけど」
「二匹目のドジョウがいないなら、それでいい。それよりAクラスを輩出したとなれば、来年秋のサミットでデカい顔ができるぞ」
敷島はニヤリと笑った。人好きのする笑顔だが、立浪は騙されない。
「来年の秋といえば……まだ彼のことを叡智の会に知らせていませんね」
心配そうな立浪の肩を敷島はバンバンと叩く。
「そりゃそうだよ、キミィ。いま知らせたら、ヤツらが獲得に動くじゃないか。せっかく中型船を動かせる魔力があるんだ。ぜひともわが国の所属のままでいてもらわねばな! ……そうそう、彼の情報を魔法使いの家系に、それとなく流しておいてくれ、もちろん国内限定でだ」
「テロの心配もあることですし、外へ情報が漏れないように隠すのは構いませんが、いま情報を流すのですか?」
「魔法使いの家系に入れば、彼の子も大いに期待できる。二代続けてAクラスが誕生すれば、それはもう魔法使いの大家の誕生だよ。この廃れゆく状況を鑑みれば、どの家も獲得したいと手を挙げる」
「分かりました。競争させるわけにもいきませんので、こちらで選考した上で、一家だけに情報を流します。増やすかどうかは、折を見てでどうでしょうか」
「うむ、それで頼む。それと経団連の方から言われた。ダックス同盟が、日本の中小を狙っているらしい。ファンドを通した融資で仕掛けてきたそうだと。融資で繋がり、会社を弱らせて安値で買収。美味しい部門や特許を取得したあとで潰す算段らしい。各所に警戒させるよう、伝えてくれ」
「かしこまりました。これまでゴランの影響が少なかった弊害でしょうか」
「そうだな。日本の中小はガラパゴス化していたおかげで、ハゲタカ連中も手が出しづらかった。だが、いまのご時世じゃ、それも通用しない。ゴランのテコ入れは渡りに船だったが、少し遅かったようだ」
「技術や特許を持っている中小で、借金で首が回らないところを調べさせます」
「借り換えの受け皿はこっちで用意しておく」
「わかりました。債権整理銀行をひとつ作りますか?」
「場合によっては、それも考慮に入れる。深く食い込まれた所もあるだろう。よろしく頼む」
「分かりました。すぐにとりかかります」
「あと、ダックス同盟の意図を探りたいな。なんとか日本に呼べないものか。来さえすればいかようにでも……おお、そうだ!」
「どうしました、総理?」
「彼のことだが、名案を思いついた。ちょいと耳を貸してくれ」
敷島は己の発案を立浪に話して聞かせた。
「あそこに行かせるのですか? 統括会に恨まれますよ?」
「必要なことだよ。ついでに情報を流す家はあそこにしよう」
「……分かりました。どうなっても知りませんからね」
立浪は、ため息をひとつついて、どこかへ連絡するために、スマートフォンを取り出した。