049 二人で東京見学
祐二とユーディットは、ソラマチにある小洒落たレストランに入った。
ユーディットは見た目が鮮やかなドリンクと色とりどりのサラダ、八種類のチーズを使ったチキン料理を頼んでいた。
「この店の料理……インスタ映えを狙ってるのかな?」
祐二がそう思うほどに料理のビジュアルが凝っている。
「ユージ、これ、おいしいわ!」
味の方も満足できるらしい。
「来て良かったかな」
祐二はハーフコースのランチを頼んでいる。あれこれメニューの中から選ぶ必要がないのがいい。
「店の雰囲気は明るいし、料理も細かいところまでこだわっていて、すごくステキね。本当に日本はすごいわ。来てよかったと思う」
角度を変えて料理の写真を撮ってから、食事を楽しんだユーディット。
ヒマになったのか、いまは祐二を写している。
これだけ喜んでくれれば連れてきた甲斐があったと思う祐二だが、実はまだスカイツリーには登っていない。
「食べ終わったら、展望台に登ろうか」
「日本一高い電波塔なんでしょ。行きましょう! ……あっ、でもペンギンのカフェも行ってみたいかも。それと水族館も」
「……降りてきて、時間があったらね」
ユーディットのような魔法使いは、今後、一生をかけて地球を守る。それが使命なのだ。だがいまのユーディットは、どこにでもいる女子高生と変わらない。
「なにこのエレベーター……光ってる!?」
「そうだね。雪景色かな。俺も初めて知ったけど」
スカイツリーの展望台に至るエレベーターに入ると、入口以外の三面に雪景色が描かれていた。しかも光っているのである。
「日本は、エレベーターの中もこだわるの?」
「こんなことしているの、日本全国の中でもほとんどないと思うよ」
軽く驚いた祐二だったが、エレベーターがスケルトンではなくて、少しホッとしていた。
たまにデパートで、ガラス張りのエレベーターがあるのだ。それで空高くまで連れて行かれたくない。
展望台に着いてもユーディットのテンションは高いままで、あちこち写真を撮ったり、観光客にお願いして、祐二とのツーショットを撮ったりと、十分に楽しんでいた。
地上におりたとき、ユーディットは顔を上気させたまま、「少し疲れたかも」と言い出した。
限界まで遊んで、突然寝始める幼児のようだ。
「じゃ、少し休もうか。静かなところがいいね」
小さな喫茶店に入り、ほっと一息つくと、ユーディットはスマートフォンをいじりだした。
こういう所は最近の女の子だなぁと、祐二が思っていると、画面を見つめていたユーディットの眉が寄る。
「どうしたの?」
「父からの報告ね。叡智の会が、黄昏の娘たちの拠点をひとつ襲ったみたい。それ自体は成功したんだけど、報復に出る可能性があるって……まあ、日本にいる私たちは関係ないでしょうけど」
黄昏の娘たちという名は、カムチェスター家にとっては鬼門だ。
黄昏の娘たちがおこしたテロで前当主が亡くなり、魔導船の後継者がいなくなる事態が引き起こされた。
彼らにも主義主張はあるだろうが、祐二にとってはただのテロ集団。
拠点が潰されたのは歓迎だが、報復を仕掛けてくるとなれば、穏やかではいられない。
「それは叡智の会からの連絡?」
「そうだと思う。重要な連絡は当主以外にも届くから」
このような連絡網は、侵略種の侵攻などを想定しているのだろう。
「なら、ヴァルトリーテさんの所にも届いているね」
「ええ。判断は当主に一任されているけど、カムチェスター家の場合、報復が来たら、迎撃しそうよね」
「わざと襲撃させて返り討ちにするの?」
「エルヴィラ様とか、やりそうじゃない?」
「……ありえるかも」
祐二は頷いた。たしかにエルヴィラなら、嬉々として反撃しそうである。大人しくしている姿が想像できなかった。
喫茶店で十分休んだあとは、次の目的地である築地へ向かった。
築地は外国人観光客に人気のスポットらしく、その姿が多い。
祐二も初めて来たこともあり、二人して大いに楽しんだ。
――鴉羽家 ヴァルトリーテ
祐二と一緒に日本に来たヴァルトリーテには、やることがあった。
クラリーナが嫁いでいった鴉羽家と接触することだ。
事前に祐二の母が連絡を入れていたため、訪問の話はすんなりと通った。
先祖の墓の場所を教えてもらい、ヴァルトリーテは、まずはそこへ向かった。
花屋で仏花を購入し、墓地にある桶に水を汲む。
ひしゃくを桶の中にいれ、墓へ向かう。
墓参りの作法は、すべて暗記してきた。
ヴァルトリーテは花を供え、ひしゃくで水をかけ、如月家から借りてきた線香を立てる。
それらの作業が一通り終わると、ヴァルトリーテは静かに手を合わせ、墓前で瞑想した。
クラリーナはドイツで魔法使いとして生まれ、日本に渡って、日本人として死んだ。
ここに眠る本人の心はいかばかりか。
これよりヴァルトリーテは、比企嶋と待ち合わせをしてから、鴉羽家を訪問することになる。
比企嶋とヴァルトリーテは、鴉羽家の門を潜った。
「思ったより小さい家」というのがヴァルトリーテの感想だった。
祐二の母清花から、大勢で暮らしていたと聞いていたので、もっと大きな家を想像していた。
「話は聞いてます。どうぞ、お上がりになってください」
応対に出たのは、五十代半ばを過ぎた女性。
家に上がると、廊下以外はすべて畳敷きだった。リビングではなく居間に通された。
「こちら、ドイツのカムチェスター家当主であるヴァルトリーテさんです」
比企嶋がヴァルトリーテを紹介する。
「どうもご丁寧に。鴉羽時雨でございます」
時雨は、清花の兄嫁にあたるらしい。
「血液の遺伝子検査が切っ掛けで、ドイツのカムチェスター家と如月家が親戚であることが判明しました。ですが、どこで血が繋がったのだろうと不思議に思ったわけです。そこで当時行方不明になっていたクラリーナさんが日本に来ていたのではないかと考え、調べることにしました。本日、お邪魔させていただいたのも、それが理由です」
「遠い所からご苦労様でした。主人から話は聞いてます。分かる範囲でお答えできるかと思います」
ヴァルトリーテのことを含めて、清花は何度か鴉羽家に電話し、事情を伝えている。
それによって、倉子とクラリーナが同一人物だと、ほぼ断定された。
「クラリーナさんがどうして倉子おばあさんになったのか、気になりますよね」
「ええ……」
比企嶋がそう答えるが、その辺の事情は統括会の調査で、ほぼ判明している。
「当時、あの外見でしょう? なにか止むにやまれぬ事情があったんだと周囲は思ったらしいですよ」
結婚前、クラリーナは自分のことをあまり話さなかったらしい。
それで周囲が勝手に「許婚から逃げてきた」「身元がバレたら連れ戻される」などと想像したようだ。
「建蔵おじいさんとも、結婚するつもりでなかったみたいですね。身を引くっていうんでしょうか。去ろうとしたのを建蔵おじいさんが引き留めたのが真相みたいです。事実婚でもいいんじゃないかと思っていたようですが、周囲の方々がいろいろと動いたようです。それで本人たちの思惑を外れて……が真相のようです」
時雨は少し困った笑顔を向けた。
婚姻届も周囲から言われて出したらしいが、ここで問題になってくるのが、クラリーナの出自だ。
本人は何も言わないが、態度からして家に知られたくないのはほぼ確実。
もしかすると、所在を突き止められてしまうかもしれない。ではどうすればいいか。
クラリーナや建蔵ではなく、周囲の者たちが真剣に考えたようだ。
「倉子として婚姻届を提出したのも、周囲の意見を受けて……だったのですか?」
比企嶋の問いかけに、時雨はゆっくりと頷いた。
「東京は空襲で何もかも焼け野原になってしまったでしょう? 近所にも家族ごと亡くなってしまった方が大勢いらしたんですよ」
東京大空襲で何もかもが失われてしまった。当然、結婚しようにも、戸籍など残っているわけではない。
自分はどこどこに住む誰々でと申請をして、はじめて戸籍が復活したという話もあるわけである。
「ご近所の娘さんが代役に名乗り出てくれて役所に……それで婚姻届を出したと聞いています」
すべては周囲の者たちの善意だったらしい。
知恵を絞り、意見を出し合い、代役を立てた。
そのおかげで、クラリーナは倉子としての人生を歩むことができた。
「戦後のドサクサだからこそできた荒技ですね」
「ええ、わたしもそう思います」
「日本に来た経緯について、何か分かっていることはありますか?」
この辺は、統括会の調査でも分からなかったところだ。
「さあ、その辺は聞いたことがないですが……そういえば」
「何です?」
「建蔵おじいさんは戦後、技術交流に来た同盟国の軍人さんと親しくやり取りしていたようですから、その繋がりかもしれません」
日本とドイツの間で技術交流が行われ、戦時中でも民間の行き来は多かったようである。
戦争末期になるとさすがに移動は困難を極め、大陸の港を経由して移動してきたらしい。
その中に紛れてしまえば、記録もなく、たしかに足取りを追うこともできない。
時雨は続けた。
「建蔵おじいさんはその辺の話も知っていたでしょうけど、周囲に話すような人ではなかったですから」
「なるほど、そうでしたか」
一通りの話を聞き、そろそろお暇しようと思ったとき、時雨から思ってもみない言葉が飛び出した。




