037 魔力測定(恒例)
特別科の生徒は全員、入学時に魔力の総量と、一度に引き出せる魔力量の限界を測定する。
祐二はAクラスの魔力量を保持していると比企嶋に言われたが、数値としては出していない。
「そういえばここって、ずいぶんと牧歌的だよね」
大学校内だというのに、周囲には畑が広がっていた。
「この場所は、特別科の学生しか入れないよう、『農業試験場』という名目で、一般の立ち入り禁止にしているのよ」
「そういえば学生証を提示してからじゃないと、入れなかったな」
「将来の食糧難に備えて農業研究をしているから、こんな広い敷地を持っているのよね。ちなみに特別科は、研究のお手伝いをする関係上、ここへの出入りが認められているって感じね」
「へえ、じゃあ、農作業をするんだ」
「少しはやるのかしらね。実際に農場を管理しているのは特別に雇われた職員だし、彼らは有事に戦闘も辞さない人たちよ」
「…………」
それは農場の研究員ではなく、傭兵というのではなかろうか。
祐二はそれ以上、詳しく聞かないことにした。
この世界には、深く知らなくてもいいことが、たくさんあるのだ。
職員棟はまるで周囲に目を光らせるのが目的だというように、畑の真ん中にあった。
職員棟と言うが、まるで監視塔のようにそびえ立っていた。
「あそこよ。さあ、行きましょう」
ミーアに連れられて一階の事務室にいくと、そこでも祐二は注目された。
特別科は人数が少なく、事務員は学生の顔写真を暗記している。
すぐに祐二と分かったようだ。
「すみません、特別科選抜クラスの如月祐二です。魔力測定するように言われたんですけど」
「ハイ、承ってますよ。ちょっと待っててくださいね」
「はい」
事務員のおばさんが、奥から『打ち出の小槌』に似た魔道具を持ってきた。
かなり年季が入っているようで、取っ手のところは色あせている。
「やり方は分かるかしら」
「いえ、分かりません」
「だったら説明するわね。取っ手を握ると自動で魔力が吸われて、魔道具が明滅を始めるの。総魔力量のちょうど半分まで溜まると流入が止まるから、それまで手を離さないでね。……こっちの準備はいいわよ、握ってみてくれる?」
「分かりました。ここを握ればいいんですね……わっ、光った!?」
驚く祐二に、ミーアがクスクスと笑う。
魔導珠のときも、祐二が触ると光ったので、これはそういうものなのだろう。
「明滅が終わるまでの回数を測るのよ、ちなみに私は十七回だったわ。ユージさんは何回かしらね」
ミーアが楽しそうな声をあげる。
「光る回数を数える……ですか?」
なんてローテクな測り方かと祐二は思ったが、この魔道具が製作されたのはおそらく何百年も前のこと。
魔力量を測るとき、昔から数えてきたのだろう。
事務員のおばさんは手の平にすっぽりと収まるカウンターを握りしめ、光が瞬くたびに押しているのがなんともシュールである。
「私も似たようなので別の魔道具を見たことあるけど、吸い出される魔力量が一定だから、回数で魔力量が分かるのは普通だと思うわよ」
「へえ……なるほど」
事務員のおばさんは、祐二に微笑みかけた。
「気分はどう? 悪くなってたりしない?」
「あっ、はい。問題ないです」
「もう少しで終わると思うから、そのまま握っててね」
「はい」
事務員の目は、魔道具とストップウオッチの間を行ったり来たりしている。
しばらく待ったが、魔道具の明滅が止まらない。
「……あら、意外と多いわね。Aクラスの中位は越えたかしら」
すでに魔道具が光ってから三十回はカウントしている。しかし、魔道具は明滅したままだ。
結局、祐二は四十八回のカウントで魔道具の明滅が止まった。
「さすが船長に選ばれるだけのことはあるわね。今年のクラスで最も多いわよ。もしかしたら四学年まで含めても最大かも」
「すごいじゃないの、ユージ」
ミーアは感心している。
「魔力量の多さは強みね。じゃ、次は一度に出せる最大値を測りましょうか」
「はい。どうすればいいんですか?」
「今度はそれを振るのよ」
「振る……んですか? それで分かるんですか?」
「これを振るとね、自分が出せる最大量分の魔力をさっき蓄えた魔力の中から使ってくれるの……平均を出したいから、十回振ってくれるかしら」
「分かりました。一回、二回……こんな感じでいいですか?」
「いいわよ……七、八、九、十っと……はいお終い」
事務のおばさんは、祐二から魔道具を受け取り、魔力の残量を測定していた。
「うーん、こっちは普通ね。減った分を十で割って、一回の平均は……三目盛り分ね。これだと選抜クラスで下の方になるかしら」
「魔力の放出はまだ鍛錬してないんでしょ。仕方ないわよ。これからよ、これから」
選抜クラスの下の方と聞いて祐二が落ち込むと、すかさずミーアが慰めてくれた。
「やっぱり、一度に出せる量が多い方がいいですよね」
「そうね。一度に多くの魔力が扱えれば、それなりに便利よ。魔導珠に魔力を注ぐときだったら、時間が短縮されるし。強力な魔法を使うにも必須の能力だから、少しずつでも増やしていく魔法使いが多いわ。いくら魔道具を媒介としても、一度に出せる量が少なかったら意味がないし」
「そうか……だったらこれは練習しないといけませんね」
「ちなみに私は七目盛り分ね。これでも物心ついたときから、ずっと鍛錬してきたのよ」
「なるほど、継続は力なりか」
「これはあくまで入学時の記録だから、毎年伸ばしていけばいいのよ。というわけでありがとうございました。さっ、ユージくん、行きましょう」
「そうですね」
「ハイ、おつかれさん。結果は登録しておくわ。それじゃまた、来年測りにおいで」
「はい、ありがとうございました」
おばさんに見送られて、祐二とミーアは教員室を出た。
「ユージくんは、このあとヒマ?」
「いや、休んでいた間の課題を結構もらったんで、すぐに帰ってやらなきゃですね」
「課題かぁ……分からないことがあったら、聞いてね」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
「うん。じゃまた明日、教室でね」
「はい、今日はどうもありがとうございました」
教員室の前で、祐二はミーアと別れた。
去っていく祐二を笑顔で見送ったミーアは、姿が見えなくなると笑みを消した。
そしておもむろにスマートフォンを取り出すと、アプリを立ち上げる。
「スクランブル……よしっと」
笑顔ひとつ浮かべると、ミーアはどこかへ電話をかけた。
「私よ。接触は成功したわ。年の功を利用して、真っ先に声をかける権利を得たの」
ミーアの声音は、先ほどの明るいものとは違い、どこか暗く、落ちついた雰囲気を漂わせていた。
「ええ、問題ないわ。取り込めるかもしれない。抹殺はいつでもできるし……そうね、カムチェスター家は、しばらく手出ししない方がいいわね」
しばらくミーアは「ええ」「分かったわ」と返事をしたあと、すばやく周囲に視線を走らせる。
「分かっているわ。すべては黄昏のために」
電話口で、ミーアはそう囁いた。
――東京 某所
「まじかよ、チクチョー!」
谷岡秀樹は、祐二から送られてきた写真を眺め、滂沱の涙を流した。
祐二から届いた『元気でやってます』と題されたメールには、叡智大での生活が綴られていた。
授業は難しいが、やりがいがあること、同じクラスの友達ができたことも書いてある。
メールからは、新しい学園生活を満喫している様子がうかがい知れた。
それだけならば秀樹も素直に祝福できた。
祐二が頑張っていたのは、よく知っていたからだ。
だが、添付されていた写真を見た瞬間、秀樹のそんな思いは、銀河の彼方へ吹っ飛んでいった。
そこには、ユージとミーアが頬を寄せ合って笑っている姿が映っていた。
「あいつぅううううう!」
心の叫び、いやこれは魂の慟哭だ。
秀樹はたった一枚の写真を見ただけで、そこにある『ドラマ』まで、理解できてしまった。
超のつく美人の女子大生が祐二に迫るも、本人は引きぎみ。
それでも積極的に……この写真は女性主導のもとで撮ったに違いない!
というのもこれは祐二のスマートフォンで自撮りのように撮られており、それを持っているのは女子大生の方なのだ。
アプリを使ったのだろう。
手書きで「My Favorite FRIEND!」とある。どうみても祐二が書いたものではない。
このことから、この美人の女子大生が、祐二のスマートフォンを使って色々やったことが分かる。
さらにやや引きつった顔の祐二に比べ、女子大生の花が咲いたような笑顔が対照的だ。
身体を寄せてきているのは女子大生の方だし、逆に祐二は引いている。
この場合、どちらに主導権があるか明白である。
写真にある二人の表情や仕草から、秀樹はそこまで読み取った。
そして祐二は、親友に自慢するためにこのような写真を送るような性格ではない。
つまりこれはどういうことか。
おそらく教室内で、秀樹に近況を知らせるメールを書いていたのだろう。
女子大生はそれを目ざとく見つけ、事情を聞く。
祐二は正直に話す。
すると女子大生はニンマリとした笑顔を浮かべ、祐二がメールを書き終えるのも黙って待つ。
いざ送信しようとしたところで待ったをかけ、強引にツーショットへ持ち込んだのだ。そのままスマートフォンを操作して文字を書き入れたのち、秀樹に送信。
そんな流れなのだ。異論は認めない。
「もげろぉおおおおお、もげてしまえぇええええええ!!」
渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で、秀樹は絶叫した。




