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055 お台場散策

「なんだこりゃ!?」

「なにこれ」


 祐二とユーディットは、ほぼ同時に声をあげた。

 なにしろそこは、人、人、人の群れだった。


 お台場に到着したのだが、駅前に集まる人混みに二人は圧倒されてしまった。

 歩くスペースがなく、前が空くのを足踏みして待っている状態だ。


「会場までまだ距離があるけど……ずっとこの行列が続いているのかな」

「正月だというのに……凄いわね」


 着物を着ている女性もいるが、彼女らはもみくちゃにされないよう、端に寄っている。


「多少時間がかかっても、安全な場所を歩こう」

 人の流れは中心へ、中心へと向かっているので、あえて外側をゆっくりと進むことにした。


 当然、時間はかかるが、前後左右から押されるということは防げる。

 結局、祐二とユーディットは一時間以上かけて、会場に入った。


「ステージにお笑い芸人が来るみたいだね。さて、まずはどこに行こうか」

 人気のお笑い芸人目当てに来た若者が多そうだ。


「ステージ方面は、止めた方がいいわね」

「そうだね。運良く近づけても、今度は出て行くことができなくなりそうだ」


「だったら、ショップに行きたいわ。友達にお土産を買ってあげたいし」

「なるほど、だったらこっちかな。人がステージの方へ流れているから、それに逆らって進む感じになるけど」


 祐二がユーディットの手を引き、人混みをかき分けて進む。

 しばらく歩くと、コンテナハウスが見えてきた。


 店舗の上に掲げられた看板がいくつも見えた。

「ここに入ってみよう」


 一番近い店に入ったが、予想通り、中は激しく混んでいる。いわゆるすし詰め状態だ。

 商品棚の前は戦場のようになっていて、左右から割り込もうとする人が後を絶たない。


 これでは、ゆっくりと商品を選ぶどころの話ではない。

「ここは何のお店?」


「テレビ番組の宣伝を兼ねたグッズ販売の店みたいだね。ここでしか買えないグッズもあるって書いてある」


「レジに行列ができているから、買うのはちょっと大変そうだわ」

「せっかく商品をとっても、買うだけでしばらく待たされるのか。別の店に行く?」


「そうね、もっと空いている店に行きましょう」


 次に向かったのは、タレントショップ。

 アイドルとしてデビューし、女優に転身して成功をおさめた芸能人がプロデュースした店らしい。


 薄手のピンクファッションに身を包んだ、等身大のパネルが店の入口に飾ってあった。

「ここ、すごいファンシー! ドイツじゃ、絶対にないタイプの店だわ」


 店の内装からして全部ピンク。

 並べられているグッズのほとんどがピンクということで、とても目立つ。


 人気はすでに全盛期を過ぎているためか、店内は比較的空いていた。

 ユーディットは、「こんなのドイツじゃ、絶対に売ってない」と、カラフルな小物を二、三点購入し、大満足だ。


 会場のスピーカーから、お笑い芸人のステージが始まったとアナウンスが流れた。

「みんなステージに注目しているだろうし、いまが一番空いているかな? 屋台へ行ってみる?」


「そうね。お腹も空いたし、何か食べたいわ」

「じゃ、適当に買ってくる」


 といっても、何を買えばいいか。

 ユーディットは着物姿なので、汁物やソース系のものは避けたい。


 悩んだ末、つまんで食べられるベビーカステラとミニサンドイッチ、ペットボトルのお茶を買ってきた。


「ユーディット、おまた……せ?」

 なぜかユーディットの周囲に空間ができていた。


 若い男女が取り囲み、写真を撮っている。

 ユーディットは彼らに合わせて、角度を変えてポーズを撮っていた。


「あっ、ユージ。おかえり」

「なにしてんの?」


「えーっと、写真? 撮りたいみたいだから、オーケーしたのね」

「うん。それは見たから分かる」


 電車内でもユーディットは目立ちまくっていた。

 二度見する大人や、ガン見する若者たちが続出していた。


 さすがに話しかけてくることはなかったが、かなりの注目を集めていたのは事実だ。

 お台場についたときでも、周囲の目を集めていたし、祐二が離れれば声をかける者が出てもおかしくない。


「そのうち周りの人も写真を撮り始めて、収拾がつかなくなった感じ?」

「あー、それも分かる」


「だから早く終わるように、ポーズとっていたの」

「そういうことか。でもそれって、キリがないと思うよ」


 二人はドイツ語で会話している。

 周囲で聞き取れる者はいないようで、「何話してるんだろ?」「芸能人かな」「女優じゃね?」「天使だ」という囁きが聞こえる。


「ここにいても目立つだけだし、行こうか」

「そうね」


 ユーディットは祐二の腕に手を回した。

 周囲から「ああ」とか「うう」という呻き声が聞こえる。


 それに気付いてか、ユーディットは微笑みながら、ゆっくりと周囲に会釈した。

 それだけで、彼女はこの場を支配してしまった。


 皆がぼーっとしている間に、輪を抜けて歩き去ったのである。




 着物を汚せないため、座ったり、寄っかかったりすることはできない。

 立ったまま食事をし、またブラブラと会場を散策する。


「あれはなに?」

 海沿いのボードウォークを歩いていると、巨大な像が目に入った。


「ああ、あれはロボットの模型だね」

「動くの?」


「いや、アニメに出てくるロボットを再現しただけだから動かないよ。放映開始して二十年だったかな。その一環で作製されたらしい」


「へえ、近くで見てみたいわ」

「じゃ、行ってみようか」


 ロボットの周りに人だかりができていた。ファンが集まり、撮影に余念がない。

 祐二はキャプションを通訳しつつ読み上げる。


「全長は三十メートルらしいね。分解して運び込んで、ここで組み立てたみたいだ。パーツはすべて十トントラックで運べるらしい。次の設営場所は静岡だって」


「日本各地を転々としながら展示して回るのね」

「そうみたいだね。グッズも売ってるし、いい宣伝になるだろうね」


 近くにテントが設営され、ソフビ人形やプラモデルが山と積まれていた。

 そこにもアニメファンが群がっている。


「ねえユージ」

「なに?」


 ユーディットの眉根が寄っている。

 視線の先には、プラモデルを吟味している大人たちがいる。


「あのロボット、子供向けのテレビアニメなのよね」

「そうだね」


「それにしては真剣な大人が多すぎると思うんだけど」

 というか、大人たちしかいない。


「たしかに子供向けテレビ番組なんだけど、まあ、日本文化(ジャパンカルチャー)の一つだね。子供向けだけど、他にも『おっきいお友達』がアニメを見ていると思えばいいかな」


「……そうなのね」

 今の説明で納得できたのか分からないが、ユーディットはそれ以上、追求することはなかった。


 店を見たし、土産物も買った。お昼を食べたあとは、巨大ロボットも見た。

 やり残したことはと祐二が考えていると、肝心なものを避けたままだった。


「そういえば、ステージに行ってなかったね。人が少なくなってきたし、行ってみようか?」


「うん」

「はぐれないように、手を繋ごう」


 祐二とユーディットは手を繋ぎ、寄り添うように歩く。

 すでにお笑いのステージは終わっており、ステージの上は無人。観客も散ってしまって、いまはいない。


 次の演目まで店を巡るか、屋台に出かけているのだろう。

「次のステージは、いつ始まるのかな。ちょっと看板の予定表を見てくる」


 看板の前に人だかりができていて、後ろから見ることができない。

 かといって、ユーディットを連れていくと、揉みくちゃにされる。


 祐二が一人で見に行くと……。

「きゃっ……」


 後ろの方で立っていたユーディットは、人混みに流されてしまった。

「ユーディット!?」


 たまたま横幅も身体の厚みもある男たちの集団がステージ付近を横切ったらしく、人の流れが変わってしまったのだ。

 祐二はすぐ戻ろうとしたが、力で押し返そうにも体格が違う。


 それどころか、行きたい方向とは真逆に祐二は押し流され、ユーディットを見失ってしまった。

「……やれやれ。集合場所を決めて集まった方がいいかな。メッセージを打つか」


 どこか目立つ目印はないかと周囲に目をやると、ステージに司会者が上がってきた。


「さあ、本日のメインイベント。『ミスター&ミセス&ミス・お台場コンテスト』の始まりです! 本日はコンテストの最終日。というわけで、『ミス・お台場』を決めます! みなさん、用意はいいですかぁ?」


 会場から大きな拍手が鳴り響き、司会者が笑顔で手を振り返す。


 先ほど祐二が見た演目表には、元日にミスター、二日目にミセス、そして今日はミスお台場を決めると書いてあった。

 どうやら、それが始まったようである。


「今回も選りすぐった20人の『ミス・お台場』候補に登場していただきましょう。さあ、どうぞ!」

 会場から「おおぉー」っと歓声が聞こえる。つられて祐二もステージを見た。着物姿の若い女性が次々と出てくる。


「ユーディット!?」

 後半に、ユーディットがオロオロとした表情で現れた。


「なにやってんの!?」

 祐二の知らないうちにエントリーしたのでなければ、迷子になったユーディットは彼女たちに紛れてしまったのだろう。


 ユーディットは日本語が分からない。

 ステージに上がってもいまだ状況が理解できないらしく、緊張した面持ちでキョロキョロしている。


 祐二は係員を探してステージの脇へ向かう。

「では、ひとりずつ前に出て、ステージを一周してもらいましょう。その後、自己紹介と得意技のアピールをお願いします」


 移動する祐二の耳に、司会者のそんな声が届いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] あらあら、カップルコンテストじゃなかっただけマシかもですが祐二の巻き込まれ運にユーディットが引き込まれましたかね
[一言] いざとなったら日本の魔法使いの力を結集してお台場のアレを動かして魔界に殴り込むとみました。
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