056 ユーディット、ステージへ
イベントステージ近くでユーディットとはぐれたら、なぜか彼女がミスコンのステージに上がっていた。
本当になぜ?
胸元に『13番』のゼッケンがついている。
おそらくスタッフから手渡され、空気を読んだユーディットが一緒にいた参加者の真似をしたのだろう。
そして本人はいま、自分がどんな状況に置かれているか、まったく理解していないに違いない。
「すみません! いまあのステージにいる13番なんですけど、正規の参加者じゃないんです。日本語が分からないから、周囲に流されちゃったんだと思います」
スタッフの一人を見つけて祐二が説明するも、係員は「えっ?」と言ったっきり固まってしまった。
「いまの話、本当ですか?」
スタッフが何人か、集まってきた。
「さっきまで俺と一緒にいたんですけど、人混みではぐれて……彼女、ドイツ語しか理解できないんですけど」
「まいったな。ステージに上がる前に説明したけど、日本語が理解できなきゃ、それも意味ないか」
さすがにスタッフも、こういう事態は、想定していなかったのだろう。頭を抱えている。
だれかが上の人を呼んできたので、祐二は同じ説明をする。
上司も驚いて、手元の資料をめくる。
参加者一覧の情報が書かれていて、13番のところには「染谷彰子』とあった。明らかに日本人だ。
「はぐれたと言ったね? なんで彼女は、出場者の控室にいたんだろう」
「着物専用の休憩所と思ったのでしょう。そのうち他の人たちが動き始めたのを見て、周囲の空気を読んで真似したんじゃないかと」
「なるほど」と、スタッフたちが顔を見合わせる。
「とりあえず本人確認を……」
「そ、そうだな」
一人が、参加者リストに載っている携帯電話の番号にかける。
通話時間は1分ほど。絶望的な表情で通話を切った。
「コンテストがあるの忘れてたから、もういいって……」
「じゃあ、あれはやっぱり……」
正規の参加者が勝手に不参加を決めて、迷子になったユーディットがたまたまその席についた。
周囲は着物女性ばかり。彼女たちと一緒にいた方が安心できると思ったのだろう。
ここに座っていて、祐二にメッセージで連絡すれば迎えに来てくれると考えたかもしれない。
そんな風に考えても不思議ではない。
その間、ミスコンの説明はあっただろうが、ユーディットはもちろん日本語が分からない。
結局、流されるままステージに上がることになってしまった。
「はい。次の方どうぞ!」
ユーディットの番がきた。
前の人と同じように、しずしずとステージを端から端へ歩く。
ステージ下に審査員がいるらしく、その前でアピールするようだ。
前の十二人に比べて、観客たちの歓声が大きい。
本人が美人であることもそうだが、明らかな西洋人が和服を着るというギャップが受けているのかもしれない。
観客に愛嬌を振りまく姿は堂に入っていた。
最初の緊張はどこへ置いてきたのか、「プロなのか?」と思ってしまうほどに自然体だった。
ステージ中央のマイクに向かうと、片目を瞑り、少しだけ甘ったるい声で「Hi!」と挨拶した。
「うぉおおおおおおお」と観客席が盛り上がる。
続けてユーディットは、ドイツ語で、「Guten tag」と告げると、また観客はおおいに盛り上がる。
ユーディットはここへ来た経緯を話す。
もちろん観客に意味は分からないが、静かに聞いている。
係員と一緒にその姿を見ていた祐二は、何事もなく進行して、ホッと胸をなで下ろす。
係員もここまで来てしまったら、強引にステージから下ろさない方がいいと判断したらしく、動く様子がない。
前の十二人は、自己紹介のあとちょっとした「何か」を披露していた。
さすがにそれはやらないだろうと祐二は考えていたのだが……。
ユーディットが口を閉じ、観客たちが何をするのかと見守る。
ユーディットは、ステージを一通り眺めたあと、「Der Letzte Abent」と呟いてから、おもむろに歌い出した。
年齢を感じさせない声量が観客席を包む。
伸びやかな高音に、だれもが引き込まれた。
ユーディットの歌声を聞いて、祐二は曲を思い出した。
「さらば故郷……これ、『故郷を離るる歌』だ」
日本の歌だと思っていたが、原曲はドイツなのだろう。
しぜんと日本語の歌詞が口をついで出た。
観客も同じだったらしく、はじめは小さく、しだいに大胆に……そして最後は大勢の人がユーディットとともに歌っていた。
ユーディットが最後まで歌い終わり、両手を掲げると、これまでで一番大きな歓声が轟いた。
二十人全員の自己紹介とアピールが終わった。
審査員が別室に向かう。これから審査を行うのだろう。
審査の時間を繋ぐように、ステージには今年デビューしたアイドルが立った。
アイドルが新曲を披露したらしいが、どうにも観客の反応は鈍い。
これはユーディットの後、14番から20番までのミスコン参加者も同様だった。
ユーディットのインパクトが強すぎて、霞んでしまったのだ。
今回の場合、いかなアイドルとはいえ、披露したのは新曲。
だれも曲を知らないことも相まって、とてもやりにくそうである。
「えっと、このまま彼女を連れて帰っては……」
「このあと結果発表です。いま帰られるのは、ちょっと……」
「そうですか……」
「すみません、これ、失敗すると、スポンサーにバックしないといけなくなるもので……」
バックするとは、スポンサー料の一部を返金することだろう。
「そうですか。スマホで連絡とってもいいですよね。本人も事情がよく分かってないと思うので」
「それはぜひ、お願いしたいです」
祐二はユーディットにメッセージを送り、係員とのやりとりを踏まえて、現状の説明をした。
ユーディットからは「何だかよく分からないけど、面白そうだから、それでいい」と返信があった。
「彼女から返事がありました。このコンテストに最後まで付き合うそうです」
「そうですか。助かります」
係員はホッとした顔をした。
アイドルの歌が終わり、司会者と二十人のミスコン参加者が再びステージに現れた。
「それでは結果発表いたします。まず、第三位から!」
ドラムロールが鳴り響き、一時期流行ったソフトクリームのように髪を盛った女性が三位に選ばれた。
派手な髪型が目を引いたのかもしれない。
「そして、第二位は!」
二位に選ばれたのは、大和撫子風の黒髪の女性。
落ちついて清楚な雰囲気が着物とマッチしたのだろう。
「栄えある第一位は!」
ドラムロールが鳴り響く。司会者が番号と名前を呼び上げようとしたその時。
――ドドーン!
爆発音と衝撃波。そして地揺れが会場を襲った。
「おわっ!?」
「きゃぁああああ」
「な、なんだ!?」
観客たちが慌てふためく。
――ドーン、ドーン!
対岸の工場地帯で黒煙が立ち上った。
「爆発だ!」
「テロか?」
「みなさん、落ちついてください。慌てると怪我をします!」
ざわめく観客を沈めようと、司会者が声を張り上げる。
その後も小爆発が何度かおきた。
お台場の海を挟んだ反対側、コンビナートのいくつかから炎と黒い煙があがっている。
工場の爆発らしいが、それにしてはおかしい。複数同時におきているのだ。
会場は騒然としだした。
落ちついている観客も多いが、我先にと逃げ出した者もそれなりにいる。
参加者の半分はすでに逃げているし、最初の爆発はもっと近いところであった。
ここも安全かどうか分からない。
「ユーディット!」
祐二はユーディットの手を取り、近くに引き寄せる。
その頃になると人の動きは活発になる。
工場で連続爆発など、通常ではおこりえないと認識したのだ。
これは人為的に引き起こされた何か。
ならばこのまま終わらないかもしれない。
人々は移動できるスペースを探して、右往左往しだした。
それに引きずられて、思慮深い者たちも浮き足だってきていた。
「きゃっ!」
激しく背中を押され、ユーディットが前のめりになる。
ユージは身体を入れ、ユーディットを庇う。
「うっ!」
コンクリートに肘をぶつけ、祐二は呻いた。
「ユージ!? 大丈夫?」
「肘を打ったみたいだ」
「大変、血が出てる。はやくお医者様に……」
「大丈夫……骨は異常ないから」
腕を曲げ伸ばしして無事をアピールするが、すりむいたところから、結構な量の血が流れ出ている。
しばらくハンカチで傷口を押さえ、血が止まるのを待つ。
「ユージ、さっきの爆発、テロかしら」
「分からない。ただ……人為的なものだと思う」
正月の三が日に工場が稼働しているとは思えない。
複数の場所で爆発事故が同時に起こることも、確率的にあり得ない。
人為的におこされたのでなければ、それはもの凄い低確率を引き当てたことになる。
祐二はそれをユーディットに説明した。
「この前、叡智の会から注意喚起が来てたわよね」
「うん。……もしかしてこれ、黄昏の娘たちのテロ?」
「分からないけど、可能性はあるかもと思って」
叡智の会が黄昏の娘たちの拠点をひとつ潰した。
その報復を叡智の会は警戒している。
今回の爆発が、黄昏の娘たちによって引き起こされたのならば、明らかなテロ活動である。
「ヴァルトリーテさんと連絡を取ろう。すぐにここを離れたいけど……」
みな考えることは同じらしく、人の流れは出口方面に向かっていた。
「すぐに出るのは難しそうね」
「渋滞で身動きが取れないところでテロに遭ったら大変だし、電車も狙われるかもしれない……こういう場合、どうすればいいんだ」
祐二は天を仰いだ。




