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062 エリーの死

 エリーの死という衝撃的な話が飛び込んできても、大学の授業は通常通り行われる。

 学生たちは何事もなく、授業に出席している。


 世界を救えるのは、魔界に赴くことができる魔法使いのみ。

 ひとときの感傷に浸っているわけにはいかないのだ。


 特別科の授業は一種独特で、その大部分を魔界や魔法、そして魔法使いや概念体(ケーファー)侵略種(インバジブ・アルテン)の解説に充てられる。


「今日は、第29番魔界から行ける第29ー54番魔界について話をします」

 老境に差し掛かった教授が、これまでの遠征で分かった魔界の状況を話してくれる。


「200年ほど前、私たちの祖先は、第29ー54番魔界に砦を建造しました。『はじまりの地』を探索するのには、どうしても前線基地が必要だったからです」


 魔界に充満している魔素(まそ)のせいで、電化製品の寿命はすこぶる短い。

 精密な機器になればなるほど、それが顕著となる。


 どうやら魔素は、時折、わずかな電流を通すらしく、使用しているうちにショートしてしまう。


 電池やモーターを使った電化製品は数日で動かなくなるし、精密機器などは、数時間で使いものにならなくなる。

 教授の話は続く。


「大昔は、第0番魔界から砦まで水や食料を運ぶ魔導船と、砦から遠征に向かう魔導船を分けて運用していました。この役割分担によって、より遠方へ遠征することが可能となったのです。ですが、いまではその方式は採られていません。理由は二つあります」


 特別科の校舎は一般の学生から完全に隔離されたところにあり、こうして大っぴらに魔界についての授業が行える。


 魔法使いたちを一箇所に集めて、共通の知識を与える。

 叡智大の特別科は、叡智の会が考え出した苦肉の策であろう。


「相変わらず、冷蔵庫などの家電は持ち込めませんが、水や食料品の保存方法が飛躍的に改善されたのです。真空パックの水や食糧が出てきたことによって、長期の遠征にも耐えられるようになりました。缶詰、レトルト食品、ペットボトルの水、生鮮野菜の代わりに錠剤で栄養補給が可能ですからね」


 教室内が、「なるほど」という雰囲気で満たされた。

 大昔はビタミン不足による脚気(かっけ)も頻繁におこったのだろう。


 現代技術様々である。

「それともう一つですが、200年前に比べて、稼働している魔導船の数が減ったからです」


 栄光なる十二人魔導師が『はじまりの地』から持ち帰った魔導船の数は全部で十二隻。

 現存しているのは、そのうちの八隻のみ。


 この200年の間に限定しても、二隻の魔導船が大破と自壊している。

 一番新しいのだと、数十年前に魔導船が自壊している。


 稼働する魔導船が減れば、必然的にできることも少なくなってくる。

 地球の防衛を疎かにできない以上、遠征が割を食うのは当然の結果だろう。


「現在、常時二隻の魔導船が、二カ月かけて遠征を行っています。砦の運用を再開させ、より遠くへ探索できる体制を整えた方がいいのではないか。そういう話も挙がっています。みなさんが魔導船の乗組員になる頃には、そのような運用方法も実用化されるようになっているかもしれませんね」


 教授がそこまで話したところで、本日の授業は時間となった。

 祐二が帰り支度をはじめていると、ミーアが寄ってきた。


「さっきの授業のあれね。教授が挙げた二つの理由以外にもあると思うのよ」

「砦が使われなくなったってこと?」


「そう。教授は砦がまた使われるかもって言ってたけど、私はどうかなって思う」

「砦のような中継地点があれば、食糧や水の確保のために戻ってこなくていいし、便利だと思うけど?」


 登山などではベースキャンプを設置し、少しずつ身体を慣らしながら山頂へアタックしていく。

 遠征を登山にたとえたら、ベースキャンプに相当する砦の存在は、あった方が便利である。


「200年前と今では、魔法使いの数が圧倒的に違うでしょ。砦に常駐できるほど、魔法使いに余裕があると思う? 私には、そこまで余っているとは思えないのよね」


「ああ……なるほど」

 魔法使いの数が減っているのは、この業界では常識らしい。


 カムチェスター家でも同じで、昔は船長になれるほどの魔力を持った魔法使いが、同じ時代に複数いたという。


 科学技術が発展し、人々の生活が豊かになったおかげで、人跡未踏の地はなくなり、神秘は薄れ、魔法という存在そのものがお伽話の中だけになってきている。


「そもそも魔法使いの数が足りてたら、私たちに声がかかるはずがないもの」


 魔法使いは欧州にもっとも多く存在しているのは、昔も今も変わらない。

 だが、叡智大には北米や南米、アジアなどからやってくる者が増えた。


 彼らは巫術(ふじゅつ)や呪術を使う。

 欧州の魔法使いとは系統が違うものの、魔素を体外に放出するという一点においては、同一の存在である。


 世界中にいるそういった者たちを探しだし、魔法使いとして認定し、厚く保護しているのが叡智の会や叡智大である。

 そうしなければならないほど、魔法使いの数が減ってしまっているのだ。


「たとえば砦に数十人の魔法使いを常駐させるとして、交代要員を入れたら100人くらいは必要かな? 簡単に用意できるとは思えないのよね。それでもし、砦が魔蟲に襲われたら大変だから、中型船は残しておくでしょ」


「そうだね。魔法使いの命はとにかく貴重だって習うし、撤退用に全員が乗れる船を砦に残しておくだろうね」


「それなりの数を残そうと思ったら、結局遠征班が一つ増えるようなものだし……やっぱり現実的じゃないと思うのよ」


「だったら、長期遠征と通常の遠征で分けて、そのときだけ使用するというのは?」


「うーん、まあ、それだけなら大丈夫かな。結局、魔界に行ける人の数は魔法使いの数って決まってるわけだし、限りあるリソースをどこに割り振るかだけなのよね。だから、効率的に動かさないと……と思うわけ」


 祐二はミーアの意見に頷いた。

 この場合、リソースとは魔法使いの命だ。たしかに効率的に使っていくべきである。


 そこを精神論で誤魔化したり、マンパワーで力押ししても、結局どこかでボロが出る。

 少なくとも、余裕を持った運用を心がけない限り、不意のアクシデントで、一気に傾くことも考えられる。


「つまり、先人が無理と判断して廃棄した砦を再び運用するのは難しいとミーアは考えるわけだね」

「まあ、そうね。本部がどう考えているのか分からないけど砦を復活させても、ただ疲弊して終わるだけじゃないかな?」


 砦を再開させる作戦は、ミーアの頭の中では失敗が確定しているようだ。

「なら、どういうのがいいんだろう」


「さあ……私には分からないけど、きっと昔のやり方はもう、通用しないのよ」

 ならばと祐二は、新しい魔導船の運用方法を考えてみたが、すぐにいい案は浮かばなかった。




 授業がはじまって、二週間が経った。

 エリーの死という衝撃的な事件も、表面上は落ち着きをみせた。


 Aクラスはいつもの状態に戻っている。

「ねえ、ちょっといいかな」


 ミーアが祐二の隣に座り、小声で話しかけてきた。

「どうしたの?」


 周囲を伺うようなミーアの仕草に、祐二の声も小さくなる。


「今日、寮を出るときに言われたんだけど、二日後、エリーのご家族が、私物を引き取りに来るみたい。私は会うつもりだけど、ユージも来る?」


「うん。女子寮だよね。俺は入っていいの?」


「ロビーの隣に談話室があって、そこまでなら平気よ。それが無理でも外で会えばいいんだし……どうやらエリーのご家族も、こっちでのことを聞きたいみたい」


「そうなんだ。考えることは、同じ……なのかな」

 ミーアは寮の管理人に、エリーの関係者から連絡があったら知らせて欲しいと頼んでいた。


 彼女の死は衝撃的でもあったし、いまだ信じられない。

 彼女について、少しでも知っておきたい。そんな思いから、祐二とミーアは、遺族がきたら会って話したい旨を寮の管理人に告げていたのだ。


「オーケー、じゃ、祐二のことも管理人さんに言っとくね。二日後なら、授業は三時限までだし、夕方になる前には行けるでしょ」


「うん、分かった。頼むよ」

 それで話が終わったのかと思ったが、ミーアがまだ祐二の顔を見ている。


 まだ他に話があるのかと、祐二が待っていると。

 ミーアはさらに声を潜めて、こんなことを言った。


「香港の爆弾テロのあと、この島の住人を何人か退去させたって言ったでしょ」

「爆弾……ああ、ロイワマール家を狙ったテロのことだよね」


「そう。あれ、いつ頃だったかしら」

「十一月の中頃だったと思うけど、あれがどうしたの?」


 あの時、ヘスペリデスのテロだと分かった時点で、祐二は一度、カムチェスター家に呼び戻されていた。

 その間、ケイロン島でテロ対策として、不審な住民がいないか、大規模な精査が行われたという。


「エリーが殺されたって言う人がいるの」

「殺された!?」


「シッ、声が大きいわよ」

「ご、ごめん……でも、どうして?」


「この島にまだ、前回の捜索を逃れた人がいて、エリーがそのことに感づいたから……」

「まさかっ……でもその話、一体どこから?」


 祐二が小声で問いかけると、ミーアはそっと視線を後ろに送った。

 釣られて祐二もミーアの後方を見る。


 そこには、Aクラスの面々が楽しそうに話していた。

「まさか……このクラスでそんな噂があるの?」


 問い返す祐二の声は、まるで聞こえないでくれと願うかのように、あまりに小さかった。

 だが無情にも、ミーアは小さく頷いた。


「ひとの命に関わることだし、クラスでもほとんど知っている人はいないわ。だからいまの話、みんなには絶対に内緒よ」

「……分かった」


 真剣な顔で言われて、祐二は黙って頷いた。

 表面上は真面目に。だが、祐二の心は乱れたままだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ミーアなー、祐二からしたら頼れる先達ですが読者視点だとその言葉を信じていいのか怖いところありますねえ
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