053 魔法使い 夏織の思い
巫女服姿の夏織は、真面目な顔をするととても神秘的で、触れることを躊躇わせるほどの神々しさを醸しだしている。
祐二の場合、直視することすら難しい。
そんな夏織が胸元から取り出したのはスマートフォン。
いまの神秘的な彼女が使用するに相応しくないアイテムだと、祐二は感じた。
夏織はスイスイと画面を操作して、それを祐二に見せる。
「下世話な話で申し訳ないけど、もしかしてこれ、カムチェスター家当主の娘さんかな?」
画面に映し出されているのはユーディットだ。
秀樹がファミレスで写し、夏織に送ったもの。
「いや、彼女は一族の人間だけど、ヴァルトリーテさんの娘じゃないよ」
「ふうん。じゃ次……この人たちは、叡智大のクラスメイトよね」
今度は、祐二に美女たちが群がっている写真が出てきた。
ミーアが面白がって撮ったものだ。
「そ、そうだね」
「本当に下世話な話で申し訳ないけど……彼女たちのだれかと、お付き合いしている?」
そんな事実はないので、祐二は首を横に振る。
夏織はふむふむと頷きつつ、祐二に近づく。
「政府から、壬都家は叡智の会寄りと言われているわ」
「えっ? あっ、そんな話を聞いたことがある……けど、なんで急に?」
話がとんで、祐二は目を白黒させる。
「過去、侵略種が地球……地上と言えばいいのかしら。そこに現れたことが何度かあるのね。私たちは大厄災と呼んでいるけど、あれがもしまたおきたら、世界がひっくり返ると思うの」
「比企嶋さんも同じようなことを言ってたよ」
概念体である奴らには、現代兵器が効かない。人類が勝てるわけがない。
「現代兵器は役に立たないという事実を人々が知ったとき、既存の価値観が崩壊するかもしれないわね。叡智の会はそれを阻止するために存在しているし、私たちも協力している。日本政府の中でも、そこまで詳しく知っている人は多くないわ。だから、全面的に協力していないと思うの」
「でも、叡智の会に多額のお金を出してくれているんだよね?」
「クーデターによって政権が変わることもあるし、途上国はそもそもそんな余裕がないわね。必然的に、一握りの先進国が中心となって活動を支援してくれているって感じかしら。そういった他の国々は、漠然としたことしか知らない。だから今日という日常が、明日も続くと信じているのか、それとも信じたいのか。……彼らはこの世界を守ることを軽く考えていると、私は思うの」
「壬都さん?」
「日本政府が独自に魔法使いを抱えているわ。壬都家へも協力を打診してくるし……ねえ、それっていいことなのかな?」
祐二は温泉地でのあれこれを思い出した。
あの時、あからさまな取り込みに、旅行を途中で切り上げて帰還したのだ。
「日本の国益のために、政府が魔法使いを使っていることが問題?」
夏織は頷いた。
「職業選択の自由は大事だと思う。それでも大義は揺るがないと私は思うの。だから壬都家は政府の覚えが悪くても、叡智の会を第一に考える。いくら政府の要請があっても、私たちはその意志を貫き通すわ」
「……えっと?」
「半年後、私は叡智大に通うし、卒業してもしばらくは叡智の会所属で働くつもりってこと。大学卒業後は、魔導船を所有しているどこかの家に仕える感じになるかしら。できれば、小型の魔導船を操れるくらいにはなりたいわ」
「八家のどこかで働くんだね。いいことだと思うよ」
祐二は夏織に肘打ちされた。
「イテテテ……」
脇腹を押さえる祐二に、夏織の表情は冷たい。
「現存する栄光なる十二人魔導師の末裔は八家。その中から選ぶとすると……気心が知れたところの方がいいでしょ」
分かるわよねと、祐二を上目遣いで見る夏織に、ようやく合点がいった。
「もしかして……カムチェスター家に来るつもり?」
「私は如月くんが魔導船の船長になったって聞いて、真っ先にそれを考えたわ。だけどね……送られてくる写真はどれもこれも女の子ばかり。今日も一緒にいるっていうじゃない。もし目の前でいちゃらぶを見せつけられたら、さすがに考え直そうかと思うところだけど」
彼女さんじゃないって言ったわよね、違うのよね、私の聞き間違いじゃないわよねと、夏織は念を押してくる。
祐二は無言でコクコクと頷いた。
「そういえば、スーパースターも叡智大を受けるって聞いたけど」
話題を変えることになるが、思いついたことを聞いてみた。
強羅隼人は、叡智大まで追いかけるほど、夏織に好意を寄せている。夏織に執心していると言ってもいい。
夏織はそれをどう思っているのか。
「そうね。最近はかなり積極的なアプローチを受けているわ」
「……付き合うの?」
恐る恐る尋ねる祐二に、夏織は目を見開いて否定した。
「まさか! だって彼は、魔力持ちじゃないもの!」
魔法使いの少ない日本では、魔力を次代へ受け継がせるのは難しくなってきている。
それでも昔は修験者や修行僧、自然の中で生きている者などの中に素養のある者が生まれることがあったが、それも今は昔の話。
大厄災をおこさせないためにも、壬都家はしっかりと魔法使いの血を次代へ受け継がせるつもりだと夏織は言った。
「それじゃ、付き合う可能性は?」
「ないわ」
「まったく?」
あれだけ文武両道のイケメンだ。心が揺らぐこともあるかもしれない。
「まったくないわ。叡智大に行くことや、叡智の会で働くことは、私の小さい頃からの夢だったし。私の子……ううん、孫がそこに行くことも……だから私、魔力なしの人にはこれっぽっちも魅力を感じないみたい」
裏を返せば、相手が魔力持ちなら魅力を感じるということになる。
そしていまは元日というハレの日。しかも二人っきり。
「だったら俺とか、どう?」
そう尋ねることもできるのではないか? きっとできる! 祐二は生唾を飲み込み、そして……。
――ぴろろん、ぴろろん
祐二のスマートフォンが着信のメロディを奏でた。
ポケットから取り出すと、相手は秀樹。
このまま無視しようかと画面を眺めていると、夏織が小さく息をついた。
「時間だからそろそろ行くわね。いろいろ聞けて楽しかったわ。また会いましょう」
「あっ、うん」
「帰り道、分かる?」
「えっと、こっちだよね」
「そう。それじゃ、また」
「また」
結局祐二は、決定的なひと言が言い出せず、夏織と別れるのであった。
「遅いぞ、どこ行ってたんだよ。探しちゃったじゃねえか」
「参拝客が多かったんで、ちょっと人の少ないとこを探して歩いてたんだ」
「そっか。いまみんなと話し合ったんだけど、ファミレスでダベろうってことになったんだ。おまえも来るだろ」
「そうだね。いま帰っても中途半端な時間になるし」
「よっしゃ。んじゃそこで、ユーディットさんとの馴れ初めとか聞かせてもらうぜ。みんな興味津々だからな」
そう言って秀樹たちは歩きだした。祐二も着いていく。
ふと視線を感じて目をやると、麗が意味深な顔で祐二の方をじっと見ていた。
麗は手を口に当てて「ふふふ」と笑みを浮かべると、そのまま前を向いた。
――ドイツ カムチェスター家の屋敷
大晦日。
陽が傾き、そろそろ夕方になろうかという時間帯。
執事のベラルトは、屋敷内のセンサーが作動する音を聞いた。
(はて? 登録外の人間が屋敷内にいるですと?)
侵入者かと思ったが、即座に否定する。
屋敷の外と屋敷の庭には、人と機械が常に目を光らせている。
屋敷へ入るには、それらの目をかいくぐらねばならず、また屋敷の扉や窓はすべて鍵かかけられている。
各種防犯機能は独立しているため、手引きした者がいたとしても、すべてをかいくぐることは不可能である。
となれば、理由は一つ。
屋敷内にいるだれかが正規の手続きを踏まずに部屋に侵入したか、許可されていない機械を使用したか、権限のない場所へ入ったかである。
(ですが、念のため……)
代々カムチェスター家に仕えている彼は、こんなときでも慌てない。
素速く武器をチェックし終えると、各方面に「屋敷内に侵入者の可能性アリ」の警報を送る。
自らの端末を取り出し、アラートが反応した場所を特定する。
(当主様の私室ですか……ふむ)
武器を構えたまま気配を殺し、ヴァルトリーテの私室までゆっくりと歩く。
階段を上り、奥の部屋まで廊下を進む。
「……お嬢様?」
開いた扉の隙間からフリーデリーケの姿が見えた。
扉を完全に閉めないのは、ロックがかかるからだろう。
ベラルトの呟きが聞こえたのか、フリーデリーケが顔をあげた。
「あっ!」
フリーデリーケがしまったという顔をする。
「お嬢様……こんなところで、何をしておいでですか?」
フリーデリーケの場合、正規の手続きをすれば、ヴァルトリーテの私室に入ることができる。
ただし、記録が残る。
ヴァルトリーテが不在の場合、ベラルトにも報告がいく。
ゆえに自らの権限を使って、こっそりと侵入したのだろう。
それは分かった。ではなぜ、フリーデリーケがそんなことをしたのか。
「…………」
イタズラが見つかった子供のような顔をして、目を逸らすフリーデリーケ。
「当主様の留守を預からせてもらっております。理由をお聞かせ願えますか?」
ベラルトは端末に「異常なし、センサーの誤報」を打ち込みながら、やさしく尋ねた。
「あのね……写真が……届いたの?」
「写真?」
「日本だと、いま年が明けた頃みたいで……」
真っ赤になったフリーデリーケは、スマートフォンをベラルトに見せる。
「これはユーディット様と……祐二様?」
「一応ね、二人がどこにいるのかとか? 知っておいた方がいいかなと思って……ほんとよ。ほらっ、お家の場所を知っておくのは、何かあったときに、必要でしょ」
「当主様も行ってらっしゃいますよ」
「そうなのよ。だから……どこかにメモとかあるかなぁ……なんて」
写真には、祐二とユーディットが仲睦まじく写っている。
送ったのはおそらくユーディット。仲のよい姿を見せつけるためにワザであろう。
フリーデリーケはまんまとその術中に嵌まり、ここで祐二の実家の住所をこっそりと探していたようだ。
「祐二様の実家のご住所でしたら、私が知っておりますので問題ありません」
「……そう」
シュンとするフリーデリーケに、ベラルトは続けた。
「ですが、万一のこともあります。お嬢様にも知ってもらっていた方がいいかもしれませんね」
そう言ってベラルトは微笑んだ。




