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036 はじめての授業

 日差しが眩しい、九月の下旬。

 カムチェスター家の庭で、祐二が魔法の練習をしていると、ヴァルトリーテがやってきた。


「遠征が中止ですか?」

「ええ、叡智の会から正式に通知がきたわ。来月と再来月の出発はなし。たまにあることよ」


「原因は……この前の侵攻ですか?」

 ヴァルトリーテは頷いた。


 侵攻してきた魔蟲はすべて排除したが、第二波が来る可能性がある。

 いや、そもそも次が『本命』という可能性もある。


 しばらくは大事を取って、遠征……つまり他の魔界へ魔導船を派遣するのを取りやめることにしたようだ。

 遠征は重要であるが、必須ではない。0番魔界を守り、地球を守る方がよっぽど大事。


 そもそも魔界の総数は不明で、星の数ほどと言われている。

 遠征を焦る必要はないのかもしれない。


 今年の十月と十一月にカムチェスター家が遠征する予定になっていた。

 ちなみに、十一月と十二月の遠征がアームス家が行う。


 カムチェスター家とアームス家の遠征が中止されたのは、次の侵攻に備えての意味もあるが、前回の戦いを考慮したからかもしれない。

 なんにせよ、カムチェスター家が次に遠征を行うのは、八カ月後に持ち越された。


「だったら俺は、学校へ通えますね」

 予定していた船長としての仕事がなくなった。


「そうね。哨戒準備が来年の二月だから、それまでの間は、学校に行っても大丈夫になったわね」

 船長としての役割があるため、年の半分は大学に通えないと諦めていたが、思わぬ時間が空いたことになる。


「よかった。これでようやく人並みの大学生生活が送れそうです」

 実はまだ一度も、祐二は大学の授業に出席できていなかったのだ。


 大学に通えることになって、祐二は破顔した。




 祐二は、叡智大の『特別科』に籍を持つ。

 特別科に通えるのは魔法使いのみ。


 今年、特別科に入学した一年生は、八十名と聞いている。

 多いのか少ないのか、祐二には分からない。


 ただし、八十名全員が同じクラスかといえば違う。

 Aクラスの魔力を持つ祐二は、特別科の中でも『選抜クラス』に所属している。


 選抜クラスの人員は十七名。

 魔法使いの中でも、ある程度の魔力を持った者だけが入ることができるらしい。


 ――シィン


 祐二が特別科にある『選抜クラス』の教室に入るや否や、それまで雑談に興じていた生徒たちが、一斉に口を(つぐ)んだ。

 喧噪(けんそう)が一瞬で止んだことに、祐二は首をかしげる。


 教室にいるだれもが、祐二に注目している。

 直後、「あれが」「噂の」「やっぱり」「今日からなんだ」という声が聞こえてきた。


 どうやら直前まで、祐二の話をしていたらしい。

 一方の祐二はというと、彼らを見て盛大に顔を引きつらせていた。


(なにこの美男と美女の集団はっ!!)


 比喩ではなく本当に、全員が美男、もしくは美女なのだ。

 しかも、町を歩けば人だかりができるレベルばかりが揃っていた。


 この顔面偏差値が高いのには、理由がある。

 以前、カムチェスター家一族が揃いも揃って美形揃いだったため、不思議に思って、フリーデリーケに聞いたのだ。そうしたら……。


「魔法使いの血を残すため……かしらね」

 それが彼女の答えだった。


 美形だと、在野にいる優秀な魔法使いを身内に取り込むときに効力を発揮する。

 もし魔法使いと一般の人にバレたときでも、顔の美醜はその後の選択肢に影響する。


 醜い容姿の方が迫害されやすいのだ。

 そのため、積極的に貴族の血を取り入れた時期もあったらしい。


 魔法使いの血を後世に残すため、当時の魔法使いは様々な努力をしてきたのだ。

 そんな努力が何代も重ねられた結果、全員が優れた容姿を持つようになったようだ。


 祐二としては、「マジかよ!」と言いたい気分である。


 そんな美形揃いの中に、モブ顔の祐二が加わるのである。

(仲良くできる気がしない!)


 祐二は、授業が始まる前からもう、回れ右したい衝動に駆られていた。

 だが、ここで二の足を踏んでは、明日から通えなくなってしまう。


 祐二は平気な顔で軽く会釈し、空いている席を探して腰を下ろした。

 ちなみにもう、心臓はバクバクだったりする。


(芸能クラスで俺だけ一般人の気分だよ! しかも俺だけ入学時期を逸しているし……これってもう、友達できないフラグ立ってないか?)


 学費と生活費はすべて日本国が出してくれているため、留年や退学は許されない。

 だがもう、始まる前から心が折れかけている祐二であった。


「隣、いいかしら?」

「あっ、ひゃい」


 美形集団の中から美女が一人やってきて、祐二の隣に座った。

 だれも近寄ってこないだろうと勝手に思っていただけに意外だった。


「私はミーアっていうの。ケンブリッジで学んだあと、再入学してきたのよ。大学は二校目になるんだけど、よろしくね」


「は、はじめまして、よ、よろしく、お願いします……如月祐二といいます」

「もう、キミの名前なんてみんな知ってるわよ。ふふっ……おかしい」


 浅黒い肌に明るい茶色の髪、大きな瞳をもった美女だった。

 ミーアが笑うと、桜色のメガネフレームがキラリと光る。


 二十代半ばくらいだろうか、祐二より年上に見える。

 知的、もしくは才女という雰囲気が全身から滲み出ている。


 祐二の悪友なら「成長したいいんちょ」とあだ名をつけたことだろう。

 目鼻立ちがハッキリしており、ラテン系だろうと祐二は考えた。


「みんな……俺のこと、知ってるんですか?」


「もちろん知っているわ。特別科の生徒なら、学年問わずね。だって世界にたった八人しかいない魔導師よ。しかも叡智大の一年生でしょ。そんな注目株、話題にならないわけないじゃいの」


「そうだったんですか……やっぱり船長がアジア人ってのが珍しいんですかね。だから注目される……」


 乾いた笑いが漏れる祐二であった。

 すると意外なことにミーアが首を横に振った。


「違うわよ。みんなが注目しているのは、『インフェルノ』の力のことよ」

「へっ?」


「特別科に在籍しているからといって、どの家に属するか決まっている人もいれば、決まっていない人もいる。ちなみに私は決まっていない」

 ミーアはウインクした。


「そ、そうなんですか……」

 祐二は話の流れが分からない。


「最初から一族の身内だと別だけど、結構みんな自由に所属を選ぶのよね。親子兄弟で別の家にってこともあるし、途中で所属を移ることもあるわ。優秀な魔法使いは、そうさせないために本人だけじゃなく家族ごと取り込むし、メリットがあれば、私たちはそれを受け入れる」


「なるほど」

 魔導船を所有する各家は、一族経営の一流企業と同じような感じらしい。


「この前の戦いで『インフェルノ』は力を示したでしょ。カムチェスター家の株は一気に上がったのよ。つまり、優良な就職先として注目されているわけ」


 そこまで話を聞いて、ようやく祐二は理解した。

 考えてみれば、戦いで死ぬこともあるのだ。


 より強力な魔導船の側で戦いたいというのは当然の考えだった。


「そんなに注目されてるなんて、ちっとも知らなかったですね。もう九月も終わるし、友人のひとりもできないかもってビクビクしてたし……」

 祐二がそう言うと、ミーアはクスクスと笑った。


「そんなわけないわよ。特別科の中でも選抜クラスだと、半数は一族出身だし、生涯にわたって魔界と付き合っていくでしょ? 他家の情報は大いに興味あるわよ。みんな、いまのうちにあなたと話したくて、ウズウズしてるんじゃないかしら」


 ミーアが視線を巡らすと、何人かが顔を背けた。

 聞き耳を立てていたことがバレてしまった。


「つまり、一族の人とフリーの人の双方が、俺に注目していると?」

「そう、その通りよ。ということで、私が代表して話しかけることになったの。年上の特権でね」


 大学の一年生ならば、いまなら十八歳か十九歳。

 ミーアの場合、一度他の大学で学んだと言っていることから、当然それより上。


 教室内でリーダー的な存在なのかもしれない。

 その後、すぐに講師がやってきて授業がはじまった。


 授業の内容は、魔法の発展とその歴史についてだが、祐二はちんぷんかんぷん。

 市販されているテキストはもちろんないし、プリントのたぐいも存在しない。


 書店で参考書が売っているとも思えない。

 聞き逃したら大変だと、ひたすら授業内容をメモしたが、内容を理解しきれないうちに授業は終わってしまった。


 思ったよりもレベルが高いと祐二が打ちひしがれていると、ミーアが顔を寄せてきた。


「初めての授業はどうだった? ……って、お疲れのようね」

「普段使ってない頭を全力で使った気がする……」


「まだ一限が終わっただけだけど?」

「絶望している」


 その後も授業は続き、すべて終わった頃には、祐二はヘトヘトになっていた。

 だが、今日はこれで終わりではない。


 遅れて入学した祐二には、まだやることがあった。

「魔力測定するから特別科の教員室に行くように言われたんだけど」


「ああ、入学直後にやった魔力測定(あれ)ね。魔力を引き出す魔道具を使って……って、あなた船長でしょ。もう自分の魔力値は分かっているハズだけど……?」


「どうなんだろ……そういえば一昨年、よく分からないうちに測定されていたのかな? でも結果は知らないや」


「あはは、そうなんだ。知らないうちって、もう、自分のことでしょ!」

 ミーアに肩パンされた。それがちょっとだけ、祐二はうれしかった。


 祐二の魔力値は、統括会(とうかつかい)が把握しているはずである。

「日本にいたときは、魔力値とか必要なかったし……そういえばまだ、魔道具なしで魔法が使えないんだけど」


「魔道具なしで魔法ね……使えない人は一杯いるわよ。魔法は日常生活に必須じゃないし、そもそも使う機会もないでしょ。……魔力量が多いなら、使えて損はない程度?」


「そういえば、自分の鍛錬方法を見つける必要があるって聞いたから、後回しになっているんだけど、ミーアさんはもう、自分の鍛錬方法、見つけた?」


 祐二が尋ねると、ミーアはニヤッと笑った。


「えへん。私はもう見つけたわよ。私の場合、無音かつ真っ暗闇の中に長時間いると、トランス状態に入るの。自分が自分じゃなくなるような感覚っていえばいいのかな。自我も闇の中に溶けているような状態かしら。闇と同化させてから自己を再構成するんだけど、何日もかけてそれをくり返すことで、魔力が増えるみたい」


「すごいやり方だね」

「闇を友とするなんて、魔法使いっぽいでしょ」


「そうなのかな? そうかも」

「というわけで、魔力量を測りに職員棟へ行くんでしょ。私も付き合うわ」


 ミーアに促されて、祐二は立ち上がった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 祐二の例えでいうと芸能クラスに就職先候補の社長が来たみたいなもんやろなあ 就任したてで業界のことはまだ分かってない新社長ですが
[良い点] 今度は眼鏡っ子だ!美女ばかりで羨ま嬉しい。
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