044 押しかけ女房? ユーディット
比企嶋がなぜユーディットのことを知っているかといえば、祐二の情報を取り寄せたとき、そこに名前があったからである。
「叡智の会の旧本部で魔法を教えた方ですよね」
比企嶋がそう囁いたので、祐二は苦笑して頷いた。
「それじゃ、雑談はここまでにしたいけど、いいかな」
日本語が話せないヴァルトリーテとユーディットがいるため、ここまでずっと祐二が通訳をしてきた。
それを比企嶋にバトンタッチし、本来の目的を果たすことにした。
家族が頷いたので、祐二は改めてユーディットの方を向く。
「ドイツにいたとき、ユーディットとも知り合って、いろいろ世話になったんだ。とくに俺の知らないしきたりとかもよく教えてくれた」
「そうか……息子に変わって礼を言う」
史継が頭を下げる。
「その上で聞きたいんだが、息子を追いかけてきたみたいだけど……それはどうして?」
比企嶋がそれを通訳する。
「彼女は、祐二さんと一緒にカムチェスター家の屋敷で新年を迎えるつもりだったようです。ところが日本に行ってしまったと聞いて、追いかけた……それと、日本の祐二さんの家族にご挨拶!? あっ、失礼しました。みなさんに一度、会ってみたいと思っていたみたいです」
「はあ……そうですか」
祐二の横で黙って座っているユーディットは、楚楚とした美人にしか見えない。
だが、本来の彼女は、かなり元気なタイプである。
グイグイ行く肉食系と言い換えてもいい。
「ねえ、あなたがカムチェスター家に入るっていうのは、この子も関係するの?」
母親が絶妙なところを突っ込んできた。
祐二には答えづらい話題だ。それを律儀に通訳する比企嶋。
「ユーディットさんは、どちらでも構わないそうです」
「どちらでもというのは?」
「えっと、祐二さんと結婚してアルザス家を継いでもいいし、カムチェスター家に祐二さんが養子に入ったあとで、嫁いでもいいと言ってます」
「「「…………」」」
家族の視線が祐二に集中する。
いつの間にそんなことになってたんだ? と目で訴えかけている。
「あっ、ヴァルトリーテさんがですね、自分にも娘がいるから、その心配はいらないと言ってます……祐二さん、これ、三角関係ですね。どうするんです?」
比企嶋が余計なことを言った。
「ヴァルトリーテさんの娘さん? そういえば昨日、そんな話も……」
「フリーデリーケさんといいまして、祐二さんと同い年ですね。ユーディットさんは、祐二さんより一歳下です」
「はぁ……海外は進んでいるんだな」
祐二は否定したい衝動にかられたが、何をどう説明しても理解してもらえそうにないので、諦めた。
「なあ祐二、その……フリーデリーケさんってのは美人なのか?」
「それ、いま関係ないよね?」
「いや、兄として確認する義務がある」
「どんな義務だよ……比企嶋さん、通訳しなくていいからっ!」
祐二が止めたが、時すでに遅く、ヴァルトリーテがスマートフォンからフリーデリーケの写真を健一に見せた。
「おおおおおおおおおおっ、何て可憐な!」
「すごーい。天使みたい」
健一と愛菜が奇声を上げるくらいには美人らしい。
「どれどれ父さんにも……これはたしかに、現実味がないほどの美少女だな」
「アンタは……その、この子とユーディットさんのどちらかと結婚するってわけ?」
「いや、そういう話はまだ……」
「一族にはまだ他にも、祐二さんの候補がいるそうです」
「のおおおおおおお!」
祐二は頭を抱えた。この家族会議は必要とはいえ、とても心臓に悪い。
「うちの子、こんなにモテたかしら?」
「息子がモテていた……? ありえないだろ」
「ねえな」
「ないない。だって、お兄ちゃんだよ」
「そうよねえ……天地がひっくり返っても、そんなこと無かったわよねえ」
「母さん、天地がひっくり返ってもってのは酷いんじゃない? 比企嶋さん、訳さなくていいからっ!」
そんな感じで脱線しながら、家族会議は進んだ。
結局、どのような形にしろ、祐二をカムチェスター家の一員にしたいという思いは伝わった感じだ。
「よし明日、結論を出す。それでいいかな」
めずらしく史継が、父親らしいことを言った。
「そんなにすぐ決めていいの? 父さん」
さすがに明日結論を出すのは、早計過ぎないだろうか。
「健一と愛菜には昨日聞いた。このあと夫婦で話をする。わざわざドイツから来てくださったんだ。ぐずぐずしてもいいことはないしな……というわけで、メシにしよう」
家族会議は、脱線を入れても二時間ほどで終了した。
今日の夕食は母親が腕を振るうことになった。
ちらし寿司と天ぷらを揚げていた。
スーパーで買ってきた刺身を綺麗に盛り付け、みなで夕食となった。
今回は比企嶋も参加している。
「オトウサン、ゴイッパイ」
ユーディットにビールを注がれてデレデレしている史継。
「腕の振るい甲斐があるわ」と料理する清花。
ヴァルトリーテに「女を磨く方法」を聞いている愛菜。
久し振りの母の手料理に食が進む祐二。
とても賑やかな団欒となった。
健一と愛菜が顔を合わせながら、「我が家の食卓じゃないみたいだな」「そうね。盆と正月が一緒に来たみたい?」と話し合っていた。
ヴァルトリーテに続き、ユーディットも泊まることになった。
夕食のときにユーディットが史継にビールを注いでいたのも関係しているだろう。
デレデレかつへべれけになった史継は、「いつまでも泊まっていきなさい」と一も二もなく宿泊を勧めていた。
さて困ったのは寝室である。
如月家はそれほど大きくない。家族も多いため、余っている部屋がないのだ。
ユーディットも祐二と同じ部屋を希望したが、それはさすがにNG。
結果、祐二が健一の部屋へ行くのは変わらず。
ヴァルトリーテとユーディットが祐二の部屋で寝ることになった。
風呂上がり、アップ髪のユーディットを見て、健一がなんとも複雑な顔をしていた。
「最近のおまえ、何かおかしくないか?」
布団の中で、健一が祐二にそんな話をした。
「そうかな?」
「抽選に選ばれたことといい、おまえにだけ追い風が吹いてるぞ」
「あー、そう思うのも分かるけど、俺にはどうしようもないことだから」
祐二としてはそう言うしかない。本当に、自分の預かり知らないところで色々決まってしまっているのだ。
「あんな綺麗な子まで追いかけてくるって、普通じゃないだろ。代われるものなら、代わりたいぜ」
そんなことを言う健一だが、無理なのは承知している。
祐二は叡智大に通っており、英語とドイツ語が話せる。
すでに健一と成り代われないくらい、環境が違っているのだ。
「自分じゃ、どうしようもできない運命って、あるよね」
「妙に達観しているな。外国に行っている半年の間に、何かあったのか?」
「視野が広がったのは確かだね」
この半年間、何かあったどころではないが、家族といえども、それを説明することはできない。
「そっか……俺も海外留学を考えておけば良かったかな」
将来は政治に携わる仕事に就きたいと、常に頑張っている健一である。
政治だけでなく、法律や経済のこともよく学んでいる努力家だ。
アルバイトと勉強で、留学する余裕はどこにもないのを祐二は知っている。
それどころか、健一は学生時代のコネも大切だと、多くのサークルに顔を出していて、ボランティア活動にも積極的にしている。
健一は、一般の大学生に比べて、かなり忙しい日常を送っているのだ。
そのせいか、専門分野の成績は中の上から上の下。
語学にいたっては、英語の読み書きはできるものの、会話となると途端に怪しくなる。
いま留学に出た場合、すべてが中途半端になり、向こうで語学に難儀することになりそうだ。
そもそも健一の予定に、海外留学は含まれていないし、そのお金もない。
「兄さんは兄さんの道があるじゃないか。俺は……とくに目標もなかったから、諦めもつくし」
捨てるような夢は持っていない祐二が、魔導船の船長となったのは、如月家にとってよいことではなかろうか。
(あれ? とすると、今日のユーディットさんはなぜ?)
寝る前に、祐二はふとそんなことを思った。
一般人を羨ましいと思っているユーディットがなぜ祐二を追いかけてきたのか。
ユーディットがやりたいことと、祐二との生活は、同じ直線上にあるのだろうか。




