071 夏織とフリーデリーケ(2)
「なんで壬都さんとフリーデリーケさんが?」
二人に接点はないはずである。
だが二人は、十年来の親友のように打ち解けて話している。
「美女二人は眼福ね」
ミーアは教室にズカズカと入っていく。もちろん、祐二の腕を掴んだまま。
「あっ、ちょ、ちょっと、ミーア」
「はじめまして! 二年Aクラスのミーアと言います。よろしくね」
突然現れて元気に挨拶するミーア。呆気にとられる二人。
だが背後の祐二を見て、事情を察したようだ。
「はじめまして、壬都夏織です」
「フリーデリーケです」
丁寧な挨拶を返す夏織と、やや警戒気味のフリーデリーケ。
とくにフリーデリーケの方は、楽しい会話を邪魔されたからか、露骨に眉をひそめている。
「ユージから話を聞いて、会いたくなったので来ちゃったの」
同時にしれっと祐二の腕を取って引き寄せた。
夏織が口だけで「まあ」と表現し、フリーデリーケの眉のシワが深くなった。
「ちょっと、ミーア」
ミーアの距離感は、他の人と少し違う。
それが吉、もしくは凶と出るときもある。今回でいえば……。
「とても親しいようですね」
フリーデリーケの声が固い。
「そうかな?」
祐二の腕を胸元に引き寄せ、ミーアが祐二に同意を求める。明らかにワザとだ。
「ミーア、手を離して」
時すでに遅く、祐二が振りほどくも、三人の間には冷たい空気が流れてしまっている。
喧嘩を売りに来たか、煽っているとしか思えない態度である。
二人は、ミーアをかなり冷ややかな目で見つめる。
「同じ特別科として、学年関係なく仲良くなりたいのよね」
「――はい!?」
フリーデリーケが虚を突かれた声をあげた。
言外に「あれで?」と問いかけている。
「本当に仲良くしたいと思っているのですか?」
夏織は、真正面から質問してくる。
祐二は副音声で「その態度で」という声が聞こえた。
「そうだよ。お近づきの印に、明日一緒に出かけない? 島を案内するよ」
強引な話の進め方はミーアの十八番だ。
祐二は慣れているが、二人にしてみれば、脈絡のない会話に思えただろう。よって……。
「お断りします」
フリーデリーケはにべもなかった。
夏織も同意らしく、二度も頷いている。
さらに「何ですか、これは」と目で祐二に訴えかけていた。
「そう? 残念だなぁ。……じゃ、ユージと二人だけで出かけるね」
「えっ?」
「あっ?」
「明日はいろいろ見て回ろうね、遅くまで……しっぽりと」
耳元で囁くように甘ったるい声を出す。もちろんこれもワザとだと祐二は分かっている。
だが二人はすぐに反応した。
「行きます」
「私も行きますわ」
「ホント? じゃ、授業が終わったら迎えに行くからね。待っててね」
用件は済んだとばかり、ミーアは祐二を置いて去っていった。
「あっ、ミーア」
こんな空気の場にいたくない……祐二はミーアの後を追おうとするが、彼女は振り返りもせず、手をバイバイと振った。残れということだ。
思わず足が止まった祐二は、失策を悟った。
いまからさりげなく教室を脱出する術はない。
フリーデリーケと夏織を無視して教室を出る勇気はないともいえる。
「…………えと」
「どういうことなのかしら」
「説明してもらいたいですね」
フリーデリーケと夏織に詰め寄られ、祐二はミーアを恨んだ。
――特別科の敷地内 ミーア
特別科の敷地へは、一般の学生は入ることができない。
ここの敷地は、農業試験場となっている。名目上だけだが。
そのため外から雑草の種を持ち込んだり、試験育成中の植物を外へ持ち出したりさせないため、一般の侵入を制限していると説明している。
ではなぜ特別科の学生はいいのかといえば、彼らは授業の中で、その手伝いをするからである。これも名目上だが。
ミーアは特別科の敷地内を歩く。
出口に向かわず、畑が広がる方へと進んでいく。
その先には何もないため、周囲に人の姿はない。
ポケットからスマートフォンを取り出し、とあるアイコンをタップする。
すると画面に鍵付きの錠前が現れた。
これは電波にスクランブルをかけるためのもので、もし傍受されてもただのノイズが流れるようになっている。
「ねえ、予想通り来てたわよ……うん、分かってる。だけどこの分じゃ、同胞は捕まったわね。顔も名前も知らない人だけど、冥福は祈っておくわ」
ミーアは歩きながら、どこかに電話をかけている。
「大丈夫。接触に問題ないの。これは予定通りなんだって。下げて上げた方がいい場合もあるのよ。心配しなくてもうまくやるから」
ミーアは笑みを浮かべて、土だらけの道をゆく。
「そうね、連絡は最小限にしたいわ。連絡役がいなくなったんですもの、今回は特別。それと、この前みたいなことになったら面倒だから、同胞の動きにも注意して、何かあったら知らせてほしいわね」
開けた場所で立ち止まり、ミーアは周囲に目を走らせる。
人影は皆無。ここにはミーアしかいない。
「それは駄目、今から新しい連絡員を島に入れたらマークされるでしょ。だからしばらくはこのままにしましょ。こっちは動きようがないし……うん、それでいいわ」
ミーアはスッと表情を消した。
「すべては黄昏のために」
最後にそう呟いて、ミーアは電話を切った。
――特別科 1年Aクラスの教室
取り残された祐二を静かに見つめる二対の目。
別段、祐二が責められているわけではない。
どちらかといえば、祐二が釈明するのを待っている感じだ。
だが今回の件は、祐二ですら予想外のことだったのだ。何をどう話せばいいのやら。
ミーアの意図は分からないが、ワザとやっていることだけは分かっている。
(何か理由があるんだろうけど……というかこれ、責められた方がマシなんだけど)
「さあ聞いてあげるから説明しなさい」と言いたげな視線を受けて、祐二は両手を挙げた。
「ごめんなさい」
こういうときは、謝るに限るのである。
「……寮で壬都さんを見かけて、ミーアが俺と同郷じゃないかと予想したんだ」
「それで興味を持って突撃してきた?」
祐二は頷いた。
「悪意はないと思うんだけど、ミーアはいつも行動が少し突飛で……」
フリーデリーケも夏織もどちらかといえば、大人しい、常識を重んじるタイプだ。
さぞかし、驚いたことだろう。
「……まあいいわ。明日出かけるんでしょ。島のことは早めに知っておきたかったし、ちょうどいいと言えるわ」
フリーデリーケは諦めたように言った。
機嫌が直ったとは言い難いが、もうあまり気にしていないようだ。
「ミーアさんって去年、仲睦まじい写真を送ってきた人よね」
夏織は自分のスマートフォンを操作し、祐二とミーアのツーショット写真を撮りだした。
「……ほう?」
フリーデリーケの目がすわる。
「あっ、それ」
寄り添う二人……というよりも、ミーアが祐二を抱きしめているように見えるが、密着した雰囲気から、二人の仲の良さが伝わってくる。
去年ミーアが、祐二とツーショットの自撮りをして、そのまま秀樹に送った写真である。
秀樹から夏織に転送した旨は聞いていた。
どうやら夏織はまだ写真を持っていたらしい。
「随分とくっついているように見えるけど、ユージ?」
「いやこれは、ミーアが……」
「言い訳?」
「そうじゃないんだけど……ミーアはああいう性格でしょ。ぼっちだった俺がはやく打ち解けるようにって、ふざけただけなんだよ。唐突過ぎて、驚いているうちに写真を撮られたんだ」
「……ふむ」
たしかに先ほどのミーアならばやりそうだと、フリーデリーケは思い至る。
「他にも、こんなのがありますよ」
夏織はフリーデリーケに次々と写真を見せる。
「ほー……」
どれもみな、クラスメイトの女生徒と親しげにしている写真だ。
ミーアが勝手に撮り、祐二のスマートフォンに転送したものである。
祐二からスマートフォンを奪い取って送信までがワンセットである。
「どうやら詳しく話を聞く必要があるようね」
「私も」
「いや、他に何も話すコトなんて……」
そう言ったものの、祐二が二人から解放されるには、まだあと二時間が必要だった。
翌日の放課後、祐二の希望虚しく、ミーアはお出かけのことを覚えていた。
「さあユージ、行くわよ」
「なになに?」
ミーアが祐二を誘ったのだが、周囲にはクラスメイトが大勢いる。
「新入生に島を案内するの。ほらっ、去年私たち、ちょっと困ったじゃない」
どこにどのような店があるか分からないため、必要なものを揃えるのに手間取ったのだ。
去年のミーアたちは、島を探索しつつ、少しずつ馴染みの店を増やしていった。
その頃祐二は魔界にいたので、ミーアたちの苦労をまったく知らない。
「わたしも行っていい?」
「いいよ、いいよ」
「じゃあ、私もいい?」
「もちろん!」
そうしてあれよあれよという間に、メンバーが膨れあがってしまった。
「……えっ?」
しかも女性ばかり。
男子学生はあまり、そういうのに興味ないのかもしれない。
「じゃ、ユージ。行きましょう」
「ああ、うん……」
華やかな女性たちに囲まれて、祐二は曖昧に頷いた。




