041 そして帰国
十二月の中旬。大学は、もうすぐ長期の休みに入る。
「えっ、ハワイで年末年始?」
「そう。ユージくんをぜひ実家に招待したいと思って!」
ミーアが祐二を実家に誘ってきた。
「ミーアの実家って、あの……観光客が立ち入り禁止になっている?」
「そっちは無理だから、オアフ島の方ね。そこにも小さな家があるのよ。日本人は、ハワイで正月を過ごす人が多いんでしょ?」
「それは芸能人と一部の富裕層だと思うけど、俺は……実家に帰らなきゃ。報告することもあるし」
実はいまだ、カムチェスター家のことを家族に話していなかったりする。
魔導船の船長となったことで、祐二は将来、ドイツに常駐することになる。
というか、年の半分は地球にいない。
カムチェスターの一族に入ることも、ほぼ確定している。
実はそのことをまだ、家族に伝えていない。
メールや電話で話せる内容ではないのだ。
しかも、どういった形で一族に入るのか、いまだ決まっていない。
その辺の微妙さも相まって、日本の家族には伝えていなかった。
というか、どう伝えようか、悩んでいるとも言える。
比企嶋からも、できれば年末年始、日本に来て欲しいと言われていた。
ゆえにせっかくミーアが誘ってくれたのだが、今回ばかりは実家を優先せざるを得ない。
「そっかぁ、残念だなぁ。エリーも実家に帰るのよねえ、そうだよね?」
「そりゃ、帰るわよ。だって年末年始でしょ。家族と過ごさなきゃ」
欧米人は、新年を大事にする。
その大事な新年を家族と一緒に過ごすのは当たり前のことらしい。
「そうだよね……まっ、仕方ないか。招待は、次の機会にね」
「うん。ごめんね」
ミーアが離れていったあとで、祐二は今後のことを考えた。
(帰省すれば家族と話ができる。ちゃんと結論を出さないとなぁ)
先日、比企嶋からのメールに、日本政府からの要望が添えてあった。
所属は日本のまま、魔導船の船長にならないかと統括会に打診がきているらしい。
メールには「それなりにいい条件を提示するって言ってるけど、気にしなくていいわよ。中指を立てるなら、私のいないときにね」とあった。
比企嶋は……もしくは統括会は、その提案に前向きではないのだろう。
政府に取り込まれるのを嫌っているフシがある。中指はアレだが。
またカムチェスター家も、叡智の会を通して、日本政府に書面を送ったようだ。
書面にどのようなことが書かれていたのか祐二は知らないが、祐二の所属についてのことだろう。
比企嶋いわく「早く決断しないと、揉めることになりますよ」とのことだった。
(叡智の会と日本政府が揉めるのは困るし……本当に決めないとだな。頭が痛い)
魔法使いのことは家族に秘密だが、それを省いても、ある程度の話はできる。
とにかく実家に帰って家族と話し合おう。
そう祐二は考えるのであった。
帰省する決意を固めた祐二だが、ここでネックとなるのが、祐二が魔導船の船長だということ。
船長はいつでも連絡がつき、居場所を明らかにしておかなければならない。
「……というわけで、冬休みに入ったらすぐに帰省しようと思います」
祐二はすぐにヴァルトリーテに連絡を入れた。
当初の約束通り、帰省のチケット代は日本政府持ち。
実際には比企嶋が手配して、その代金を政府に請求するらしい。
年明けには戻ってくるので問題ないと、祐二はヴァルトリーテに説明する。
最近あったテロのせいで、ヴァルトリーテは祐二の身の安全を心配している。
それでもヴァルトリーテは反対しなかった。
帰省する日と、ケイロン島を離れる時間を聞かれたくらいだ。
「えっとですね。たしか、帰省する日が……」
祐二は聞かれるまま、質問に答えた。
そんなこんなで、ついに祐二が帰省する日がやってきた。
忘れ物がないよう、すでに四度、荷物の確認をしている。
「えーっと、これが家族への土産で……これは秀樹にだよな。よし、完璧だ」
ほぼ身一つで来たため、持ち帰る物も少ない。
荷物のほとんどは、土産物で占められていた。
さあこれから島を離れるぞ、という段になって、ヘリコプターがやってきた。
ヴァルトリーテが迎えに来たのだ。
「島を出る時間を聞いてきたのは、これだったんですね。わざわざ来てくれて嬉しいですけど、フライトまで時間はあるし、船でゆっくり向かってもよかったんですけど」
「それはだめよ。ユージくんの安全のためにも、ここは叡智の会の専用ヘリを使わせてもらうわ。それともう一つ、私が迎えにきた理由があるの。分かるかしら?」
「迎えに来た理由ですか? ちょっと分からないですけど」
祐二は首を傾げる。
「それは……これよ!」
ヴァルトリーテは背後に隠していたチケットを祐二に見せた。
「えっ? それって飛行機の……」
「ふふっ、どうかしら? もう、分かっちゃった?」
祐二と同い年の娘がいるのだが、ヴァルトリーテはまるで少女のようにはしゃいでいる。
「もしかしてそのチケット……日本行きの……ですか?」
「正解! 私も一緒に日本へ行くわ。同じ飛行機で、しかも隣の席で!」
なぜかノリノリでバラしていくヴァルトリーテの瞳は、キラキラと輝いていた。
(俺の母親でもおかしくない歳のはずなんだけど……なんだろ、このあふれ出る美少女感は)
祐二がヴァルトリーテとはじめて会ったときの印象はどこにもない。
もっとも、あのときは魔導船のことでかなり落ち込んでいたのだが。
「えっと……比企嶋さんに連絡しました?」
ヴァルトリーテはニッコリと笑った。統括会は、叡智の会の下部組織だ。
「叡智の会を通して、一緒に手配してもらったのよ」
「やっぱり……」
叡智の会からの要請なら、比企嶋も断れない。
出世に貪欲な比企嶋だ。さぞかし張り切ったことだろう。
たとえ隣の席が空いていなくても、交渉でもぎ取ったに違いない。
「というわけで、ユージさん。私と一緒に日本へ行きましょう!」
ヴァルトリーテは笑顔で、祐二の腕をとった。
それはまるで、歳若い恋人と逢瀬に出かけるかのようだった。
飛行機の中。
上機嫌のヴァルトリーテに、祐二は「なぜ、一緒に日本へ行くのか」と尋ねた。
「私が日本に行く理由? それはもちろんユージさんのご家族に挨拶するためよ。それと鴉羽家へ赴くためね」
「鴉羽家へ……ああ、そういうことですか」
ヴァルトリーテの祖父の妹であるクラリーナが、鴉羽家へ嫁いでいる。
日本の戸籍ではまったくの別人となっているが、それはこの際関係ない。
クラリーナは、ヴァルトリーテにとって大叔母にあたるのだ。
一度くらいカムチェスター家の当主が鴉羽家へ挨拶に行っても、おかしくはない。
ただし如月家同様、鴉羽家は魔法使いの家ではない。
叡智の会やカムチェスター家の使命のことは伝えられない。
「つじつま合わせの物語は、日本の統括会が用意してくれたのよ。だから今回はそれを使って、顔見せというところね」
その「つじつま合わせ」の内容を聞いた祐二は、しばし頭を抱えることになる。
魔法使いが実在することは、世に秘されている。
魔法使いの安全のためというのも理由にあるが、もっと大きな理由が存在している。
――この世界は、魔法使いによって守られている
この事実がもし世間に公表されれば、世界はパニックに陥るだろう。
実情を何も知らない専門家がしたり顔で持論を唱え、希望と妄想が一人歩きし、魔法使いの活動を批評・批判するくらいならば、まだいい。
いや、よくないが、活動に影響ないのならば、許容できる。
困るのは、権利団体や人権団体などが大挙して邪魔してくることだ。
彼らが権利を振りかざし、侵略種との共存共栄を唱えはじめた途端、世界の平和を守る活動は、とたんに窮地に立たされる。
また、一般の人々も「魔法使いが負けたらこの世は終わる」という現実を受け入れられない者も出るだろう。
侵略種は概念体であるがゆえに、通常兵器は通用しない。
地球を守る戦いは、徹頭徹尾、魔法使いに任せるしかないのだ。
それでも戦いの主権を国連に移せだとか、魔法使いを大国の支配下に入れろなどと言い出されては、活動そのものが難しくなる。
ゆえに叡智の会は、古来より情報漏洩には細心の注意を払ってきた。
今回、日本の統括会が用意した「つじつま合わせの物語」とは、何なのか。
それは遺伝子調査を理由とした物語だった。
遺伝子調査……つまりはDNAの解析だ。
たしかに祐二は、ケイロン島に来たとき、健康診断とともに遺伝子調査を行っている。
遺伝性の疾患がないかなどを調べる本格的な検査だったが、それ自体はすぐに終わった。
「私とユージくんが『DNA的に親戚だった』と説明するわ」
見ず知らずの外国人と親戚。
これはDNAを検査・公開することで、現実にそうなった事例がままある。
遺伝子調査をした場合、結果の公開と非公開は、本人の意志に委ねられる。
それゆえ公開された遺伝子調査結果から、日本人と見ず知らずのアメリカ人が親戚だったなどという例が実際に報告されている。
事実は小説より奇なりだ。思いも寄らない人と親戚だったりするのである。
ヴァルトリーテと祐二が親戚であった場合、ではどこで血が繋がったのか。
それが問題になってくる。
祐二の父系は七代、八代と江戸時代にまで辿ることができるため、母系に注目した。
「そこで倉子さんに注目した感じですか?」
「ええ、調べているうちに彼女のことを覚えている人がいたので……と話を進めるつもりよ」
ヴァルトリーテは、祐二のルーツ確認のため、日本に来た体を装うらしい。
「今後のことを考えれば、その方がいいのかな」
鴉羽家との親戚つき合いは、母が行っているため、祐二はよく知らない。
それでも今後、何かとつき合いが増える可能性がある。
挨拶するならば、今のタイミングが最良なのかもしれない。
「まずは如月家に挨拶ね。その後で鴉羽家に向かうわ」
「分かりました。鴉羽家へは、母を通せばすんなりいくと思います」
何しろ母親の実家なのだ。話を通すのは問題ないだろう。
「カムチェスター家の血筋が日本で花開いたのよ。会うのが楽しみだわ」
ヴァルトリーテの表情は、まるで少女のようだ。
その横顔を見た祐二は、「この人、歳を誤魔化しているのでは」と本気で疑っていたりする。
飛行機は無事羽田空港に着陸し、祐二は初めての帰国を果たした。




