073 まさかの再会
強羅隼人はスーパースターである。
スポーツ万能で、勉強ができ、本人も努力家。
イケメンで、親は会社の社長という、何拍子も揃った特異点のような男である。
同学年の男子はみな、彼には敵わないと尻尾を巻いて逃げ出す。
それだけ他の男たちとの間に差があった。
「壬都じゃないか。ここで会えてよかった」
世界は自分を中心に回っている。
それを肌で感じているからこそ、隼人だけは多少傲慢になっても許される。
ここがマンガか小説の中の世界だったら、隼人は主人公だ。
舞台を彩る配役は、隼人のためにある。だから……。
親しげに近寄る隼人に、ミーアをはじめ、他の面々は眉をひそめた。
「特別科の人?」
「ううん、見たことない」
そんなやりとりが小声でなされる。
「この前、会いに行ったんだよ。だけどなぜか、入れてくれなくてさ。何だあのガードマン。参っちゃうよ。とにかく、メシでも食いながら話そうぜ」
隼人は夏織の腕を取ろうと手を伸ばした。
「ていっ!」
ミーアが隼人の手首をチョップする。
「痛てっ! 何すんだよ!」
突然のことに隼人はミーアを睨む。
これまでの人生、隼人が何かをしたとき、それを掣肘する人間はいなかった。
隼人が近寄れば、みなその意を受けて、道を譲るものなのだ。
「見て分かんない? いま私たち、一緒にいるの」
「俺は壬都に用事があるんだよ。相手してほしければ、また別のき……」
ここでようやく隼人は、ミーアの美貌に気がついた。
クール&ビューティ。それがミーアの魅力である。
あくまで黙って立っていればであるが。
もちろん隼人の邪魔をするのはミーアだけではない。
特別科の面々……一年、二年問わず、彼女たちは夏織を守るように立ちはだかった。
「な、なんだ……」
隼人が心底驚いた顔をしている。
自分の思い通りにならないこともそうだし、彼女たち全員が、芸能人のように整った容姿をしていたのだから、怒りより驚きの方が勝った。
声を出せず、隼人は口をパクパクとさせている。
彼女たちの後ろで祐二は、それを冷静な目で眺めていた。
特別科の学生は、ほとんど例外なく容姿が整っている。
隼人が驚くのも無理はないのだ。
そして彼女らは、隼人レベルのイケメンならば数多く見ている。
いまさら、心を動かされたりしない。
そして特別科はみな、魔法使い。仲間である。
マイノリティゆえに、一致団結することができる。
乱暴なただの男が特別科の仲間に言い寄ってきたとしたら、全員で排除するのなど、打ち合わせをしなくても簡単だ。
「あなたはお呼びじゃないの! 分かる?」
だれかが言った。
「というか、急に来て何様なの? もう少し空気を読んで欲しいわね」
さらにだれかが言った。
「そもそも、本人が嫌がってるわよ、ねえ?」
夏織はススッと下がり、祐二の陰に隠れようとしていた。
「…………ん? おまえ……どこかで?」
隼人は祐二の顔に見覚えがあるようだ。
「ユージ、知ってるの? コレ」
ミーアが親指で指し示した「コレ」というのは隼人のことだ。
「一応ね。元クラスメイトだよ」
「ああっ、思い出した。おまえ、溝呂木か!」
「如月だよ」
「なんでお前がここにいんだよ」
祐二に食ってかかろうとした隼人を見て、ミーアがニヤァと笑った。
「だってユージは特別科の学生だもんね。今日は私たち、ユージとデートなの」
「そうそう」
「デートよ」
「デートの邪魔しないでほしいわ」
「……………………嘘だろ」
ショックを隠しきれない隼人。
祐二が特別科にいるのがショックなのか、それとも美女ばかりを引き連れていることがショックなのか。
「嘘じゃないわ……ねえ、ユージ」
ミーアが祐二の頬に自分の頬をくっつける。
「私も」
ここにいる彼女たちは、少なくともみな頭がいいのだ。すぐに状況を理解した。
次々と祐二の腕をとり、首に手を回し、腰に抱きつき、手を胸元に引き寄せた。
「おまえ……」
夏織もまた祐二の腕に自分の腕を絡めている。
「おまえなんかが、モテるはずないだろ」
「あら、この現実を見て言ってるのかしら」
「おまえたち、俺をからかってるんだろ、そうだな!」
「えーっ、それじゃ、本人に聞いてみる?」
ミーアは、夏織に視線を振った。
「えっ? 私? えっ? えーっと……」
夏織は悩み、隼人と祐二の顔を見比べて……。
「私は……その……きさら……祐二くんの方がいいかな」
「そんな……嘘だろ? なあ、そんなのおかしいじゃんか!」
隼人は近寄ろうとするが、彼女たちのガードが堅くて、どうにもできない。
そして祐二も夏織も、簡単に諦めない隼人の性格をよく知っている。
夏織が隼人の顔をまっすぐに見た。
「あのね、私がだれかと付き合うとしたら、それは結婚が前提なの」
「だったらっ!」
「だから、強羅くんと付き合う未来はないの……未来永劫、これぽっちも、一ミリだって存在しないのよ」
「だったら、ソイツは何なんだよ!」
「祐二くん? ……祐二くんだったら、私がお願いして、付き合ってもらう立場? 少なくとも、強羅くんと比較自体が成り立たないかな」
「えっ? ええっ!?」
隼人が、なにを言われたか分からないという顔をしている。
隼人がそんな表情を浮かべた瞬間、祐二の周りにいた彼女たちが笑い出した。
「そうよね」
「たしかにそうだわ」
「わたしもお願いして付き合ってもらおうかしら」
「ちょっと、立候補は何人まで?」
「抽選? それとも先着順?」
「定員は? ねえ、定員は何名なの?」
「申込用紙を書けばいいとか、ない?」
「ワタシもエントリーするわ。だって玉の輿だしぃ」
「いいね。未来の当主様?」
彼女たちが、口々に好き勝手なことを言い出す。
そこへ、「パンッ」とフリーデリーケが手を叩いた。
みなシィンと黙る。
フリーデリーケが指先をチョイと外へやると、祐二にくっついていた女性たちが一人、また一人と離れていく。
「我が家を敵に回すつもり?」
そのひと言で、全員が首をすくめる。
買い物の間、フリーデリーケはずっと静かだった。
まるで空気のようにと言ってもいいだろう。
常に目立たず、みなの視界に入らないようにしていた。
彼女たちの何人かは、いまやっと自分がどんな発言をしたのか理解した。
現存する八家で、唯一の独身船長を誘惑した。
しかも当主の娘の前でだ。
「な、なんだよ。お前たち、何なの?」
置いてけぼりを食らった隼人は、彼女たちの顔を見回す。
「ねえ、ユージ……」
フリーデリーケは祐二の耳元に口を近づけ、何事か囁く。
「えっ? でも」
「これっきりにしたいでしょ?」
「それはそうだけど……」
「だったら」
「わ、分かった……え~~」
祐二が声を上げたことで、全員の注目が祐二に集まった。
「せっかくだし、彼と一緒に出かけたい人は、行ったらどうかな。俺はまったく……これっぽっちも気にしないから、行きたい人は行っていいよ」
祐二の言葉に真っ先に反応したのは隼人だった。
「ふうん。いいとこあるじゃん……よし、俺がいいとこに連れてってやるぜ」
すでに隼人は、彼女たちのレベルに気がついている。
特別科は、叡智大の美男美女の集まりなのだ。(祐二除く)
夏織と同等もしくは、勝るとも劣らない美人ばかり揃っている。
隼人は、夏織をはじめ、彼女たちの多くが自分になびくと考えていた。
学生時代からすり込まれたスーパースターとしての待遇に、微塵も疑いをもっていなかった。
だがしかし……。
――ササッ
だれもが隼人から距離を取る。
「えっ?」
隼人の周囲に空間があいた。
まるで電車の中で漏らしてしまった人のようにぽっかりと空間ができてしまったのだ。
みな祐二に寄り添い、隼人からあからさまに距離を取る。
「俺は気にしないよ、本当に」
祐二はそう言うが、彼女たちの反応は芳しくなかった。
「だってねえ……」
「だからなにって感じだしねえ」
「そもそも最初からお呼びじゃないし」
「考慮に値しない?」
「天地がひっくり返っても、あり得ない感じ」
彼女たちの周囲には、いくらでもイケメンがいる。そして、やはり特別科に通う魔法使いたちなのだ。
いくら顔が良くても、魔法の使えない男は対象外らしい。
「勝敗は決したみたいね。じゃみんな、行きましょう」
ミーアのひと言に、彼女たちが頷く。
「それじゃね」
「またはないけど、さよなら」
「今度もないわ、バイバイ」
「もう忘れるから、返事はいらないわよ」
彼女たちはまったく未練を残すそぶりも見せず、隼人から離れるのであった。
「……よかったの?」
促されるまま祐二もその場を去るが、気になるのは残された隼人の方だ。
そっと夏織に聞いてみたが、意外にも夏織はサッパリとした顔をしていた。
「ちょっと困ってたから、助かっちゃった。こっちで会ったらどうしようかと悩んでいたけど、これで解決よね。本当によかったわ」
「そういうことならいいんだけど……もしかして俺が恨まれるんじゃ?」
「どうかな。可能性はあるかも」
これまでまったく隼人の眼中になかった祐二に、夏織をかっ攫われた格好になってしまった。
事実はどうであれ、隼人の怒りは祐二に向かうのではないか。
「大丈夫よ、ユージ。事務室に伝えておくから」
一歩も動けず、呆然と立ち尽くす隼人を盗み見て、フリーデリーケはそんなことを言った。




