064 ソーリアの話
学生寮の談話室。
祐二とミーアはソーリアと面会し、エリーのことを聞いた。
とくにエリーが実家で何をしていたのか。
どんな話をしていたのかなど、生前のエリーについてミーアはよく質問した。
ソーリアは、実家でのエリーの様子を思い出しつつ、穏やかな表情で語った。
彼女が島で何を経験したのか、これから何をしたいかなど、それは希望に満ちあふれたものだったと。
次第に彼女がまだ小さかった頃の話に移り、エリーがどんな少女だったのかを一語一句噛みしめるように語った。
「帰省したとき、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと……? そうね、帰ってきたあの子は変わったわ。けど、知りたいのはそういうことではないのよね?」
「ええ」
ソーリアはしばらく考えてから、首を横に振った。
「大学に行く前は不安もおぼえていたわ。けどこの前戻ってきたあの子はとても明るく、不安なんてものは、最初からなかったみたいに感じられたわ。それくらい、充実していたのだと思うの」
家に帰ってもエリーはだれよりも早く起き、家の周囲を散策し、自然と触れ合っていたという。
何もすることがない日は本を読んで過ごし、午後は魔法使いとしての勉強に励む。
フィンランドの冬は曇りの日が多く、雪がちらつくこともある。
暖炉の側で一日中過ごすこともあれば、父親とともに森に入ることもあったという。
ソーリアと一緒に料理をし、両親が忙しいときは深夜まで家畜の世話をする。
日々の暮らしを楽しみ、骨惜しみせずよく動いたという。
「学校がはじまったら、またみんなに会える。そのときまで実力を高めておくんだと言っていたわ」
ソーリアの声が震えた。あのときを思い出したのだろう。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
話がエリーの亡くなった日に近づく前に、ミーアがそう言って質問を切り上げた。
「ユージさんやミーアさんのことは聞いていたわ。とても楽しそうに、この島での生活を振り返っていたの。あなたたちからみて、あの子はどんなだったのかしら」
「俺は彼女がミーアと一緒にいる姿をよく見ていました。最初はよく話す元気な人だと思いましたが……よく知るうちに、実は物静かで思慮深く、控えめな性格なんだろうなと思うようになりました。本来の彼女の性格はそっちだったのかなって」
ミーアと一緒にいるときといないときで、性格が正反対だったと祐二は思っている。
元気なエリーの姿は、活発なミーアに合わせたゆえのことだろう。
周囲を巻き込むミーアと一緒にいるのならば、そのくらい元気な方がいいと判断したのかもしれない。
そういう臨機応変さが彼女にはあった。
ときどき見かけるエリーは、騒ぐのをよしとせず、とても落ちついていた。
ミーアがアウトドア派ならば、エリーはインドア派。
ミーアが外を走り回るのが好きならば、エリーは室内で本を読むのが好きなタイプ。
二人が反発せずに一緒にいられたのは、そういう差異があったからかもしれない。
今さらだが、祐二にはそう思えた。
それを正直に伝えた。
「そうね……あの子は昔から大人しくて真面目。近所に同年代の子がいなかったから、普通の子がするような遊びは経験していなかったわ。だからいつも一人で何かをしていたの。でも、人と交わるのが嫌ってわけじゃなかったんだと思う」
つまり、一人になる時間が多かったせいで、そういう性格になったが、環境が違えばまた、べつの面が見られたのだろうと。
「私が知っているエリーは、何事にも好奇心旺盛で、知らないことがあれば、進んで調べにいくタイプでした。とても勉強ができたんだと思います。私の知らないような知識を持っていたり、自分で考えついたことを話してくれたりしました」
「……あの子はいつも何かを考えていたものね。主人がそんなタイプなの。そういうところは似たのかしらね」
「あと、茶目っ気がありました。軽いイタズラなんですけど、それで私も驚かされたことがあります」
コッソリと近寄って驚かすこともあれば、黙って跡をつけるなんてこともしたらしい。
それはたしかに茶目っ気のある行為だ。
祐二も意外そうにミーアの話を聞いた。
「そうなの……やっぱり、聞いて良かったわ。あの子の意外な一面を知ることができたみたいだし」
それはソーリアの本心だろう。
大学に通い始めるまでずっと一緒に暮らしていたこともあり、娘のことは何でも知っていると思っていたとしても不思議ではない。
たった半年だが、大学での生活で彼女の違った一面が開花したのかもしれない。
ソーリアは、ミーアの話からそれを感じ取ったようだ。
「今日はどうもありがとう。明日まで荷物の片付けをしてから、国に帰ることにするわ。もし近くに立ち寄ることがあれば、連絡をちょうだい。歓迎するわ」
「はい。そのときはよろしくお願いします」
こうして、ソーリアとの顔合わせが終わった。
次の日の夕方。
ソーリアは予定通り、島を出て行った。
祐二は大学の授業があり、見送りには行けなかった。
教室では相変わらず、教授の長い話が続いている。
祐二はスマートフォンをそっと取り出す。
画面に映し出されたのは、エリーと一緒に写った写真。
写真の中の彼女は、元気よく笑っている。
だが、彼女はもういない。
特別科の校舎は、一般の学生が入れないところにあるため、堂々と魔法に関する授業が行われたりする。
今日の授業内容は、概念体についてだ。
「……では今から、ビデオを見ることにしましょう」
教授はリモコンを操作する。
上からスクリーンがおりてきて、窓のカーテンが自動で閉まる。
こういうところはハイテクだと祐二は思う。
プロジェクターから魔界の映像が映し出された。
「これはビデオカメラを使い捨てにして撮影したものです。貴重な映像ですね」
なるほどと祐二は思った。電子機器を使い捨てにすれば、短い時間でもこういう記録を残すことはできるのだ。
「魔素は非常に小さな質量しかなく、また非常に高速で移動することが知られています。そしてあまりに透過性が高い。魔素を捕獲しようとしても、入れ物を突き抜けてしまうくらいには、小さくて速いわけですね。そのため魔界で撮影するには、時間が勝負となります。持ち込んだ機材が壊れるまでが、撮影時間となるのです」
これは機材の破壊覚悟で魔蟲を記録したものらしい。
「よく見てください。みなさんの多くはまだ、魔界に赴いたことがないと思います。あれが魔蟲です」
以前祐二が魔界で見たのと同じ、甲虫型の侵略種が映っていた。
「そろそろ攻撃を加えます……始まりましたね」
魔蟲ははぐれなのだろう。一体だけしか映っていない。
小型の魔導船が近づいて、攻撃を加えた。
「えっ!?」
思わず祐二は声をあげた。
「あれはロケットランチャーです。見てください。着弾したあと、どうなりましたか?」
ロケットランチャーから発射された弾は、魔蟲の甲羅の部分に吸い込まれただけだった。
教授が映像をスロー再生したことで、何がおきたのか理解できた。
魔蟲の体表面に弾が潜り込んでいる。
魔蟲の体表面はまるで水面のようだ。
撃ち込んだ弾は魔蟲の体内に消え、穴は波紋を残して塞がってしまった。
「このように、ロケットランチャーを撃ち込んでも、魔蟲にはダメージを与えることはできません。拳銃や大砲で撃ったとしても、結果は変わりません。……もっともそれらもまた、使い捨てですけどね。ただこれで分かったと思います」
教授が何を言いたいのか分かった。
概念体である侵略種には現代兵器が効かないと言われているが、たしかに映像を見れば、一目瞭然だ。
「大昔、地上に現れた魔蟲を剣や槍で攻撃した記録が残っています。効果はありませんでした。この事実は、覚えておいてください。ヤケになって無謀な攻撃をしても、絶対に倒せません」
授業を受けている全員が、その事実を知っているはずである。
だが映像を見せられ、効果がないことをこの目で確かめたからだろう。教室が微妙な雰囲気に包まれた。
「彼らを滅することができるのは、今のところ魔導船による攻撃のみです。いいですか、もう一度言いますよ。概念体には通常攻撃は効きません。魔導船の攻撃のみが、彼らを滅せられるのです」
ここは特別科のAクラス。
卒業後はどこかの家に所属し、魔界で活動することになる。
つまりここにいる全員が、数年後には、通常兵器が効かない相手と戦うことになるのだ。
たしかに魔法使いは、現実世界で特権を享受している。
だが、前線に立ち続けなければいけないのも事実。
魔法使いは、かくも因果な職業ではなかろうか。




