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072 黒1点で島内観光

 新入生の教室に向かったのは七名。

 男は祐二のみ、黒一点である。


 教室に入ってきたミーアを見た新入生たちは何事かとザワついたが、話を聞いて同行を申し出る一年生が出た。


 もちろんミーアも断るはずがなく、結局六人の新入生が島内散策に参加することとなった。

 全員女性である。


 やはり、男はそういったことにはあまり関心がないらしい。

「増えたね~」


 上機嫌なのはもちろんミーア。

 この島に来て一年。すでにリサーチは済んでいるらしい。


 半ダースの女性に周囲を囲まれながら歩く祐二は、さながら捕まった宇宙人である。

 逃げだそうにも周りを囲まれているし、そもそもここで逃げ出したら、あとが大変。


「知ってる? 彼は魔導船の船長なんだよ」

 教室でミーアが爆弾発言をして、周囲から驚きの声が上がった。


 いる(・・)とは知っていたが、祐二がそうだとは思わなかったようである。

「完全な日本人顔だしね」


『栄光なる十二人魔導師』の子孫は、欧州の貴族かそれに類する者たちである。

 言われなければ、完全な東洋人顔の祐二がそうだとは、だれも思わないはずだ。


「最初に行くとこは決めてあるんだ。センスのいい小物が並んでいるお店だよ」

 そう言われて向かったのは、二階建ての店舗。一階が床屋で、目的の場所はその二階だった。


 古ぼけた木製の看板だけが掛かっているその店は、外から見ただけではまったく中身が想像できない。


「こういうお店って、入るのに躊躇するよね。でも、店主が世界中からこれっていうアイテムを輸入して販売してるんだよ」


 重い木戸を開くと、意外にも中は小さく綺麗にまとまっていた。

 アイテム数こそ少ないが、それはミーアの言うとおり、店主の眼鏡に適ったものしかおいていないからであろう。


「いらっしゃい。今日は大勢ね」

「新入生に紹介したくてね。それとクラスメイトも一緒よ」


 ミーアは顔なじみらしく、気さくな態度で店主に話しかける。

 もっとも、普段のミーアは、だれでも気さくな態度なのだが。


「半分趣味でやっているような店だけど、良かったら見ていって」

 店主に言われて、めいめいが品物を吟味していく。


「島に一年いたけど、こんな店があるなんて、知らなかった」

「わたしも」


 どうやら、穴場的な店らしい。

「あっ、これ可愛い」


「ほんとだ」

 ファンシーな小物に惹かれる様は、魔法使いであっても同じ。

 同年代のどこにでもいる学生そのものだ。


 小物に目を輝かせている姿は、神秘と畏怖を具現させる魔法使いにはみえない。

「これ、クールね」


 ミーアが取り上げたのは、マリンブルーに染め上げられた布である。

 それを首にまくと、グラデーションが美しく映えた。


「どう?」

 ミーアに聞かれて、祐二はしばし考えた。


「そうだな、南国っぽい?」

「感想がイマイチね」と肩を叩かれた。


 どうやらお気に召さなかったらしい。

「如月くん、さすがにもう少し気を使った方が……」


「女心が分かってないわね」

 感想を言っただけなのに、散々な評価である。


 祐二としては頑張った方で、内心「青っぽいね」と言わなくて良かったと思っている。

 そうこうしているうちに、何人かが小袋を持っている。すでに買い物を済ませたようだ。


「じゃ、次のお店に行きましょうか」

 またくるねと、ミーアは店主に手を振る。


「今度はもう少しプレイボーイを連れてきな」

 感想ひとつで、店主にまでディスられた祐二であった。




「次だけど、服と食べ物、どっちがいい? 両方とも穴場なんだけど」

「お洋服を見たいかな。それが終わったら、少し休憩しましょ」


「よっし、それならこっちだよ」

 裏道を抜けて……さらに抜けて、たどり着いた場所は、やはり店っぽくない一軒の家だった。


「さっ、入ろう」

 ミーアは、ニシシシと何かを企むような笑みを浮かべる。


「お、俺が先に入る」

 だいたいこういう場合、ロクなことがないのを知っている祐二が先陣を切った。


 ――ガラン


 重い木戸を開くと、さび付いたカウベルが鳴った。

「おじゃましまっ……!?」


 むさい大男が店の入口に立っていた。

 長髪にサングラス、伸ばしたアゴヒゲと日焼けした肌は、海の男のようだ。


「オーナー、そこにいると客が逃げちゃうってば」

 祐二の後ろから首だけ出して、ミーアが手でオーナーを追っ払う。


「…………」

 オーナーは無言で身体を脇にどかす。


「……お、おじゃまします」

 祐二たちは一列になり、なぜか小さく前屈みになって店に入った。


「ここは……古着屋?」

「そうだけど、正確にはビンテージショップだね」


「ビンテージショップ? ……ああ」

 祐二の場合、古着を法外な値段で売る店というイメージを持っている。


「世界中に通販してて、なんでこんな島にあるのか不思議だったのよね。一度来てみたかったんだけど、行ったら行ったらで、オーナーは無口だし。どう? 驚いたでしょ」


 ケラケラとミーアは笑う。

「そういえばときどき古そうな服を着てたけど、もしかして……?」


「そう、ここで買ったものね。結構価値のある服だったりするんだけど」

「まったく分からなかった」


 日本では古着文化は一般的でないし、そもそも祐二は興味もない。

 分かれという方が無理である。


 他のメンバーもどうやら同じだったらしく、今回は賛同者が出なかった。

「おかしいな」


 重苦しい雰囲気の店に加えて怖そうなオーナー。

 そして売っているものが古着とあって、いまの女子大生の好みから外れていたようだ。


「じゃ、次の店に行こうか」

 ここは早々に退散することとなった。


 見る人が見ればお宝の山なのだろうが、祐二以下、だれも古着に価値を見いだしていないため、反対する者はいなかった。


 店の外へ出たミーアは、「えっーと……こっちが近道で、ああ行って、あそこを曲がって……」とルートを考えている。


「一旦、大通りに出た方が早そうだね」

「その方が、道を覚えやすいかな。というか、大通りで場所を確認したい」


 裏道をクネクネと歩いてきたため、ここがどの辺なのかすでに分かっていない。

「じゃ、こっち。ついてきて」


 ミーアに先導されて大通りに出た。

 大学からかなり離れており、すでに港が近い。


 普段の祐二なら、ここまで来ることはほとんどない。

「そういえば、あまりこの辺は知らないな」


「みんなそうだよ。学校からだと坂を下るでしょ。あとで上るのが面倒になるから、無意識のうちに来なくなるんじゃないかな」


「なるほど……たしかに帰りに長い坂は上りたくないな」

「でしょ。だけどね、この先にとってもいい店が「壬都じゃないかっ!」」


 だれかの声が割り込んできた。

 みながその声の方を向く。


「ここで会えるとはラッキーだな」

 嬉しそうにやってきたのは、祐二の元クラスメイト。


 学校でスーパースターと呼ばれていたイケメン、強羅(ごうら)隼人(はやと)だった。




 ――日本 谷岡(たにおか)秀樹(ひでき)


 大学受験を決意した秀樹は、ぶじ両親を説得し終えた。

 その際、浪人はしないことと、生活費は自分で稼ぐことを約束させられた。


 もともと進学校に通っていたため、授業をしっかり受けていただけで受験勉強はさほど問題なかった。


 秀樹が選んだのは、模試でA判定の出ていた産業紅梅(こうばい)大学。

 ここの経営学部を受験し、見事合格を果たした。


 最初は工業系の大学を考えたが、理論は自分で勉強できる。

 技術は工場で身につければいいと考え、経営を学ぶことにしたのである。


 そして桜薫る四月。

 秀樹は晴れて大学生となった。


 学費は親が出してくれたので問題ないが、生活費は自分で稼がなくてはならない。

 とは言っても、自宅から大学に通うため、ほとんど心配はない。


 高校生と違って、小遣いが貰えなくなっただけである。

 高校時代は親戚の工場で働いたり、短期のアルバイトをしていた。


 時給は安かったが、気の置けない場所を優先したため、心労はほとんどなかった。

 その時に貯めたお金がまだ残っており、しばらくは短期のアルバイトを続けながら大学生活を送ることができた。


 しかしそんな生活は長く続かない。

 夏休みに気が抜けて散財してしまったため、急遽割のいいアルバイトを探さざるを得なくなってしまったのだ。


「志望動機ですか? そうですね。家から近いってのは、駄目ですかね?」

 秀樹が選んだのは、家から駅までの間にあるスーパー。そこの裏方である。


 商品の詰まった段ボールをあちこち運ぶらしく、かなりの重労働だ。

 若い男性が好まれると近所の人が言っているのを聞いた秀樹は、そこで働くことを決めた。


 そしてアルバイトの面接である。

 店長から働ける時間や曜日、体力は大丈夫かなどの質問がとび、秀樹はそれに淀みなく答えていく。


「そういえば趣味にドイツ語学習とあるけど、これは?」

 そこだけ、秀樹の履歴書の中で異彩を放っていた。


「ああ、これですか。一番の親友がたった一年でドイツ語をマスターして、将来向こうで暮らすらしいんですよ。そのせいでオレも興味を持って……学んでみようかと」


 親友のように一年じゃ到底マスターできないですけどねと、秀樹は笑った。


 祐二が正月に帰省したさい、秀樹だけに語ったことがある。

「卒業後は俺、ドイツで暮らすことになったから」


 二年参りをしたあと、ファミリーレストランで始発まで時間をつぶした。

 その別れ際、祐二はそんなことを言った。


 秀樹は驚いたものの、素直に祝福できた。

 祐二の努力を見ていたからだ。そしてこう付け足した。


「ユーディットちゃんみたいな美人がいるんじゃ、日本に帰りたくなくなるよな」

 ヒジで祐二の脇をつつくと、痛がりながらもこんなことを言った。


「そうなんだよな。なぜかみんな美人でさ。困っちゃうよ」

「みんな? おまえ……それ……」


 秀樹がドイツ語に興味を持った瞬間である。

 以来、ヒマを見つけては秀樹はドイツとドイツ語について勉強している。


「目標を持つのはいいことだね。じゃ、明日から来てくれるかな」

「ハイッ!」


 どうやらアルバイトの採用が決まったらしい。秀樹は元気な声を返した。

「祐二、見てろよ! 今度会ったときは、ユーディットちゃんと話せるようにしとくからな!」


 握りこぶしを固め、決意新たに秀樹は遠くの空を眺めるのであった。


 ――ピローン


 ちょうどその時、美女軍団と一緒にケイロン島を散策中の写真が秀樹のもとに送られてきた。

 それはもう、美女美女美女である。


「あんのやろおおぉぉおおおおおおおお!!」

 秀樹は遠くドイツの空に向かって、力一杯、中指をたてた。



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― 新着の感想 ―
[一言] あー町中ぞろぞろ歩いてたら見つかるぞ〜?と思ってたら案の定w でも日本人の顔なんて見分けがつかなくて、スパスタが船長と勘違いされる展開もあるのでは? とも思ってたので、ここで比較されておく…
[一言] あー、島内だからこういう遭遇はありえたわけか 準ストーカーは何を言いますやら
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