040 久し振りの帰島
祐二が学校に戻れたのは、十二月に入る直前だった。
叡智大のあるケイロン島への出入りは厳しい。
人も荷物も、これでもかというほど、念入りに調べられるのだ。
「おかえり!」
教室に顔を出した祐二をミーアが出迎えた。
「ただいま……って、聞いてくれよ。なんか、俺だけずっと島に入れなかったんだけど」
そう、実は祐二が渡島すると連絡が入ってから、祐二の住んでいるアパートメントを含めて、その周辺の安全を確認していたらしい。
そのため、島の直前で足止めをくらっていたのだ。
「それはほらっ、重要人物だから? それにしても、あのテロは嫌になっちゃうよね。本当にもう」
ミーアはプリプリ怒っている。
「俺がいない間に、何か変わったことあった? 島に戻ってくるのは久し振りなんだけど」
「うーん、そうねえ……島内で働いている何人かがいなくなったかな。もしかすると私が気付いてないだけで、大学内でも同じような人がいるかも」
「いなくなったってそれは……テロ関係者ってこと?」
「さあ~……確証がなくても、怪しければ島から追い出すくらいしそうよね」
「ああ、なるほど」
ケイロン島は叡智大のためにあり、叡智大は魔法使いたちを養成するためにある。
安全を確保するために強攻策を採ったところで、どこからも文句が出ないのかもしれない。
「他に変わったところはね……うーん、あったかしら?」
ミーアは悩んでいる。
「町の防犯カメラを新しいものと入れ替えたんじゃなかった?」
隣から声がした。ミーアと普段から仲のよいエリーが話に加わってきた。
「おおっ、そういえばっ! でもあれ、噂じゃなくて?」
「本当みたいよ。事務の先生が言ってたし」
エリーは物怖じしないタイプで、噂話好き。ミーアとはウマが合うのだろう。
「そんなカメラなんて、町にあった?」
祐二は記憶を思い起こすも、それらしき物を見たことがなかった。
ミーアとエリーが笑い出した。
「目立たないように設置してるけど、島内に何百……いや何千ってあるわよ」
「電灯の上や建物の角で見つかるわ。今回の交換で、顔の識別機能が追加されたんですって」
「顔の識別機能か。それは、すごいね」
最先端の技術ではなかろうか。
「これまでソフトウェアが未熟で、精度が悪かったんだけど、日本の技術を導入して、瞬時にいろいろ特定できるようになったみたい。夜間もバッチリだとか」
「ワオッ! それは凄いわね。悪いことはできないわ」
夜間でもケイロン島が安全なのは、祐二も知っている。
島内に宿泊施設がほとんどないし、一般的な観光客は受け入れていない。
周辺の海域からも監視の目が光っているらしく、個人のクルーザーなどで上陸することもできないらしい。
これだけ厳重ならば、おそらく海底からでも、上陸は無理なのだろう。
つまり、ケイロン島で治安が悪くなる要因がほとんどないのだ。
「というわけで、おかえり! それでさ、久し振りに会ったんだし、放課後は町に繰り出しましょう!」
「いや、さっき課題を沢山もらってきたばかりだから……今回は」
祐二が断ろうとすると、ミーアが背中を叩いた。
「課題、課題……って、いっつもそうじゃない。そんな真面目に生きなくても、世の中は回っていくわよ。というわけで、今日は私たちと付き合うこと、いい?」
「あっ、はい」
ミーアの誘いに、否とは言えなくなった祐二であった。
地中海に浮かぶケイロン島は、自然と人工物との調和をはかり、景観を大切にしている。
そのため、町の壁や屋根の色は淡いパステル調で統一されていた。
町全体が暖かい色で包まれているのだ。
叡智大の学生がよく利用するというカフェに祐二とミーア、そしてエリーはいた。
「今さらだけど、ふたりはよく一緒にいるよね。前から知り合い?」
祐二の問いかけに、二人は揃って首を横に振る。
「私たち二人とも、島の出身なのよ。それで意気投合したの」
「島?」
「そっ、私がオアフ島ね」
ミーアがウインクする。
「ハワイの?」
「そそ! と言っても、一族の出身地は、その隣の島なんだけどね」
「へえ、隣の島っていうと、マウイ島だっけ? あまり詳しくないんだけど」
「ぶっぶー! 実はオアフ島の隣に、一般人は立ち入り禁止の島があるのよ」
「へえ? 冗談だよね」
「本当よ。立ち入り禁止だから、知らないのは無理ないけど」
「ハワイにそんな島……あったっけ?」
「観光客は立ち入り禁止で、原住民しか住んでないからね。私の祖先はそこでシャーマンをしてたの。島はいまでも自然のままだから、魔法使いを多く輩出できるのよ」
「へえ、ハワイだよね? そんな島があるなんて、知らなかった……」
外国の中でも、ハワイは日本人が大好きな場所だ。
まさか観光客が立ち入り禁止の島があるなんて、祐二は思ってもみなかった。
「次は私の番ね。私の出身はオーランド島よ……と言っても分からないかな」
「ごめん……たぶん知らない。どこにある島?」
「フィンランドよ。オーランド諸島全部がフィンランドの自治区なの。すごく狭い海域に六千五百以上の島があるの」
「へえ、それはすごい。だれが全部数えたんだろう」
北欧に属するオーランド諸島は、ノルウェーの東にあるらしく、エリーはその島で生まれ育ったらしい。
「ダディは材木商で、マミィが魔女なの。森の中で二人が出会ったんだって」
「出会ったって……あっ、鍛錬でか」
魔力量を増やす方法は人によって違うが、自然と一体となる方法を採用する魔法使いがもっとも多いと言われている。
「マミィは魔女だけど、ダディは普通の人でしょ。私はそれほど多くの魔力が宿らないはずだったんだけど、どういうわけか才能があったみたい」
「なるほど、それで選抜クラスに?」
「そうね。それでドキドキしながらここに来たんだけど、最初に声をかけてくれたのがミーアというわけ」
「なるほど……そういえばミーアさんの家系はシャーマンって言ってたけど、それは魔法使いの一種なの?」
「そそ。シャーマニズムの中でも色々あって、もう少し細分化すると、ウチは呪術師に入るみたい。祖母もそのまた祖母も呪術師で、母は呪術師をやりながら、いまは魔法使いもやってるわね」
「呪術師と魔法使いは違うの?」
「呪具と魔道具くらいしか違わないし、本質は同じようなものなんだけど、魔法を使う目的ってやつ? それに魔法使いを名乗ると国から……ほらっ、いろいろとね。お金の面でお得なの」
「ああ……」
壬都家は叡智の会に近いと、比企嶋が言っていた。
反対に、飛騨の温泉旅館『視楽』で出会った鬼島一家は、国家に属していた。
同じ魔法使いでも、国に属する、属さないで違いがあった気がする。
ミーアの家系は代々独自でやってきて、母親の代から正式に魔法使いとして国に登録したようだ。
もっとも、ミーアが言うには、普段使うのは『呪術』らしいので、『なんちゃって魔法使い』になるのかもしれない。
「それより、学校に来ない間、ユージは何をしてたの?」
「私も興味ある! 何やってたの?」
「うーん、話せることは多くないんだけど」
祐二は、自分の鍛錬について発見したことを二人に語った。
新しい経験をするたびに魔力が増えるようだと説明すると、二人は大いに驚いていた。
祐二には、谷岡秀樹という友人がいる。
互いに気のおけない間柄で、良いことも悪いこともこれまでずっと相談し合ってきた。
祐二は秀樹との縁を大切にし、大学に通うようになってからも、連絡を取るようにしている。
遠く日本を離れた祐二を秀樹が心配するといけないからだ。
そんなわけで、祐二は今日も秀樹にメールで近況を知らせたのだが……。
「なんで呪詛? 呪術師の家系でもないだろうに……なぜ?」
祐二が秀樹に連絡をとると、なぜか大量の呪詛が返ってきた。ときおり「もげろ」と書かれている。
「日本で流行ってるのかな?」
ぼっちを脱出した記念にと、ミーアだけでなく、エリーをはじめ同じクラスの何人かに頼んで、一緒に写ってもらった。
ミーアは悪ノリして、胸元をはだけた写真(でもギリギリ見えない)で、笑顔を振りまいたのには閉口させられたが、みな写真撮影には協力的だった。
これで秀樹も安心できるだろうと思ったのだが、まったくもって不可解な返事である。
「ねえねえ、写真って、もういいの?」
ミーアがやってきた。
「なんか親友から呪いの言葉を吐かれてね……どうしたらいいと思う」
するとミーアは、にやーと笑みを浮かべて、「じゃ、また協力してあげる」と再び祐二のスマートフォンを手に取った。
「遠く離れた友人宛なんでしょ。だったら、心配させないためにも、もっともっと仲のいいところを見せなきゃね」と腕を回してくる。
まるで祐二の頭を抱きしめるようにして撮った写真は、すぐに送られた。
胸の谷間に顔を埋めた祐二が真っ赤になったのは、ご愛敬である。
「これでいいと思うよ」
あとで祐二が写真を確認したところ、写真にポップな書体で「My LOVER!」と書き加えられていた。
書いたのはもちろんミーア。彼女は、人の見ていないところで、こういうお茶目なイタズラをよくする。
後日、秀樹から『喜べ! 壬都さんがおまえの写真を欲しいと言うんで、いままでの全部送ってあげたぞ!!』と、なぜか勝ち誇った顔の自撮りメールが返ってきた。