045 そして父親は結論をくだす
翌朝、史継は祐二をリビングに呼んだ。
父と子、久し振りに二人だけの会話である。
「昨晩、母さんとよく話し合った。結果を話す前に、まず聞きたい。おまえはどうしたいんだ?」
今日の父は、いつもより凜々しい。三割増しといったところだろうか。
真剣な表情の父を見て、祐二も居住まいを正した。
「俺は向こうの……カムチェスター家の一員になろうと思ってる。最初言われたときは驚いたけど、今では納得しているし……それは俺が必要とされているってことが大きいかな」
魔法使いや魔導船のことは父親にも内緒だ。
だが、それ以外であれば、言えることもある。
「それが自分のやりたいことなのか?」
「そうだね。いまではそう思ってる」
「そうか……母さんは喜んでいたよ。おまえを必要としてくれる人が現れたってな。だけど同時に、おまえが我慢してるんじゃないかって、心配していた」
この二年、祐二の身の回りにおきたことは、普通とは言い難い。異常なことだ。
高校に通いながら、努力に努力を重ねて語学を習得し、卒業を待たずに海外の大学へ進学した。
だけどこれは、祐二が望んだことではなく、周囲の圧力があったからだ。
大学に進んで半年、ようやく帰ってきたかと思えば、他家に入るよう望まれているという。
親ならば、心配するのは当然だ。
「やりがいっていうのかな。求められて、それに応えることが純粋に嬉しいと思う。だから、後悔はないよ」
「そうか。それだったら、父さんも母さんも賛成だ。おまえの人生なんだ。精一杯、好きなように生きなさい」
「ありがとう父さん」
「……それにしても、ウチとドイツの貴族様が親戚だなんてな、いまでも信じられん」
「でも間違いないみたい。さすがに遺伝子は誤魔化せないからね」
「いま思い返せば、母さんの実家の人たちは、どこか日本人離れした顔立ちだったな。だが、日本人でもそういう顔立ちの人はいるから、別段気にしなかったが……」
「ヴァルトリーテさんはこの後、鴉羽家に行くみたい」
「そうか。ご先祖様がドイツから嫁いできたんだろ? どういう人だったんだろうな……そういえばおまえ、ユーディットちゃんと結婚するのか?」
不意の質問に、祐二は咽せた。
「それは分からない……というか、そこまで頭が回らないよ」
「不義理だけはするんじゃないぞ」
「うん。分かってる」
「分かっているならば、父さんはこれ以上何も言わない」
やはりいつもより少しだけ凜々しい。祐二はそう感じた。
史継は仕事へ行った。今日は仕事納めらしく、同僚と飲んで帰るらしい。
祐二は、今朝父親とした話をヴァルトリーテに伝えた。
「これでひとつ楽になったわ」
祐二の両親から許可が得られたことは大きいとヴァルトリーテは喜んだ。
そして早速、祐二の母清花を連れて、鴉羽家へ挨拶に向かうという。
「えっ? でも会話は大丈夫なんですか?」
「ちゃんと通訳をお願いしてあるから、平気よ」
比企嶋に仕事として通訳を依頼してあるという。
問題はユーディットだが、それは祐二が東京を案内することで話がついている。
勝手にとはいえ、祐二を追ってきたのだから、帰るまでは面倒を見るべきだろう。
スカイツリーや浅草寺など、外国人旅行者が喜びそうなところを考えていた祐二だったが、ユーディットから言われたのは、意外なひと言だった。
「祐二が育った学校とか見てみたいな」
「近所だよ? ただの学校だし」
「それがいいのよ。祐二がどんなところで育ったか、興味あるから」
というわけで、小学校から順に見ていくことになった。
祐二はネットで小学校を検索し、代表番号に電話をかけた。
見学を申し込むと、すぐに許可が出た。
どうやら卒業生の見学申し込みはたまにあるらしい。
「身分証を持参の上、お越し下さい」とのことだった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
祐二とユーディットは出発した。
最近の小学校は、地域に根ざした活動を旨としているらしく、学校内に地域活動室を設けるくらい、地元に気を使っていた。
「教育学部に進んだ大学生などが見学に来ますね」
案内してくれる事務の人から、そんな話を聞いた。
大学で課題を出されて、取材に来たりするらしい。
放課後ならば、校舎を案内することもあるのだとか。
「そうなんですか。六年ぶりに来ましたけど、あまり変わってないですね」
職員室で来賓カードに名前を書いたところ、祐二が叡智大に通っていることに大層驚いていた。
連れてきたユーディットを見て目を見張り、祐二がドイツ語で会話していたことで、さらに驚いていた。
いまは冬休み中であり、授業はない。
ただし学校の先生の大部分は出勤してきている。
長期休みに教師の研修が集中しているため、来てない先生も一定数いるらしい。
校舎をゆっくりと見て回る祐二は、いろいろと新鮮だった。
「ねえ、ユージ。調理場があるけど、ここはなに?」
「ああ、給食室だね。ここで生徒分の昼食を作るんだよ。どの小学校にもあるよ」
「どこで食べるの?」
「教室に持っていって、そこで配膳してから食べるんだ。ユーディットのところは、そういうのなかった?」
「学食ルームってのがあるの。AからCまで三つのルームがあって、そこに昼食が載ったプレート皿が用意されていて、それで食べるのよ」
「へえ、そうなんだ。日本だと自分たちで配膳するし、食べ終わったら片付けてまたここまで持っていくんだ」
「日本人らしい几帳面さね。そういえば、生徒が校舎の掃除をするのよね。ドイツでは清掃業者が入るから、そういうのはやらないわ」
「そういえば、そうだったね。自分の教室も掃除しないの?」
「ええ、全部業者がしているわよ」
「そっか。日本だとハイスクールを卒業するまで、毎日掃除するんだけどね」
「だって、生徒がやったら、業者の仕事を取ってしまうもの」
それで生計を立てている人がいるのだから、任せるべきらしい。
さもなければ、何万人もの失業者が出てしまう。
「日本の場合、もとからそういう業者はいないかな。通常の掃除だけじゃなくて、ワックスがけも自分たちでするし」
「変わってるわね」
毎日の掃除は全国共通。
これを業者に任せたら、かなりの雇用が創設されるが、どうしても祐二は、そのやり方が日本に合うとは思えなかった。
やはり、自分たちが汚した場所は、自分たちで掃除すべきなのだ。
このような感じで、ユーディットとの会話は日本とドイツのお国柄の違いが中心となった。
小学校の見学が終わり、礼を言って退散する。
さあ次は中学校へと思ったところに、秀樹から連絡が入った。
「だれ?」
「地元の友だち。こっちに帰ってきたときに連絡したんだけど……久し振りに会いたいって書いてある」
「祐二の友だちなら、私も会いたいわ。というか、会わせて!」
「いいけど……あいつ、冬期講習に出てるって言ってたような」
秀樹は工業系の大学へ進学を希望した。
昨年までは高卒で叔父の工場を手伝うつもりでいたが、急遽目標を変えたのだ。
「工場で働くのは大学に通いながらでもできる。それに知識を得ておいて損はないからな」とは、秀樹の弁である。
勉強嫌いの秀樹だったが、心境の変化があったあとは、かなり頑張っているようである。
「講習が終わった夕方に会うことになったよ」
「そう? 楽しみだわ」
ユーディットは微笑んだ。
――私立船越女学院 如月愛菜
それは、祐二が帰省した翌日のこと。
学校の授業が終わり、帰り支度をはじめた如月愛菜のところへ、仙道摩耶がやってきた。
「ねえ、愛菜。このあと、昼カラしない? 美保子たちもオッケーだって」
昼カラとは、デイタイム料金で遊ぶカラオケのことである。
かなりリーズナブルな料金体系が組まれているため、高校生に人気が高い。
摩耶の後ろに五人ほど固まっている。
昼カラに行くメンバーだろう。
「ごめんね、摩耶。ちょっと家の用事で、帰んなきゃいけないの。また誘って」
「いいけど、せっかくの午前中授業じゃん。部活もないんでしょ? ……てか、家の用事?」
愛菜の通う私立船越女学院は明日終業式で、その後も部活が入っている。
今日は久し振りの休息日だったのだ。
「お兄ちゃんが帰ってきたから……」
摩耶が首を傾げた。愛菜の兄が帰ってきたことと、愛菜が早く帰ることの因果関係を見いだせなかったのだ。
「ブラコン?」
安直な答えだが、まずそれが思いついた。
「違うの。お兄ちゃん、外国の大学に入学したから、帰ってくるの久し振りなの」
慌てて説明する愛菜に、周囲から「外国の大学」「なにげに優秀?」という声が漏れる。
「それじゃしょうがないわね。でも……外国の大学なんて珍しいわね」
「どこ大? アメリカなの?」
「わたしたちが知ってるとこ?」
「お兄さんって、何歳?」
「高身長? イケメン?」
がぜん興味が湧いたのか、摩耶をはじめ、何人かが一斉に質問をはじめた。
愛菜はアワアワして摩耶に助けを求める。
「いいじゃん、言っちゃいなさいよ。自慢の兄なんでしょ?」
「自慢……できるようなお兄ちゃんじゃないんだけど」
「でも大学が外国ってだけで凄いわね。ネイティブ並みに英語を話せるの?」
「英語とドイツ語なら自在に話せるみたい。普通に通訳とかしてるし」
「ちょっとぉ、それ、エリートじゃん。優良株よ」
「ここはぜひ、もっと詳しい話を」
「……と言ってるけど、愛菜のお兄さんのことはわたしも知らないわ。どこの大学に行ってるの?」
「えっと……地中海にある叡智大に通って……ひゃぁっ!?」
瞬間、愛菜の両腕両肩がガシッと掴まれ、前後左右で囲まれた。
「その話、KU・WA・SI・KU!」
「ねえみんな……目が……マジだよ」
その後、滅茶苦茶説明させられた。




