059 まさかの再会
一月五日。
ついにヴァルトリーテとユーディットがドイツに帰る日がやってきた。
もちろん祐二も同行する。
「お世話になりました」
「いえいえ、いいのよ。それになんだかいろいろ戴いちゃって、かえって申し訳ないわ」
祐二宅に滞在することが決まった後、ヴァルトリーテは本国ドイツに連絡して、如月家に贈り物を届けさせた。
執事のベラルトが選んだだけのことはあり、申し分ないほどの質と量の贈り物が揃えられていた。
父親の史継も本場ドイツのビールを直輸入してもらって、ご機嫌だったりする。
「じゃじゃーん! 正月休みがこれっぽっちもなかった比企嶋が参上しましたよ」
「自虐ネタですか?」
たしかに比企嶋は年末年始、毎日如月家に来ていた。社畜の鑑である。
もちろん、真似したい気持ちはこれっぽっちもない。
「自虐というより、開き直りですね。これを期に飛翔したいと考えていますよ。それでは皆さんを空港にご案内します」
便利なアッシーくんと化した比企嶋の車に乗って、祐二、ヴァルトリーテ、ユーディットの三人は空港に向かう。
「祐二くん、久し振りの実家はどうでした」
運転中、助手席に乗る祐二に、比企嶋は話しかけた。
「実家は……まあ、いろいろありましたね」
祐二は苦笑する。
ヴァルトリーテとユーディットを家族に紹介した。
両親を驚かせたことに関しては申し訳ないと思うが、昨年、カムチェスター家関連で祐二は驚かされてばかりだったのだ。
それに比べれば、まだマシであろう。
友人と会えた。
秀樹は相変わらずだった。夏織とも会えた。しかも二人きりで。
秀樹に送った写真が、なぜか夏織や麗のところへ回っていたのには驚かされた。
半年後、夏織は間違いなく叡智大へやってくる。そのときが楽しみであり、怖くもある。
ユーディットと出かけた。
あちこち観光できて、とても楽しかった。
みんなで二年参りもした。
ユーディットの着物姿も拝めた。眼福だった。
お台場でテロに遭った。
年末年始で一番の事件といえばこれだろう。
犯人はいまだ特定されていない。
報道はなおも続いているが、続報はないようで、コメンテーターがぐだぐだと持論を述べているばかりだ。
一つ一つが思い出深いものだったが、総じて「慌ただしい年末年始だった」ということになるだろうか。
いつもと大違いである。
「今後、こういうことが増えるかもしれませんよ。……あれ? どうしました、祐二さん、頭を抱えて」
「い、いえ、もう少し穏やかに生きたいですね」
「なるほど、穏やかに『逝きたい』ですか。枯れ果ててますね」
「比企嶋さん、何か勘違いしていません?」
「いえいえ、ちっとも」
そんな会話をしつつ、車は空港の駐車場へ到着した。
「チケットはこれです。さあ、トラベラーズチェックを受けてください。……って、みなさん、荷物が少ないですね」
「俺はもともと少ないですし、ヴァルトリーテさんたちは航空便で送ったみたいです」
「なるほど、用意周到ですね。……おやっ?」
向こうから歩いてくる人物がいた。
「どうしました、比企嶋さん……あれ?」
それは祐二のよく見知った人物だった。
ヴァルトリーテとユーディットも気付く。
「……ユージ!」
「フリーデリーケ? どうしてここに?」
やってきたのは、カムチェスター家にいるはずのフリーデリーケだった。
「だってユージが大怪我をしたってお母さんが……それでいてもたってもいられなかったの」
「怪我って……腕を擦りむいたことかな。血も出たけど、いまはそれほど気にならないよ」
「そうなの? 祐二はテロの爆発に巻き込まれて大怪我を……お母さん?」
フリーデリーケに睨まれたヴァルトリーテは、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「フリーダ、家から出られるようになったのね」
「だって必死で……」
「良かったわ。そう思うわよね、ユージさん」
「えっ? ええ……、フリーデリーケさん、一人でよく来られたね」
「ベラルトがチケットを手配してくれたのよ……もしかして私、騙された?」
フリーデリーケは、祐二が大怪我をしたと聞いた。
それでいてもたってもいられず、日本に来てしまった。
大怪我というのは、もちろんヴァルトリーテがついた嘘。執事もそれに乗った形だ。
ではなぜ、フリーデリーケはそれを信じたのか。
母親がそう語ったこともあるが、半ばパニックになって祐二に確認を取ることを失念していたのだ。
執事のベラルトは、あえて指摘しなかった。それどころか。
「すぐに日本行きのチケットを用意いたします。お嬢様はお着替えになってください」
そんなことを言われれば、「分かったわ」と言うしかない。
祐二を心配するあまり、疑問を抱かずにここまで来てしまったようだ。
「あ~~そうそう、最初、大怪我に見えたのよ。でも実際は違っていたみたい」
ヴァルトリーテはしれっとそんなこと言った。
「……お か あ さ ん?」
フリーデリーケの発音は、いつもと違っていた。
日本語にすれば、巻き舌になっている感じだろうか。
「敷地の外に出るたび、体調不良をおこしていたわりに元気そうね」
「それはだって……他に心配することがあったから」
フリーデリーケは祐二のことが心配で心配でたまらなかったのだ。
それはようやく見つかった魔導船の船長が失われるのを怖れたのか、それとも……。
「でももう、大丈夫そうね」
まんまとヴァルトリーテの手の平の上で転がさたフリーデリーケは、一人で日本にやってきた。
心の病は外から分からないものだし、またすぐもとに戻ることも考えられる。
だが今回の成果は、大きな自信に繋がると祐二はみている。
もしかすると、これを期に普通の生活を送れるようになるかもしれない。
(どんな理由にせよ、フリーデリーケさんが外へ出られたのは、よかったんだろうな)
「しかし祐二さん。モテますねえ。ユーディットさんだけではなく、フリーデリーケさんまで落としてしまったのですか」
「何を言ってるんです、比企嶋さん。俺は落としてなどいませんよ」
「いえいえ、祐二さんの怪我を心配してここまでやってくるなんて、健気ではありませんか。これは夏織さんもウカウカしてられませんねえ」
「ちょっと比企嶋さん!?」
なぜここに夏織の名前が出てくるのか?
比企嶋を黙らせようと祐二が行動を起こすより早く、これまで静かだったユーディットが祐二の右手を取った……と思ったら、フリーデリーケも左手を取った。
つまりいま、左右の腕が塞がっている。
「ねえユージ。カオリって、だれ?」
「私もすごく気になります」
カムチェスター家の宗家と分家の優秀な魔法使いは、祐二の腕を放さない。
祐二はどのような形にしろ、カムチェスター家に入ることが決まった。
だが、それがどんな形になるのかは、未定である。
にもかかわらず、ここでカムチェスター家以外の女性の名が出てきたのだから、穏やかではいられない。
「え、えと……」
祐二は、この元凶をつくり出した比企嶋を睨む。
祐二は、はやくこの事態を収拾しろと、目で訴えかけた。
比企嶋は、分かってますよとウインクし、「まあまあまあ」と二人を宥めにかかる。
「ユージさんを責めてもしょうがありません。手を離してあげてください」
比企嶋に言われて、フリーデリーケもユーディットも指の力を緩めた。
「ふう~……」
アザになっていないだろうかと、祐二は腕をさする。
「この方は、壬都夏織さんと言いまして、祐二さんのイイ人? に一番近い感じでしょうか」
比企嶋はポケットから取り出したスマートフォンを二人に見せる。
画面を覗き込む二人の表情は真剣。
祐二は反対側にいるため、画面を覗き込むことができない。
だが、何が写っているのかはすぐに理解した。
「ずいぶんとビューティな淑女ね、ユージ」
「とてもキュートだわ。そう思うでしょ?」
「そ、そ、そうだね」
ギンッと祐二は睨まれた。
「この方は来年、叡智大の特別科に入学されます。フリーデリーケさんと同学年になりますね!」
比企嶋は余計な情報をプラスし、「どう? 完璧でしょ」と祐二に向かってウインクする。
「へえ……そうなんだ。叡智大の特別科に……ね」
ユーディットの声が低くなる。
「なるほど……そういうことですか」
フリーデリーケは何かを悟ったような顔をした。
「というわけで、私はこの辺でドロンさせていただきます。ユージさん。また今度」
「ちょっ、比企嶋さん!?」
比企嶋は、忍者が印を結ぶポーズをしたあと、スタコラサッサとこの場から逃げ出してしまった。
手を伸ばして固まる祐二を残して……。