表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/189

035 フリーデリーケの魔法

 当主の仕事はとても忙しいようで、祐二が屋敷に戻ったとき、ヴァルトリーテは出かけていて留守だった。

「しばらく家を空けるよ」


 祐二を出迎えたエルヴィラが、そんなことを言った。


「えっ? どこへ行くんです?」

「叡智の会の本部さね。頼んでおいた荷物(・・)が手に入ったんだよ」


 祐二と入れ違いに、エルヴィラもまた出かけるという。

「あれ? じゃあ、この屋敷は……」


「フリーダがいるよ」

「……ということは、俺はフリーデリーケさんと二人っきり」


 と思ったら、ナイスミドルの執事と目が合った。

 カムチェスター家の執事ベラルト五十八歳である。


「ですよね、ハハハ……」

 当然、使用人たちは他にもいるし、電子機器の監視は常に入っている。


「戻りはいつになるか分からないが、何か困ることはあるかい?」

「いえ、特には……そういえば、本部で仕事ですか?」


「ああ、一族のウサを晴らしに行くのさ」

「……?」


 よく分からないまま、エルヴィラはおめかしして出かけてしまった。

 屋敷には執事の他に、庭師と料理人、そして家政婦がいる。


 全員護衛を兼ねているため、武術と武器の扱いは慣れているらしい。

 どんな敵が来ようと、籠城して時間稼ぎくらいは余裕だという。


 戦える使用人など、小説かドラマの中の話だと思っていたら、すぐ近くにいたようだ。

 そもそも自分の存在が、物語の題材になりそうだと思う祐二であった。




 夕食時、フリーデリーケが二階から下りてきた。

 薄い水色のワンピースにサンダルという軽装である。


「……あ、あのっ」

「ど、どうも……」


 言葉少ない挨拶のあと、ともに押し黙る二人。

 ちなみにこれでも、前よりは打ち解けている。


 祐二は、旧本部で待機していたときに、フリーデリーケから長い手紙を貰っている。

 ちょうどユーディットから魔法の手ほどきを受けていたときだ。


 美しい書体で書かれたそれは、初戦闘を褒め称えることからはじまって、不甲斐ない自分のためにありがとうと、綴られていた。


 少しずつ前に進もうとしているとヴァルトリーテが言ったとおり、フリーデリーケはいま自分にできることを模索しているようだった。


 すぐに祐二も返事を書いた。

 結局、待機中に二往復ずつ、手紙を出し合った。


 文通で分かったフリーデリーケの性格は、大人しくて穏やか。

 細やかで、小さなことも気がつくとても繊細な印象だった。


 自分が大変なときであるにもかかわらず、祐二の心配をし、励ますような言葉が多数書かれていたのである。

 慣れない環境で戸惑うことが多い祐二は、その心遣いにいたく感動している。


 とはいえ、顔を合わせると、いまだまともに話せていない。

 ヴァルトリーテが帰ってくるまでの間、どうやってフリーデリーケと過ごせばいいのか、かなり真剣に悩む祐二であった。




 祐二とフリーデリーケは、夕食後のお茶を楽しんだ。

(使用人がいるとはいっても、二人っきりだ……さて、どうしよう)


 祐二がそんなことを考えていると、フリーデリーケが意を決した表情で話しかけてきた。

「あの……今夜から……二人っきりですね」


 どうやらフリーデリーケも同じ事を考えていたようだ。

「そうだね。気分的には……二人っきりだね」


 使用人は出しゃばることをせず、見守るだけ。

 会話に介入してくることはないだろう。


 フリーデリーケが緊張しているが、それは祐二も同じ。

(ここで気の利いた台詞を返せればいいんだけど……)


 無い物ねだりである。


「あの……後を継いでくれて……ありがとう……船」

「ああ……いや」


 手紙にもあったことだ。フリーデリーケは、自身の不甲斐なさを心底悔やんでいる。

 手紙には、当時の心境が訥々(とつとつ)と綴られていた。


 魔導船が自壊したら、自ら死を選びかねないほど追いつめられていたとあった。

 自分にはもう、生きる価値がないのかもしれない。毎日毎時、自問、いや自責していたらしい。


 そのため祐二の存在は、フリーデリーケに生きる希望を与えてくれたのみならず、自身の心の闇を取り払ってくれた存在として映ったようだ。


 感謝してもしきれないくらいだと、手紙には綴られていた。

 だがそれでもフリーデリーケは、いまだ面と向かって饒舌に話すことができない。


 心の傷は、少しずつ良くなっているものの、完治には遠い。

「今後のこと……母様が……考えといてって……」


「今後?」

 ヴァルトリーテとフリーデリーケの間で、今後のことを話し合っていたようだ。


 ではその「今後」とは、一体何なのか。

 少し考えて、祐二は言わんとしていることを理解した。


 奇しくもここの庭でユーディットが話していた内容――祐二の所属についてだ。


 カムチェスター家は、当主を頂点として、多くの一族がいる。

『インフェルノ』を頂点とした船団があるのだ。


 戦闘員だけでなく、裏方……作業員や護衛などを入れたら、どれだけの数になるか。

 いまこうして夕食後の会話をできるのだって、多くの人に守られ、電子機器による監視があるからこそ。


 彼らの今後は、祐二にかかっていると言っていい。

 それなのにいまの祐二は、宙ぶらりんの状態。


 一族としても、祐二をどこに置いたらいいか分からないのだろう。

 それは宗家(そうけ)も同じ。いや、宗家だからこそ、早く何とかしたいと考えているだろう。


「俺の……今後のことだよね?」

 フリーデリーケは頷いた。


 やはりそうかと思う反面、祐二はまだ結論が出ていない。

 ただ、少なくとも自分が思い描いていた「その他大勢」な生活はもう、望めないことだけは分かっていた。いつかは腹をくくるべきだと考えている。


 望まれているのは宗家に入ること。そして子をなすこと。

 ただ、すぐには無理だ。それは祐二だけの問題ではない。


 祐二の家族や、カムチェスター家とその一族。すべてに関係することなのだから。

「何でも相談ください」と比企嶋に言われているが、さすがにこんな相談は(はばか)られる。


「結論はもう少し待ってほしいんだ。じっくり考えて……そして決めると思う。それはおそらく……そう遠い先じゃないと思うから」


 祐二はそう説明し、フリーデリーケはゆっくりと頷いた。

 フリーデリーケやユーディットは、次代を担う者たちだ。


 長い時をずっと、ともに歩むことになるはず。

 だからこそ祐二は、軽々(けいけい)に答えを出すべきではないと考えた。




 翌日、祐二はフリーデリーケと庭を散歩した。

 以前ユーディットに案内された場所だ。


 その後も何度か、祐二は一人で散策している。

 フリーデリーケを連れて歩くのは初めてのことで、使用人たちは二人を温かい目で見守っている。


「そういえば、フリーデリーケさんはどんな魔法を使うの?」

 彼女は、祐二の次に魔力が多い。ユーディットが三番目らしい。


 小さい頃から鍛錬しているらしく、魔道具なしでも魔法は使えると聞いている。

「私は……光」


「へえ、光なんだ。まだユーディットの水しか見たことないけど、魔法はすごいね」

 祐二はまだ魔法を使えない。


 これは「耳を動かせ」とか「鼻をつまんで、目から空気を出せ」と同じで、言われてもすぐできるものではない。


「……見たい……の?」

「そうだね。できればフリーデリーケさんの光の魔法、見てみたいかな。参考になるし」


「そう……じゃあ……やってみる」

 フリーデリーケは身体の前で手を合わせ、祈りのポーズをした。


 そこからゆっくりと手の平を膨らませる。

 突如、フリーデリーケの両手の隙間から光が漏れた。


 手をゆっくり開くと、光は次々と漏れ出してゆき、次第に周囲を明るく染め上げる。

 フリーデリーケが完全に手を広げると、光は上空へユラユラと消えていった。


「いまのが、フリーデリーケさんの魔法?」

「そう……最近はあまり……練習……していないけど」


「光が上空で消えたのは、どうして?」

「消さないと……眩しいから」


「ああ……」

 手加減せずに発動させれば、目をやられるからだろう。


 やはり魔法は人それぞれだと、祐二は思った。

「どう……かな?」


「凄いね。魔力を光に変えたんだよね」

 フリーデリーケは頷いた。


「こういうのも……できる」

 フリーデリーケは頭上で手を合わせ、それを開く。


 するとキラキラとした光の欠片がフリーデリーケに降り注ぐ。

「いまのは?」


「光を固めて……残るようにした……の」

 足元に光の欠片が瞬いている。


「なるほど……?」

 光を固めるとは、何だろうか。やはり魔法は、人それぞれで面白い。


 聞いたところ、淡く光らせることや、自分の身体の一部を光らせることもできるという。

 ただしこれらは日の光の下ではあまりよく見えないらしい。


 光の魔法は、夕方や夜に効果を発揮するのだろう。

 もし祐二が魔法を覚えた場合、どのような属性になるのか。


「俺も頑張ってみようかな」

 これで魔法を見たのはユーディットに次いで二人目。


 自分も早く魔法を使ってみたいと考える祐二であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] フリーデリーケ、部屋の外に出られるようになったんですねえ 祐二との文通、会話で少しずつ癒やされていってくれるといいんですが
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ