052 新年あけまして
新年まであと少し。
松泉神社の境内は、人でごった返していた。
火が焚かれ、人々が暖を取っている。
屋台ではおみくじ、破魔矢、お守りなどが売られていた。
年が明けると、先着順で豚汁と甘酒が振る舞われるらしく、参拝よりもそっちが目的で来ている者もいそうである。
「もうすぐだぜ、準備はいいか」
時計を見ていた秀樹が声をかける。
「いよいよね」
何人かがスマートフォンに目を落とした。
周囲は相変わらずザワついているが、そこかしこからカウントダウンの声が聞こえはじめた。
「……サン」
「……にぃ」
「……いっち……せぇーのぉ」
「「「ゼロッ!」」」
その言葉と同時に、周囲から歓声があがった。
「あけおめ~」
「おめでと~」
「ことよろ~」
「ハッピーニューイヤー!」
「みんな~、今年もよろしく~」
「はっぴ、にゅう、いやん」
最後のはアレだが、みなで新年が祝われた。
「年が明けたのね。今年もよろしく、ユージ」
「うん、よろしく、ユーディット」
ユーディットの吐く息が白い。
「去年は、日本で新年を迎えるなんて、思ってもいなかったわ……あれ? ユージ。みんな何してんの?」
周囲が静かになったため、ユーディットが不審がっている。
みな、手にしたスマートフォンに集中しているのだ。
「あれはきっと『あけおめことよろメール』を出したり受け取ったりしているんだね」
「へえ、日本にはそんな風習があるのね」
「いや、どうだろ」
大勢が画面を注視しつつ、手早く入力をしている。
目の前の友人より、スマートフォンを通した友情を優先しているようだ。
祐二のスマートフォンも二度鳴ったので見てみたが、母と妹からだった。
「そうだユーディット。お参りの仕方を教えるね」
「お願い、ユージ」
「本式かどうかは分からないけど、みんながやっている方法なんだ。えっとね、まずお賽銭……お金を木箱の中に投入する」
「お金? ユーロでもいいの?」
「気持ちだし、いいんじゃないかな。そのあと神様に二回、礼をするんだ。こんな風に」
祐二は深々と頭を下げてお辞儀した。
「へえ、変わってるわね。……なんで二回?」
「これは礼拝と言って、神様に対する敬意かな。次にヒモを引っ張って、鐘を鳴らすんだ。ガランガランって、これも二回ね」
「そういえば、前の方で音が聞こえるね」
「うん。その後柏手……手を二回叩く。これは神様の気を引く意味があるらしい」
「そうなの?」
「うーん、よく分からないけど、そう言われてるね。これでようやくお祈りする準備が整った感じなんだ。あとはそっと手を合わせて祈る。そのとき、目を瞑って願い事をするといいよ」
「へえ、願い事ね。それは何でもいいの?」
「そうだね。願い事は毎年だから、その一年のことを願うといいんじゃないかな。今年も健康で過ごさせてくださいとか、受験に受かりますようにとかだね」
「なるほど。みんなは何を願っているの?」
「受験とかじゃないかな。あと恋人ができますようにとか、夢が叶いますようになんて漠然としたものを願っているかもしれない」
するとユーディットの顔がぱぁっと輝いた。
「そっか。じゃあ、私の願いは……」
「ああ、そうそう。願い事は秘するのが美徳らしい。人に言うと叶わなくなるって聞いたことがあるよ」
「へっ? なぜ願いを人に言うと叶わなくなるの?」
ユーディットはキョトンとしている。
「俺も小さい頃、親に言われただけだし、理由までは知らないけど、やはりみんな同じようなことを言ってたと思う。だから俺も人の願いは聞かないし、自分のも言わない」
「ふうん……お参りひとつとっても大変なのね。頭がこんがらかりそうだけど」
「うんまあ、流れ作業でするから、作法とかあまり気にしてないと思うけどね」
しばらくして順番が回ってきた。
ユーディットは「ええっと、次は」などと呟きながら、無事お参りを済ませた。
それを微笑ましく見ていた祐二や他のメンバーは、ユーディットがすべてをやりとげると「おめでとー」と拍手した。
「えっ? ええっ!?」
明らかに外国人と分かるユーディットが、たどたどしくも神式の作法に則ってお参りをしたのだ。
ユーディットに向けられた拍手が知らない人にまで伝播し、さざなみのように広がったのも頷ける。
「ユージ! なに? なんなの?」
鳴り止まない拍手にユーディットは祐二の腕を取り、戸惑った顔を向けるのであった。
参拝が終わったあとは焚き火にあたったり、境内で豚汁を受け取ったり、おみくじをひいたりと、みな自由に過ごした。
集まろうと思えばいつでも集まれるため、この時間はみな、バラバラに行動した。
「ちょっといいかしら」
麗が祐二の腕を掴んだ。
「えっ? いいけど、なに?」
麗はそれには答えず、秀樹の方を向く。
「ねえ谷岡くん、如月くんと少し話したいの。ユーディットさんお願いできるかな?」
「オッケー、まかせとけ。ナイトのように付き従うぜ」
「ユーディットさん、ちょっとカレを借りますね。ホラッ、如月くん。通訳して!」
「ユーディット、話があるみたいだから、行っていいかな」
「いいわよ。はぐれたら、呼び出すから」
「了解がとれたみたいね。じゃ、如月くん。行きましょう」
麗は祐二の腕をとってズンズンと歩いてしまう。
麗とは今回……というか日付が変わったので、昨日が初対面である。
存在は前から知っていたが、クラスが違っていたため、話すことはなかった。
夏織の隣によくいたため、視界に入ることは多かったものの、在学当時、彼女が祐二のことを知っていたとは思えない。
一体何の話があるのだろうと訝しみながらついていくと、どんどんと人気のない方へ歩いていく。
「なあここ、関係者以外立ち入り禁止って書いてあるけど」
「そりゃそうよ。参拝客にここまで来られたら、たまったものじゃないでしょ」
「俺たち、参拝客じゃないの?」
「いまは個人的な客だから平気なの。ほらっ、こっち!」
細道を通り、物置小屋の裏まできた。
「この辺に……あっ、いた。夏織、連れてきたよ」
「えっ?」
なぜかそこに、巫女服姿の壬都夏織がいた。
「参拝が終わったら、連絡する手はずになってたのよ。じゃ、そーゆーことでっ!」
「あっ、ちょっと!」
追いかけようと思った祐二の足が止まる。
祐二に用があり、麗を使って呼び出したようだ。
ここで用件も聞かずに去っては、連れてきた麗の面目も潰れる。
「壬都さん……えっと?」
「如月くんが日本に帰ってきたって聞いたの。友達といたんでしょ。呼び出しちゃって、ごめんね」
「いや、それはいいんだけど……壬都さんこそ、仕事はいいの?」
「毎年のことだし、朝までいるつもりだから、少しの間なら、休憩で抜け出せるの」
「朝までか、それは大変だね」
クラスメイトが以前、「元旦の午前四時頃が狙い目だぞ。アルバイトの大部分は帰ってるから、壬都さんと会える確率高し!」と言っていたのを祐二は思い出した。
「そもそも私は、氏子の対応がメインだから、日中から働いていたのよ。受験生なのに、ほぼ強制的によ。だからいま休憩したとしても、だれにも文句は言わせないわ」
松泉神社には、松泉会という氏子組織があり、大人たちが大晦日の夜から朝にかけて、屋台や物販、参拝客の整理など、色々な手伝いをしてくれるらしい。
彼らは準備のために日中からやってくるため、夏織はその相手をしていたそうだ。
「そうだよね、受験生なのに……って、叡智大志望だよね! 受験は夏でしょ」
世間一般の受験生はこの冬休みが正念場だが、九月入学の海外は違う。
まだ半年の余裕がある。
「まあ……そうだけど、気分的に?」
どうやら夏織は、その辺の所を分かっていて発言しているらしい。中々に強かである。
「そういえば、まだちゃんと挨拶してなかったね。あけましておめでとうございます」
「うん。あけましておめでとうございます。世間一般の略式で言われたらどうしようかと思っちゃった」
周囲で飛び交う『あけおめことよ』は祐二もさすがにどうかと思っている。
「それで話って?」
夏織は休憩中で、祐二は自由行動中の身。
だが、いつまでも悠長に話していられるとは思えない。
「そうそれ! 如月くん、聞いたわよ!」
突然、夏織はぷりぷりと怒りだした。
「えっと……何かな?」
祐二は半歩後ずさる。
「あの写真! いや、本題は違うんだけど……違わないかな? そうじゃなくって、ずいぶんと大学内でモテてるみたいね。そうじゃなくて、美人さんと一緒に里帰りって、故郷に錦を飾ったつもりかな? ああ、もう違う。えっと、そう……あれよ、あれ、魔導船のことよ!」
「話を整理してくれる?」
さすがになにを言いたいのか分からない。
「魔導船の船長になったって聞いたわ。どういうこと?」
なるほど、そのことかと、祐二は納得する。
「うん。だけどそういう話はちょっとここでも……」
どこにだれの耳があるか分からない。
すると夏織は「そういえば、そうね。だったら」とドイツ語で話し始めた。
「カムチェスター家のこと。日本を発つときは、何も言ってなかったじゃないの。どういうことなの?(ドイツ語)」
「それはそうだよ。俺だって向こうに着いてから知ったんだし(ドイツ語)」
「そんなはずないでしょ。魔導船は純粋なる血統によって受け継がれるもの。栄光なる十二人魔導師の子孫の中で、一定以上の魔力保持者しか、船長になることができないのよ!(以下ずっとドイツ語)」
「そうみたいだね。つまり俺の家って、カムチェスター家の血を引いていたみたいなんだ。それが向こうで判明した」
「血を引いていたみたいって、そんな他人事のような話……って、本当に知らなかったの?」
祐二は真顔で頷いた。
「それどころか、向こうも知らなかったみたいで、すごく驚かれたかな。慌てて調べたんだけど、そもそも俺の魔力って結構多いらしくて、去年、統括会が念のためって俺の親類を調べ尽くしたらしいんだ。けど、その時には血筋のことを含めて、カムチェスター家との繋がりは見つからなかったんだよね」
「統括会の調査でもカムチェスター家の名前が出てこなかったの?」
「そうだね。だから俺も含めて、だれもかれもが驚いていたってのが真相かな」
「そんなことあるはず……ねえ、どこで血が繋がっていたの?」
「母方の曾祖母が、当時のカムチェスター家当主の妹だったみたい。こっそり日本に来て、ひい爺さんと結婚して……だけど戸籍上はまったくの別人を使ったってオチ。統括会の調査でも漏れていたし、その人が一度も祖国に連絡を取らなかったから、向こうも知らなかったのかな。その人は行方不明のまま、忘れ去られていたみたい」
「そんなこと……あるの?」
「それがあるんだよ。驚いたことに母さんは、あの歳でドイツ人とのクォーターになってしまった。たしかに母さんの兄弟とかを思い返せば、日本人離れした顔だなと思っていたけど」
「……はぁ、そういうことなのね。慶子さんから話を聞いて、卒倒したわよ」
比企嶋と夏織は顔見知りで、それなりに親しい間柄だ。そこから話を聞いたようだ。
「知ってると思うけど、俺には拒否権がないので、雇われ船長やってます」
「というわけで、よろしく」と祐二は言った。
新年早々、夏織は呆れた顔をした。




