066 遠征(1)
叡智の会から各家には、毎年、支援金としてかなりの額が振り込まれている。
それを受けた各家は、魔界でさまざまな活動を行っている。
祐二が船長に就任してからというもの、カムチェスター家も魔界でのローテーションに参加している。
直近の活動は、以下のようになっている。
二月と三月 遠征
四月と五月 休息
六月と七月 哨戒準備(基地待機)と哨戒
九月と十月 休息
これは、遠征と哨戒のローテーションを八家で回しているからである。
このあと十一月と十二月に遠征が入り、問題がなければ、それ以後も同じローテーションが組まれることになる。
カムチェスター家の屋敷に到着した祐二は、早速ヴァルトリーテから遠征についてのレクチャーを受ける。
「今月はバラム家とミスト家が探索に出ているの。来月、私たちはバラム家と交代する形で、遠征に向かうことになるわ」
「ということは、ミスト家の遠征が一月と二月なんですね。俺たちが交代するとき、基地に戻って来るんですか?」
「遠征は行きっぱなしになるから、戻って来ないわね」
「……そうですか、残念です」
祐二はいまだ、ミスト家の魔導船『ハンゾー』を見たことがない。
当代のミスト家当主は、大の日本びいきだというが、もちろん会ったことはない。
ミスト家当主は、日本の偉人の名を魔導船の名前にしたと周囲に語っているらしい。
あの忍者が偉人かどうかはさておくとして、ミスト家の魔導船を見てみたかったのは本当だ。
「今回の遠征だけど、詳しい説明はフリーダに任せることにしたわ」
「えっ? フリーデリーケさんにですか?」
「少しでも協力したいって、一生懸命覚えたみたいなの」
「そうですか。頑張っているんですね」
叡智の会本部が遠征の目標を設定し、各家がそれに従う。
すでに行動計画予定表は届いているはずで、船長である祐二はそれを把握しなければならない。
どうやら、ヴァルトリーテはそれをフリーデリーケに任せたようだ。
正月のあの日、日本で爆発事件がおこった。
心配したフリーデリーケは、とるものとりあえず日本にやってきた。
航空チケットの手配など、お膳立てはすべて執事のベラルトが行ったようだが、屋敷の外へ出るのをあれほど怖れていたフリーデリーケが、一人で日本に来たのである。
それは大きな進歩であった。そしていまだ、そのやる気は損なわれていない。
「というわけで、フリーダ。あとはお願いね」
「はい。お母様」
いつの間にか、フリーデリーケが部屋に来ていた。
「気付かなかった……」
床は磨き上げられた石でできていたが、足音は聞こえなかった。
「あの……お嫌でしたか?」
固まっていた祐二に、フリーデリーケは不安そうな顔を浮かべる。
いっぱい勉強したのだろう。
口元を隠したノートには、いくつものフセンが貼られてた。
「いや、ぜんぜん。そんなことないよ」
「そうですか……それはよかった」
ホッとしたようにフリーデリーケは肩の力を抜く。
「遠征へ行く場所や目的は、毎回本部が決めるんだよね?」
「そうですね……各家の成果や、遠征中におきた諸々を把握しているのは本部だけですから。遠征中、私たちは日報を書いて本部に提出します。本部はそれらを蓄積して次に活かしているみたいです」
「そっか。じゃ、今回の内容を教えてくれるかな。それと、お互い敬語はなしにしようよ」
あの日より、フリーデリーケはしっかりと前を向いて歩き出した。
だが緊張すると、なぜか臆病が顔を覗かせ、他人行儀な話し方になってしまっている。
「はい……いえ、分かったわ。それじゃ、今回赴く場所なのだけど……ここになりま……ここになるの」
フリーデリーケが魔窟によって繋げられた魔界の地図を拡げた。
各魔界の番号と、大まかなランドマークが書き込まれている。
前年、大規模な魔蟲の侵攻があり、祐二は初陣を果たした。
撃退には成功したものの、近くの魔界が溢れたのだ。
『はじまりの地』を探すことも重要だが、地球を疎かにもできない。
最近の遠征は、周辺魔界の安全を確認することに重点を置いているらしい。
通常、魔窟を抜けて、隣の魔界に赴くのに数日かかる。
それだけ魔界と魔界を繋ぐ魔窟が長いことになる。
「今回の目的は、危険と思われる魔界の調査です」
「危険……というと、魔蟲?」
「そうですね……いえ、そうよ。過去に一定数の魔蟲が発見された魔界を再度見回る感じかしら」
「なるほど。危機管理は大事だよね」
遠征の最終目標は『はじまりの地』を探すことだが、侵略種を発見、駆除することも大事。
今回の遠征は、魔蟲の調査がメインの目的になるようだった。
「まずカムチェスター家の船団で、28-19魔界へ向かいます。そこを拠点として、54から56番までの魔界を順番に……中型船と小型船で確認します」
「その54から56番魔界へは、中型船と小型船だけで行くの?」
「はい。『インフェルノ』と残りの船団は、28-19魔界で待機となります。先に進んだ船も魔界の様子を確認するだけで帰還していいそうです」
「通常は魔界の中も探索するよね。たしか……ランドマークを見つけて記録したり、魔窟に番号を振ったり……」
「はい。それをすると時間がかかって、他の魔界の様子が把握できないため、今回は侵略種がいるかどうかだけ確認することにしたようです」
「そうなんだ……」
「それが終わりましたら、28-31番魔界に赴いて、同じように探索します。調査する魔界は二カ月で十四です」
「十四の魔界を調査か……往復の期間を考えたら、妥当なところかな?」
「そうですね。問題がおきた場合の対処法も通常とは少し違うようです。いま、お話ししましょうか?」
「うん。お願い」
「もし少数でも魔蟲が見つかった場合は、どの魔窟から出てきたのか調べます。分団を向かわせることになるでしょう」
「小さな船団で、発生源の魔界を特定するわけか」
「そうです。不可能な場合は、どのくらいいたのか数えるだけに留めて、殲滅は行いません。あくまで調査に重点をおいて……」
こうしてフリーデリーケは丁寧に説明を続けたが、結局最後まで敬語は直らなかった。
翌朝、祐二が遠征に出発する。
「気をつけてください。私はまだ心の準備ができてなくて……ごめんなさい」
「こっちは大丈夫だから」
昨日、フリーデリーケから多くのレクチャーを受けた。準備は万全である。
今年に入ってからすでに数回、フリーデリーケは家族に守られながら屋敷の外に出ている。
このペースでいけば、思いの外早く自由に外出できるようになるかもしれない。
「はやく魔界へ行けるように、頑張ります」
「うん……そういえば」
「どうしました?」
「フリーデリーケさんは、魔界門を通過する許可証って、持ってるよね」
「ええ、持っています。それがなにか?」
「大学だと、ほとんどの人が持ってないから、どうしてだろうと思って」
フリーデリーケは納得した表情を浮かべた。
「私は宗家の娘でしたので、お父様に連れられて、本部で何度か思想などのチェックを受けました。それでも許可証の発行まで、一年くらい待たされた記憶があります」
やはりカムチェスター家の一人娘でも、それなりの期間、審査があったらしい。
フリーデリーケでさえ一年も待たされるのだから、かなり厳重なチェックだと思われる。
祐二の場合、すぐに許可を出さないと魔導船が自壊してしなうため、かなり簡単なものだったのだろう。
それでもエルヴィラやヴァルトリーテがやきもきしていたくらいには、祐二のときも時間がかかっている。
ミーアが嘆いていたが、叡智大で行われる審査も、面倒かつ厳しいものなのだろう。
おそらくは繰り返し、繰り返し、念には念を入れて、思想のチェックがなされるはずだ。
「それじゃ、そろそろ時間だから行ってくるよ。帰りは二カ月後かな」
「本当に気をつけてください」
「うん、分かった。またね」
祐二はカムチェスター家の屋敷から、ヘリコプターで叡智の会旧本部に向かった。
ハイニッヒ国立公園に着いた祐二は、そのまま地下の魔界門へ向かう。
一族の半数は何日も前から来ていて、出航の準備をしているらしい。
大学の授業で習った通り、いまでは水や食料の保存方法が格段に進歩し、二ヶ月間、無補給でも飢えることはない。
祐二は魔界門を潜り、カムチェスター家のドックに向かう。
ここで忙しく働いている者も、全員が魔法使いだ。
魔界には、魔法使い以外が来ることができない。
来てもすぐに体調を崩すので、使えない。
(準備を手伝わないのは、申し訳ないんだけどな……)
ここに祐二の仕事はない。
船長だから雑事をする必要がないというものあるが、下働きの勉強をしていないので、勝手が分からないという理由もある。
(その分、遠征でしっかり働かないとな)
彼らの横をぬけて、魔導船に乗り込み、そのままブリッジに向かう。
「船長、お初にお目にかかります。当遠征にて副官を仰せつかりました、ボルジェ家のトーラと申します」
若い女性が敬礼姿のまま、祐二を待っていた。
本来副官は、経験豊富な者が相応しいが、祐二の場合、それだと完全に副官頼りになってしまう。
話しやすくかつ、祐二の成長が見込める者。
そんな思惑のもとで、若い女性副官が選ばれたようだ。
「トーラ副官ですね、話は聞いています。アルザス家の推薦だとか」
「はっ! 私の祖母がアルザス家から嫁いできました。その縁で、カムチェスター家に所属させていただいております」
トーラは赤毛の女性で、25歳。
やや真面目すぎる雰囲気があるが、遠征に出ればまた違った面が見られるかもしれない。
祐二の副官だが、もちろんベテランも配属されている。
ただ、今回の遠征では、トーラのみが乗船している。
「よろしく頼むね、トーラ」
「はっ、光栄であります」
緊張しているのか、トーラの動作や口調が職業軍人を思い起こさせる。
「そういえば、バラム家は遠征から帰還した?」
「小型船と中型船が何隻かドックに戻ってきたようです。本船はまだ戻っておりません」
「そうなの……? けど、先行した船が戻ってきているなら、もうすぐだろうね。こっちの準備はどうなの?」
「本日中には出航準備が整う見通しです。明日出航すると、基地には伝えてあります」
「分かった。確認はすべて任せる。問題があったら教えてくれ」
「了解しました!」
トーラは靴の踵を鳴らしてから敬礼した。
やはりトーラは軍人か、その家系の出身だろう。




