【閑話04】 秀樹のニヤニヤが止まらない(2)
本日は二話投稿します。
このあとに用語集あります。
九月。
高校三年生の二学期が始まった。
秀樹はいつものように登校し、視線で祐二を探すが、ハッとして頭を掻く。
今頃祐二は、地中海に浮かぶケイロン島で新たな学生生活を始めた頃だろう。
「あそこ、調べれば調べるほど、すげえ所だよな」
巷間に流れるもっともらしい噂は真実だった。いや、噂以上の内容もあった。
世界中から優秀な者たちが集まり、その中でごく一部の者しか合格し得ない。
エリート中のエリートが集う大学。それが叡智大なのである。
「部活も引退したし、いま一日十五時間勉強してるんだよ」
スーパースターの声が聞こえてきた。
陽キャの代表格である強羅隼人だが、その能力は本物。
勉強にスポーツにと、他の高校生を圧倒する実力を常に発揮するが、それは本人の努力もあるのだろう。
「もう受かったもんじゃねーの?」
とりまきの一人がそんな発言をする。
叡智大のことを詳しく調べていなかったら、秀樹も同じことを思っただろう。
「いや、家庭教師が言うには、まだ足りないってさ」
「マジで? そういえば、夏休みに家庭教師を増やしたんだっけ?」
「ああ、三人雇うことにした」
「マジかよ」
「すげーっ」
陽キャたちが一様に感心している。
たしかに隼人は有言実行するタイプで、今年の正月に叡智大を受けると決めてからは、脇目もふらず、邁進しているようにみえる。
「入試まで一年切ったからな。いまは五分の休みすら惜しいくらいだぜ」
大袈裟に言っているように見えるが、あれが隼人の本心だろう。
来年、夏織の知り合いは隼人だけ。
しかも周囲はすべて海という環境。
親しくなれないわけがないと、隼人は考えているのだ。
だからいまはその準備に全力を注いでいる。
そんな風に秀樹は思った。
チャイムが鳴り、担任がやってきた。
みなが席についたところで、担任の目が祐二の机に注がれた。
「突然だが、如月祐二は海外留学することに決まった。……もう日本を離れてしまったので、みなによろしくと言っていた」
教室内で「えーっ!」という声が上がる。
事前に知っていたのは秀樹くらいなのだろう。クラスの目が、出席していない祐二の机に注がれた。
(壬都さんの言った通りになったな。……でもなんで海外留学? 叡智大に行ったことが分かれば、学校の宣伝にもなるのに)
秀樹は祐二のことを自慢したい衝動にかられた。
だが叡智大を目指す隼人が同じクラスにいるのだ。
面倒事は避けたかったし、夏織と連絡先を交換したことを知られるわけにはいかなかった。
「そういうわけで、今学期から一名減った状態でスタートすることになった。まっ、すぐに慣れると思うし、おまえたちは受験という大事な目標もある。あまり人のことにかまけている時間もないだろう。話は以上だ」
ホームルームが終わり、各自教室を移動し始める。
秀樹も、「えーっと、次はなんだったっけな」と時間割を確認していると、隼人たちの会話が聞こえてきた。
「そういえば、木更津だっけ? 留学したヤツ。なんか、顔を思い出せないな」
隼人がそう言うと、周囲の陽キャたちが笑う。
「影が薄いんじゃ、消えたって分からねえな」
「いてもいなくても同じって担任も言ってたし、そんなもんだろ」
秀樹は「いや違う」と食ってかかりそうになった。
担任は、人のことを心配したり、詮索するよりも自分を優先しろと言っていたのだ。
「でも海外留学か。それって逃げだよな」
ポツリと隼人が言う。
「逃げ?」
陽キャたちの反応が薄い。
「留学って聞こえがいいけどさ、ようは留年と同じだろ」
「海外だと単位にならないんだっけか」
「帰ってきたら、三年生をやり直すのか。嫌だなそれは」
「そもそも、本当に海外に行ってるのか?」
「ああっ、そうか。休み中に何かやって……それで留年ってこともあるんじゃね?」
「それを海外留学と言い換えたと」
「来年だと、俺たちは卒業してるし、バレないし……そういうことか」
「なるほどなあ。じゃ、逃げも合ってるな」
ぎゃははははと笑い声が教室に響く。
最初こそ秀樹は、理解のない態度に憤ったものの、あまりに的外れな言い分を聞いて、逆にニヤニヤが止まらなくなった。
祐二は昨年、高卒認定試験に合格している。
つまり本来ならば、高校に通う必要がなかったのだ。逃げなんてとんでもない。
そしてもうひとつ。
祐二は海外留学ではなく、海外の大学に進学している。しかも叡智大だ。
叡智大に通うために、スーパースターがいま、必死になって勉強している。
スーパースターが必死になって越えようとしている馬鹿高いハードルを祐二は楽々と越えた……どころか、ハードルの存在すら理解していないだろう。
つまり、隼人がもし来年、叡智大に通うことになったら、祐二が一学年先輩として接することになるのだ。
そのとき、隼人がどんな顔をするか、秀樹は想像して、「これは絶対にバラすのは止めよう」とあらためて心に誓った。
(勝手に逃げたと思っていろ。そして来年、思い知れ!)
人の悪い笑みを浮かべて、秀樹は教室を出て行った。
教室ではまだ隼人が、家庭教師がいかに優秀か語っていた。