067 遠征(2)
翌日、副官から準備完了の報告を受けた祐二は、『インフェルノ』を出航させた。
カムチェスター家のドックから、インフェルノを先頭とした船団が中空に飛び立っていく。
「よし、まずは第28番魔界へ向かおう」
数時間前に、バラム家の魔導船『グノーシス』が帰還している。
戦闘跡もなかったことから、何事もなく遠征を終えたのが分かる。
「ユージ船長、航行中に集団運用の確認をしたいと、中型船の船長たちより要望が来ております」
「聞いている。船団の維持と解散だっけ?」
「はい。訓練は積んできておりますので、船長に成果を見せたいのだと思います」
「分かった。許可する。トーラは横で解説してくれるかな」
「畏まりました」
トーラがブリッジから指示を出すと、操舵室にいた何人かが慌ただしく出て行く。
中型船は、『インフェルノ』の半分ほどしかない。小型船はもっと小さい。
最高速度も劣るため、いまは一番足の遅い小型船に合わせて航行している。
少しして、『インフェルノ』の前後左右にいた中型船がゆっくりと離れていった。
小型船もそれに続く。
祐二はトーラに視線を向ける。
「これは?」
「中型船と小型船の集まりをひとつの部隊として、戦闘に向かうための陣形です」
「見事だね」
こうして船団の形を変えても、遅れたり乱れるような船は出ていない。
「恐れ入ります。攻撃を受けても、互いに衝突しない距離を保ちつつ、ひとつの塊として、敵と戦えるようになっています」
「群れから一隻だけ離れると、狙われやすいんだっけ?」
「その通りです。船団の生存確率をあげるため、集団での運用はだれがどの位置にいてもできるよう、訓練しております」
祐二がしばらく眺めていると、またもや変化があった。
『インフェルノ』の左右とその上空に中型船と小型船が並んだ。
「現行速度を保ったまま、旋回可能です」
たしかにいま、祐二が旋回命令を出しても、ぶつかることはないだろう。
「いい距離だと思うけど、『インフェルノ』で範囲攻撃をしたら左右の船団は巻き込まれるかも」
必殺技ともいうべき、あの広範囲攻撃は、いまだ最大出力で放ったことがない。
祐二には、いまの距離ですら近いのではないかと思った。
「もう少し距離を取るよう、指示致しましょう」
「そうしてくれ」
各船への伝達は、精密機器が使えないため、手旗信号という原始的な通信手段が使用されている。
若干のタイムラグがあるが、それでも可能な限り迅速に命令が伝わっていると感じられる。
よほど訓練しているのだろう、今度は祐二も満足できる距離まで離れてくれた。
このような散開と密集を繰り返しつつ進み、複数の攻撃陣形を確認し終えた頃、ようやく第28番魔窟に到着した。
魔窟は、魔界と魔界を繋ぐ重要な通路だ。
その割にはまだまだ謎が多く、十分な調査がなされていないという。
「ユージ船長、初めて魔窟に入られたと思いますが、どうですか?」
トーラに聞かれて、祐二は振り返った。
出航してからというもの、トーラはずっと祐二の斜め後ろで起立している。
いつ何時、祐二から命令が出るか分からないのだ。側で控えているのは、正しい副官の姿である。
だが、後ろからじっと眺められていると、どうしても気が抜けない。
なんとかして欲しいのだが、それを口に出していいものなのか祐二は悩む。
「魔窟か……少しイメージと違うかな。魔界をつなぐトンネルって聞いていたから、もっとこう……一本のパイプのようになっていると思っていたんだが」
ここは洞窟……というより、掃除機のホースに近いのではないか。そんな風に祐二は思った。
「魔窟は上下左右とも概念の壁で塞がれておりますが、不思議と分かれ道があったり、行き止まりになっているということはありません」
「不思議だな。なぜだろう」
「もともと他の魔界と繋がっていない魔窟は、塞がってしまうのではないかと言われています」
「つまり、別の魔界に繋がっているからこそ、トンネルが維持し続けられている?」
「はい。そう考えられています」
「それだと、魔界との繋がりが切れた魔窟は、消滅することになるな。そんな例はいままであった?」
「いえ。ただし、そう考えられるようになったのは、高々数百年前の話です。魔界の誕生から考えれば、一瞬のことかもしれません」
地球の歴史からすれば、人類誕生など、ごくごく最近の話。
魔界が地球より年寄りだとすれば、もっと長いスパンで考える必要があるのかもしれない。
「なるほど……たかだか数百年ね」
何にせよ、魔法使いの絶対数が少ない現状、魔界や魔窟についての研究が進むことは難しいかもしれない。
あと百年経っても、何も分からないに等しい状態なのではなかろうか。
航行中はとくにすることもない。
というよりも、魔窟自体それほど広くないため、先ほどのように散開訓練をすることもできない。
訓練ができない以上、ただただ前に進むだけなのだ。
『インフェルノ』は、およそ三日かけて魔窟を抜けた。
祐二の体感では、もっと長く感じられた。
退屈なときほど、時間が進むのが遅く感じるのだ。
「28番魔界に到着しましたので、予定通りこの魔界にある19番魔界に通じる魔窟へ向かいたいと思います。よろしいでしょうか」
「うん。お願い」
船長の椅子にだらしなく腰掛け、祐二は半ば投げやりに言った。
出港当初こそ、「船長として舐められないように」と肩ひじを張って、言葉遣いもそれにふさわしいものへと変えていたのだが、何もすることがない時間が続くと、すぐに飽きてしまった。
「船長として模範になる態度」とか、「怖れられつつも、慕われるような話し方」などを練習してきたが、その辺ももう、どうでもよくなっていた。
「ヒマだし、攻撃魔法をぶっぱなしてみたいんだけど、いいかな?」
上目遣いにそう提案してみる。
「意味のないことだと思います」
副官のトーラは、表情一つ変えずに首を横に振った。魔力の無駄遣いだと目が語っている。
祐二の副官は二人いて、ほかにもまだ副官候補が三人もいるらしい。
祐二はこれからあと数十年、魔導船の船長を続けなければならない。
祐二の子に素質がなければ他から呼び寄せるか、孫に期待することになる。
どちらにしろ当分の間、祐二以外に船長をできる者は出てこない。
船長は祐二で固定。では副官は? となるのだが、これはもっとも祐二と相性の良い者が専属となる。
それくらい他の副官や候補者の間に、能力の差はない。
つまりまだ、トーラが専属と決まったわけではない。
「だれも見てないし、気分転換に一発くらい撃っても……」
食い下がる祐二に、トーラは分かりやすくため息をついた。
「たとえばですが、海軍の船艦が、公海上でだれも見ていないからと主砲を発射したらどうなるでしょう」
「観測した人がいたら、国際問題になるね」
「無闇矢鱈と、そのようなことはされない方が賢明です」
「…………」
そう諭されてしまえば、黙るしかない。
祐二は船長である。一番偉い。
だからこそ副官には、船長へ抗弁する力が備わっている。
「ヒマだから」という理由で、広範囲殲滅魔法を放つことを許可する副官は、おそらくだれもいない。
少なくとも、「だれも見ていないし、撃っちゃいましょう」と言い出す者は副官候補にすらなれない。
結局祐二は28-19番魔界に到着するまで、ずっとヒマをもてあますことになった。
28-19番魔界に到着した祐二たちは、ここからようやく探索に入ることになる。
探索は、これまでの船団をいくつかの分団に分けることからはじめる。
中型船に小型船をつけて、第一分団とする。
第二、第三分団といくつか作り、それぞれに魔窟を抜けさせ、その先にある魔界の様子を調査させるのだ。
そう、調査に赴くのは中型船と小型船。
「あれ? ということは、俺たちはここでまた待機?」
「そうなります。何かありましたら、探索に向かった船がここに戻ってきます。我々は真っ先に駆けつけることになります」
「……またヒマな時間が続くのか」
待機といっても、他の乗組員たちは仕事がある。
あまり祐二に構っていられない。
もっとも仕事がなくても、わざわざ船の最高権力者とダベるような殊勝な者もいないだろう。
結局祐二は、直立不動の姿勢を崩さない副官と、ずっとブリッジで過ごすことになる。
(俺が休息するときは、トーラが全体を見てくれるんだよな)
船長と副官は休息を交互に取るため、実は一人でいる時間もそれなりにある。
それでもわずかな睡眠時間しかないため、何もしないで待機では、ストレスを溜めることに気付いた。
(ヴァルトリーテさんはカムチェスター家の当主だからこの遠征には来ないし、フリーデリーケさんはまだ心の病気が完全に治ってない。ユーディットは未成年で、俺より年下。魔導船に乗れるようになるには、あと数年はかかる……うん、遠征のたびにこんな状態が続くのか)
将来を考え、脱力したくなる祐二であった。
「28-19-55番魔界から戻ってきたヤスミン船長から、報告があるそうです」
「さっき収納した小型船に乗ってた人かな?」
「はい。魔蟲について報告したいと」
「魔蟲か……分かった。下に行く」
ヤスミンは中型船の船長で、四十代半ば男性である。
祐二は二、三度話したことがあるくらいで、あまり記憶にない。
「報告します、ユージ船長。28-19-55番魔界で魔蟲を発見し、観察していたところ、おかしな振る舞いをすることが分かりました。それでどうしていいか分からず、一度戻ってきた次第です」
「おかしな振る舞いとは? ヤスミン船長、もう少し分かりやすく述べてくれ」
「はっ! 通常魔蟲は、滅多に進路を変えません。にもかかわらず、28-19-55番魔界にいた魔蟲は、まるで目的地を忘れたかのように、自由に動きます……規則性はありませんでした」
「ふむ……他になにか気付いた点は?」
船長として慣れない演技だが、祐二はがんばって続ける。
「その振る舞いから、どの魔窟から出てきたのかが特定できません」
魔蟲は魔窟から現れる。魔界に現れたときに向いていた方角へ、ただ愚直に前進する。
ゆえに複数の魔蟲を見つければ、来た進路のもとを辿ればよいのである。
およそどの魔窟から出てきたのか判別できる。
今回の場合、魔蟲がランダムに動いたとしたならば、その大元を探ることは不可能というのは分かる。
「魔蟲の数は?」
「見つけたのは十体ほどです。よく探せばまだ見つかるかもしれません」
「分かった。下がってよい。別命があるまで休息してよい」
「はっ、ありがとうございます」
ヤスミンが去ったので、祐二はトーラを見た。
「魔蟲の異常行動として記録しておきます。原因については、私も分かりません」
「だよね」
しばらくして他の船も帰ってきたが、どの魔界も魔蟲の姿は確認できなかった。




