033 はじめての魔法
ユーディットの講義は続く。
「魔法を使えるようになるには、それなりに時間がかかるわ」
「ヴァルトリーテさんからも同じことを言われたな。あれ? 魔界に行ける人ってみんな、魔法使いなんだよね。でも魔法を使っている人っていなかったような」
「魔法を使う場合、魔道具があった方がいいのよ。だけどいまは魔道具が稀少だから、普段から持ち歩いている魔法使いは少ないの」
魔道具は魔力を増幅するので、少ない魔力で魔法を使うことができるという。
「ロイワマール家が昔、魔道具を作っていたんだっけ?」
「ええ。最近は新しい魔道具が出てきてないから、もう作れる人はいないんじゃないかって言われてるわ。ちなみに私は、魔道具なしでも魔法を使うことができるけどね」
少しだけ、ユーディットがドヤ顔をした。
「あっ、そうなんだ。ちょっとその魔法、見てみたいかな」
「そう? 仕方ないわね、とっておきを見せてあげ……っと、ここだと少し危険ね。ついてきて!」
ユーディットは立ち上がり、窓を開けてベランダに出た。祐二もついていく。
「ここでいいの?」
ベランダは狭く、洗濯物を干す程度の広さしかない。
「室内でなければ大丈夫よ。一応周囲の影響が少ないのにするから……よく見ててね」
ユーディットは右手の親指と小指を合わせ、前に突き出した。祐二が興味津々に、それを眺めると……。
瞬間、「パン!」と音がして、霧が舞った。
「いまのは?」
「これが私の魔法よ。魔力を水に変換したと認識してくれればいいわ。霧が見えたでしょ?」
「うん」
「あれは一気に放出したときに水滴が霧になったのね。まあ、魔法の残骸みたいなもので、実際は見えない衝撃波が周囲に拡散しているの」
「何かが一気に広がった感じはしたけど、そういうことだったんだ」
「大砲を撃ったときと同じよ。霧は火薬の煙と考えればいいわ」
「発射された大砲の弾が見えない衝撃波で、火薬の煙が霧ってことか。うん、理解した」
「じゃあ、次ね。今度は前に飛ばすわよ」
五本の指をすべて合わせて、先ほどと同じように腕を前に突き出す。
ちょうど、小さな何かを抓んでいる姿勢だ。
――パァン
風船が破裂したような音が響き、霧の帯が中空に走った。
まるで飛行機雲のようだと、祐二は思った。
「今のは前に飛ばしたんだよね」
「水の圧を飛ばしたの……と言っても見えなかったわよね」
「軌跡は見えたけど、本体は見えなかったかな」
「どう? これが私の魔法。地味かしら? あれでも離れた人を吹っ飛ばすくらいの威力はあるのよ」
質量がほとんどないため、空気に当たって減衰してしまうらしい。
「そうなんだ。当たったら痛そうだ」
「魔道具があればこれの十数倍の威力が出せるから、かなり脅威になると思うけど、個人ではこんなものね」
「魔道具があると、そんなに威力が増すんだ」
「魔導船だってそうでしょ? あれだって私たちの魔力で動いているんだし」
「そういえばそうか」
「魔道具だって同じよ。たださっきも言ったけど、魔道具の数は少ないし、新たに作られたという話は聞かないから、普段から持ち歩いているのは、当主くらいかしら」
「魔道具か……もう作れる人がいないっていうのはどうして?」
「才能? 人を選ぶのよね。材料は魔界にある石魔木を使うのだけど、精密な魔力操作ができて、それなりの魔力量……中型船が操れるくらいの人じゃないと、作製は無理みたい」
「結構条件が厳しそうだけど、各家でもそれなりに数がいるよね」
「魔法使いは秘密主義なので、もしかすると魔道具をつくれる者はいるかも知れないわ」
ただそれを親切に教えてくれるかどうかは、別だという。
「そこは同じ仲間でも秘密なんだ。世知辛いね」
同じ目的に向かって協力し合う仲間という理念は、どこへいったのだろうか。
「こと研究に関しては昔からそうよ。ちなみに魔道具を作る魔道具というのもあって、それがないと製作の難易度が上がるみたい。そう考えると、昔の魔法使いは優秀だったと思うわ」
「そっか……ちなみに俺が頑張れば、魔道具を作ることができる?」
「魔力の精密な操作を覚えるのは大人になってからでいいので、可能性はあるわよ。もっとも、ユージの魔力は魔導船の維持に使うでしょ? 余剰魔力を魔法の練習と魔道具製作の練習に使い切っちゃったら、色々と危険よね?」
「魔導船かあ……船長の魔力は、そっち優先だよなぁ」
『インフェルノ』の操船技術をこれから磨いていくことになる。
また、範囲攻撃の『豪炎』は、たった一発で結構な魔力が消費された。
魔力を馬鹿食いすることが分かっている。
「叡智の会から課せられている『公的な任務』ってのがいくつかあって、たとえば哨戒とその補助で、二カ月間は拘束されるわよ」
「そういえば、そうだったね」
「遠征は他の魔界へ赴くのだけど、これも二カ月間ね。その間、魔力の無駄遣いは控えるべきだし、必然、魔法の練習は残りの期間になるわけ」
「……あ~、それはかなり厳しいね」
二カ月ごとに任務と休暇がやってくるので、年間でいえば、自身の訓練に当てられる時間は半年間しかない。
祐二の場合、これから魔法の練習もしなければならない。それに使う魔力を考えたら、魔道具製作に回せる魔力と時間にかなりの制限がつく。いろいろ難しそうだ。
「ユージは、魔力を増やす訓練について、どのくらい知ってる?」
「本当に基本的なことだけかな。エルヴィラさんに教えてもらったけど、やり方は人それぞれで、効果はお察しの場合が結構あるとか」
「そうね。その認識であっているわ。はっきり言って魔力を増やすのは並大抵のことではないの。大昔はそれこそ『死に近づけば近づくほど魔力が高まる』と言われて、多くの魔法使いたちが死んでいったというし」
「さすがに今はそんな鍛錬、やってないよね」
「死んでは元も子もないからね……ただ、昔から言われている方法というのが『精神を鍛える』というものなの。精神を鍛えたときに一番、魔力が増えると考えられているわ。ところでユージは、どうやったら精神を鍛えられると思う?」
「精神を鍛えるって……難しい問題だね。規則正しい生活じゃ……無理だよね」
「早寝早起きとか? それをルーチンワーク化したら、リラックスできそう。でも精神を鍛える効果はないわね」
「そうだよね」
「苦痛とかストレスとかに耐えると、精神が鍛えられると言う人がいるわ」
「嫌だな、それは」
「精神を鍛えるには、肉体を鍛えればいいと言う人もいる」
「まだ、そっちの方が理解できるかな」
「自然とひとつになり、悟りの境地に達すればいいと考える人とかも」
「なるほど、禅の考え方だね」
「いま挙げたのはどれも一長一短で、決め手に欠けるの。みな自分が正しいと思う方法を採択して、何年もかけて鍛錬して、自分に合ったものを見つける感じね」
「つまりゴールは決まっているけど、それに至るルートは、複数あるわけか」
「ユージは船長の責務を果たした上で、そういった作業を続けつつ、魔道具製作を学ぶ必要が出てくるわ」
「うん、止めとくよ。余裕ができてきたとき、考えようかな」
「それが正解ね。ちなみに一般の人がいくら鍛えても魔法が使えないのは、魔力を外に出す……放出すると言い換えてもいいけど、それができないからよ。魔界に魔素が充満しているけど、ユージや私たちは取り込んだ魔素を自然と放出しているけど、一般の人はそれができない」
「魔法使い以外が魔界に行くと体調を崩すというのは……」
「体外へ魔素を排出できないからね。吸った息を吐けなくなったと考えれば、分かりやすいでしょう」
「死ぬよね、それ」
「一般の人が魔界に足を踏み入れると、徐々に体調を崩し、遠からず死ぬわ。というわけで話は変わるけど、私たちは魔素を外へ出せる人を魔法使いと呼んでいるの。魔力を増幅する魔道具なしに魔法が使えなくても、彼らは体外に魔素を放出できるだけで、魔法使いなの」
「魔素を外に出すことができれば魔法使いか……うん、理解した」
「でね、魔法使いかどうかを測るのは、結構簡単なの」
「測る……?」
「紙を作るときに、石魔木の粉末を混ぜておくの。叡智の会では『判別紙』って呼んでるわ」
「判別紙……リトマス試験紙みたいなものかな」
「それで合ってるわね。魔力を放出できる人が判別紙に触ると、自身の魔力量に応じた跡が残るのよ。ユージもそれで魔法使いと判別されたんじゃない?」
「紙に触れると跡が残るんだ……? あっ、業者テストか!」
思い当たることがあった。
統括会は、全国の学校に業者テストや、適性診断を行っている。
祐二が触れた紙は、さぞかしベタベタと跡が残ったことだろう。
あのときなぜ自分が選ばれたのか、ようやく合点がいった祐二であった。