表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/189

080 古き魔法の担い手(2)

「ブロウディ大司教が使ったのは、魔法よね」

 フリーデリーケの言葉に、マリーは頷く。隠すつもりはないようだ。


「大昔の聖人は、奇蹟(きせき)をおこしたといいます。その奇蹟とはいったい何でしょう」

 不意の質問に、フリーデリーケは頭を働かせた。


「奇蹟……ね。聖人はこの世の(ことわり)外、現実にはありえないことを成した人ではなくって?」


「ええ、そうです。彼らは人とは違う力を有していたために、神の御使いとして歴史に名を残すことになったのだと思います」


「それが魔法?」

「当時はまだ、そう呼べるものだったのかすら分かりません。科学と宗教と呪術……それらはみな未分化でした」


 大昔には、多くの魔法使いたちがいたという。

 キリスト教徒の中にいてもおかしくはない。


 まだ魔法使いが異端とされていない時代であれば、只人にはできないことをなせば、奇蹟の御技として崇め奉られたとして不思議ではない。


「ではブロウディ大司教のその力は……」

「過去にあった悲劇を繰り返さないために、連綿(れんめん)と受け継いできた力です」


 魔法使いの血は、婚姻を重ねるごとに強くも弱くもなる。

 いまの言葉がたしかならば、ブロウディ大司教のような存在は、まだ他にいることになる。


 力を持つ者同士で婚姻を重ね、その力を次代へと継承させていく。

 多くの魔法使いが行ってきたことだ。


「過去の悲劇とはやはり……魔蟲の侵攻よね?」

 地上に魔蟲が何度か出現した。それは叡智の会の史料にも書かれている。


 まだ叡智の会が組織だっていなかった時代に何度か、地上へ魔蟲の侵攻を許している。

 通常攻撃が効かないため、魔法使いたちが総出で退治したらしいが、教会関係者もまた、人知れず魔蟲を退治していたことになる。


「ですがそれは、正史には語られません。語れないといった方が正しいでしょうか。その理由はお分かりですよね」


「大司教が魔法を使えることもそうだけど、バチカンが魔法使いを飼っているのは問題よね」

 バチカンは総じて教義から逸脱したことを嫌う。


 最近になってようやく進化論を認めたくらいなのだ。

 それ以前では、人は神が造ったのだと真顔で発言していた。


 バチカンは、魔法や魔法使いの存在を認めていない。

 にもかかわらず、裏で血脈を絶やさないよう、存続させ続けていたと知れたら、世界中の信徒が踊りだしてしまうことだろう。


「貴重な戦力は手放すことはできないのです」

 マリーの意味深な発言に、フリーデリーケは「信用されていないようね」と返した。


「えっ? どういうこと?」

 祐二は意味が分かっていない。


「たとえば私たちが魔蟲を一体だけキリスト教の総本部に放ったら、それだけでお終いになるのよ」

 概念体(ケーファー)を倒す術がないバチカンは、それだけで滅ぶ。


 なす術がない状況に、天罰が落ちたと評する者も出るだろう。

 叡智の会は、人類が絶対に倒せない存在を呼び寄せることができ、それをいつでも行使できる存在だと認識されていることになる。


 それゆえ対抗策として、バチカンでも魔法使いの存在を容認しているのだとフリーデリーケは看破した。

 フリーデリーケには確信があった。


 バチカンがなぜ祐二を取り込もうとしているのか。

 一族生え抜きではないからという理由もあるだろう。


 他の魔導師にくらべたら、断然取り込みやすい。

 だがそれだけではない。


 叡智の会への対抗手段として祐二が必要であり、もし祐二がバチカン側に取り込まれたとしても、孤立することは絶対に(・・・)ないのだ。


 なぜならば、魔法使いの血はバチカンにも存在していたのだから。

「……秘儀を見せたわけが分かったわ」


 これで祐二は、バチカンに対しても親近感が湧いただろう。

 フリーデリーケがいなければ、帰りしな、こう囁いてもいい。


「二十三億人の信者のトップは無理としても、その隣に立ってみたくはありませんか?」と。

 それは少しでもキリスト教を知っていれば、とても魅力的な提案となるだろう。


 現状、祐二にしか『インフェルノ』は動かせず、祐二はまだ若い。

 秘儀を見せて、魔法使いがキリスト教徒内にもいることを知らせるくらい、何でもないと考えるほどには、祐二の持つ力は魅力的だ。


 やられたとフリーデリーケは思う。

 ヴァルトリーテが警戒していた以上に、相手は本気だったのだ。


「ユージさんには少し刺激が強かったでしょうか」

 何の説明もなく、秘儀に呼んだのだ。


 そこでバチカン内部に魔法使いがいることが分かったとして、その歴史まですぐに思い至れるわけではない。

 現状を把握するのに手一杯の祐二に、マリーが近づく。


「待って! ……ねえ、シスターマリー」

「何でしょうか?」


「あなた、この地の出身って言ったわよね」

「はい。それが何か?」


「もしかしてブロウディ大司教も、以前はこの教区にいたのでは?」

 その質問に、マリーは笑顔で答えた。


「はい、ご明察の通りです」

「……やっぱり」


 ブロウディ大司教が魔法使いであることはもう間違いない。

 この目で見たのだから、疑うべくもない。


 だがここにはまだ二人いる。

 シスターマリーと、ここまで車を運転してきてくれたロバート司教だ。


 とくにロバート司教は、若くしてその地位にいるいわばエリート。

 なぜ彼が司教の地位を得たのか? それはもしかして……とフリーデリーケは考えた。


「秘儀というからには、秘する意味があるのだと思ったわ。それだからロバート司教が車を運転してきてくれたことにも……まあ、納得することにした」


 考えてみれば、このような田舎の教区に大司教と司教かいるのがおかしいのだ。地位が高すぎる。

 ならば、ロバート神父も魔法使いである可能性が高い。


 そしてシスターマリーも。

 いやシスターマリーは、魔法使いであるべきなのだ。


 なぜならば、祐二を()()する人材なのだから。

 ヴァルトリーテが警戒したとおり、バチカンはマリーを通して祐二を誘惑していた。


 だがここで問題になるのは、その血筋だ。

 祐二が一般人との間に子をなしても、その子が魔法使いになる確率は低い。


 もし祐二のような魔法使いの子を得ようと思ったら、配偶者は魔法使いであるべきなのだ。


「だからあなたが選ばれたのね……」

 フリーデリーケは、マリーを睨む。


「ご想像にお任せします」

 祐二がキリスト教に帰依した場合、祐二は周囲からの尊敬を受け、高い位階を手にする。


 そしてバチカンは、魔導船を一隻手に入れることになる。

 もし祐二とマリーの間に子が生まれたら。


 その子が魔法使いであったならば、カムチェスター家の血を引く子がバチカン内に誕生することになる。


「このこと……知っている人は多いのかしら」

「それほど多くないと考えますわ。受け入れられない人もおりますから」


 事実、マリーと一緒に行動している異端審問官のロッド神父は、このことを一切知らない。

 いまも、地元の祭りに参加するため、マリーが帰省したと思っている。


「つまり、大昔からそうやってきたのね」

「まあ……そうですね」


 おそらく信徒の中に魔力を持つ者を秘密裏に探し出し、他の教徒の目から隠しつつ、育ててきたのだろう。

 もしこの三人に判別紙(はんべつし)を渡したら、さぞかしベタベタと跡が残るに違いない。


 やはりバチカンは侮れない。

 フリーデリーケがそう考えたとき、ポケットの中が震えた。



 ――ぷるるるるる



「えっ? 電話?」

 フリーデリーケに電話をかけてくる者はそれほど多くない。


 嫌な予感がして、フリーデリーケは「失礼」と断ってから、電話に出た。

「あっ、お母様。どうしました?」


 相手はヴァルトリーテからだった。

 火急の用件だろうかと思って、話を聞いてみると……。


「ええっ!? クーデター!? お母様、それはどういうことですかっ?」

 フリーデリーケの甲高い声が、日の暮れようとする空にこだました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 裕二は今後も色んな女性から狙われるんやろなー ってのん気な感想浮かべてたら物騒な事起きてますねえ 内部で争ってる場合ちゃうやろ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ