069 二年に進学と新入生入学
無事、遠征任務を終えた祐二だが、なぜか二ヶ月の休息期間をカムチェスター家の屋敷で過ごすことになった。
ケイロン島に渡る準備をしていたところに、黄昏の娘たち捕縛のニュースが飛び込んできたのである。
ケイロン島に潜り込んだ者はすべて捕まったらしいが、一つだけ問題が浮上した。
すでにヘスペリデスの構成員が島に潜んでおり、その者と連絡を取るために潜入したことが分かったのだ。
大学の授業と船長の命。
天秤にかけた結果、祐二はカムチェスター家で勉強をすることとなった。
そして二ヶ月が経過。祐二は哨戒任務に参加することにした。
船長は必須ではないとはいえ、「一度は参加した方がいい」とヴァルトリーテに言われ、祐二も納得した。
本当は八カ月前に、カムチェスター家の哨戒任務があったのだが、魔蟲の大侵攻と重なったため、中止になっていた。
ゆえに今回がはじめての哨戒任務である。
任務中は、魔導船の限界能力を引き出す航行を試したり、船団単位の動きを練習したり、攻撃魔法を撃ったりして過ごした。
船長としての経験値も溜まり、それなりに成果のある哨戒任務だったといえる。
「問題は、勉強かあ」
いま、大学は長期の休みに入っている。
祐二はこの休みを利用して日本に帰る予定だったが、遠征と哨戒任務で都合四ヶ月間、大学の授業を休んでいる。
ただでさえ色々と知識が心許ない祐二である。
さすがにこのまま進級しては問題があるとの判断で、特別授業が組まれることになった。
「おのれ、ヘスペリデスめ」
他の学生が島から離れ、それぞれが実家に帰っている間、祐二だけは毎日大学に通って、一人で授業を受けることに相成ったのだ。
もちろん、日本にもドイツのカムチェスター家にも行けない。勉強漬けの毎日である。
「おのれ、ヘスペリデスめ」(二回目)
朝から晩まで授業を受け、最後の試験で合格を貰った祐二は、そこでようやく気付いた。
「もうすぐ新学期じゃん!」
祐二がケイロン島にきて、もうすぐ一年が経とうとしていた。
「おのれ……(略)」
祐二は秀樹に連絡をとった。
すでに何度も秀樹からメッセージをもらっていたが、あまりに忙しく、まったくやり取りしていなかった。
『おう、何度も連絡したんだぞ。そんなに忙しかったのか?』
「ごめん、ヒデ。やらなきゃいけない勉強が立て込んでいて、スマホを見る時間すらなかった」
『そっか……叡智大だしな。それより姫がそっちに行っただろ。会ったか?』
「いや……壬都さん、もう来てるの?」
『数日前に日本を発ったはずだ。あと、聞いて驚け。スーパースターもなんと合格した』
「へえ、受かったんだ」
頭はいいと思っていたが、一般入試はあまりに難関。
スタートが遅かったことから、受かる確率は半々だと思っていた。
『最後は鬼気迫る顔をしてたからな。オレもまさか受かるとは思わなかったが、ダチ経由で聞いたから、間違いない』
「本当に頑張ったんだろうね。そういえばヒデ、そっちはどう? 大学生活は慣れた?」
『おう、順調だぜ。似たような環境のダチもできたし、楽しくやってる』
秀樹は将来に備えて、工業系の大学に進んだ。
いまのうちに知識と技術を身につけておけと親戚に言われ、大学進学を決意したらしい。
秀樹が受験している間は遠征でいなかったし、その直後は追いつくための勉強が忙しく、あまり連絡を取ることができなかった。
秀樹は自分の目標を見定め、前に向かって歩き出していた。
祐二はそれを羨ましく思う。もう自分には選ぶことができない道なのだから。
「もうすぐこっちも入学式か。壬都さんにはそのときに会えるかな」
『つか、会ってやれよ。ちなみに同期の連中は、翔しか、お前の進学先は知らない。スーパースターもな。会ったら驚くはずだぜ。その時が楽しみだ』
うけけけと秀樹は妙な笑い声をあげた。
「なるほど。彼はおそらく寮に入るだろうし、あまり会うことはないかな」
『スーパースターは一般受験でお前は、一年繰り上がりで推薦入学だろ。もしかすると逆恨みして絡んでくるかもしれないから、気をつけろよ』
「うん、分かった。また落ちついたら連絡するよ」
『おう、待ってるぜ』
秀樹との電話は終わった。
「そっか……スーパースターも受かったのか」
夏織と同じ大学に行きたいという、ただそれだけで受かってしまうのだから、なんとも恐ろしい執念である。
「でも壬都さんは特別科だから、校舎も寮も別。スーパースターと顔を合わせることってほとんどないんだよな」
比企嶋から、夏織はBクラス上位の魔力を持っていると聞いた。
今後の成長次第では、中型船の船長になれるレベルである。
Bクラスとなれば、無条件で特別科に入学できるし、寮もかなり豪華なつくりとなっている。
これは同じ叡智大でも、特別科とそれ以外では、大学に通う意味合いが大きく違うことが関係している。
例えば特別科の校舎。一般の学生は、立ち入り禁止である。
そもそも正門から一番遠いところにあるため、意識して奥へ奥へと進まない限り、たどり着くことはない。
校舎のある敷地は「農業試験場」のただ中にあり、一般の学生は立ち入り禁止。
もっともこれは特別科以外の学生に向けた方便だったりする。
実際は叡智大の職員が農業試験場の管理をしつつ、不法侵入者がいないか機械と人で目を光らせているのだ。
似たようなものに学生寮がある。
男女ともに三つずつの学生寮があるが、特別科の学生たちだけで、男女それぞれひとつずつ使っている。
一般の学生は、特別科の寮に入ることはできない。
このように、特別科とそれ以外では待遇が大きく違い、普段でも一緒に行動できないようになっている。
「スーパースターは、どうするんだろうな。通学を待ち伏せとか……それはさすがにしないか」
一般学生とは動線が合わないため、狙わない限り夏織に会うことができない。
食事や買い物だってよほどのことがない限り、特別科の敷地内で済ます。
そういったものが完備されているのだ。
特別科の生徒の方から「会いたい」と思わない限り、会うことは叶わないだろう。
「……よし、それはおいといて、今日は寝だめしよう」
ほんの数日だけだが、祐二に予定はない。
そして特別授業のときに聞いたのだが、今後も船長として活動している間の勉強は、特別科の教授陣がタッグを組んで祐二を鍛えてくれることになった。
つまり、いくら休んでもフォローはしますよと大っぴらに言われたわけだ。
もちろん祐二は「ありがとうございます」とお礼を言ったわけだが、内心では盛大に頬を引きつらせていた。
一年の半分は船長としての任務があり、それ以外にも必要に駆られて呼び出されることもある。
今後祐二は、穏やかな大学生活を送れる保証はなくなってしまった。
「寝だめするしかないよな」
もう一度呟き、陽の高いうちからベッドに潜り込むのであった。
身体が疲れていたのか、祐二はすぐに熟睡した。
――ケイロン島 経済学部 強羅隼人
「最後、もう駄目かと思ったよな」
高校を卒業してからの半年間、隼人は毎日二時間睡眠で頑張った。
その甲斐あって、叡智大の経済学部に合格した。快挙である。
「しかし、いくら電話しても繋いでくれないってのはな……」
隼人は知っている。
壬都家は公になっていないだけで、財閥かと思うほどの経済力を有している。
詳しいことは分からないが、会社の経営は親族に任せているだけで、土地建物、株券などは本家が所有している。
神社の運営を第一としているため、口出ししていないだけなのだとか。
そのせいか、家のガードが堅い。
男子学生には一切、スマートフォンの連絡先を教えていない。
SNSは仲間でグループをつくる必要上、知ることができるが、個人的な返信は期待できない。
用事があるときは神社の代表にかけろといわんばかりの徹底ぶりで、隼人はこれまで幾度も撃沈されてきた。
神社でいくら説明しても、用事があるときはかけなおすからと、繋いでくれなかったのだ。
「……ったく、叡智大に受かったって言ったのによ」
夏織が叡智大に受かったのは知っている。
隼人の女友達を通して、情報を得たのだ。
だが結局、日本にいる間は一度も、二人だけで会うことは叶わなかった。
「だが見てろよ。日本を離れたここで、絶対にモノにしてやる」
隼人の父親は会社社長。それも『国内有数の』と冠詞がつく。
だが、世界規模で見れば、上には上がいる。
知名度は国内のみ。海外では、社名を知っている者など、ほとんどいないレベルである。
隼人は、一番輝けるであろう高校生活の半分を犠牲にしてまで、この四年間にかけていた。ゆえに……。
「なんで入っちゃ駄目なんだよ!」
入学式の翌日、今日はオリエンテーションの日である。
隼人は夏織に会おうと、特別科のある校舎に向かった。
だが、守衛に止められてしまった。
「この先は農業試験場です。許可証のない人は入れません」
「ダチがいるんだって!」
そう叫ぶも、守衛は頑として首を縦に振らなかった。
結局隼人は、追い返されるようにしてその場を後にした。
「……なんかおかしいよな」
特別科は、入学式からして違った。
午後二時から始まった入学式で隼人は、夏織の姿を探した。
だが、どこにもいなかった。
不審に思って職員に尋ねると、特別科は朝のうちに入学式を済ませてしまったという答えが返ってきた。
「……えっ? なんで」
当然の疑問にも職員は答えない。
実は特別科の入学式には、ゴランや叡智の会からの来賓が参加しており、安全面を考慮して、特別科のみで行っていたのだ。
アテが外れた隼人は、オリエンテーションの今日を狙って、特別科の校舎に向かったのである。
そうしたら影すら踏むことなく、追い返された。
「まあいいや。明日から授業が始まるし、そんときに会えるだろ」
不審に思いつつも、隼人は自分の校舎に戻るのであった。




