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032 専属魔法使い講師参上!

 地上へ戻ったものの、再招集される可能性は残っている。

 一族内で話し合った結果、三分の一は旧本部で待機することになった。


「俺も戻れませんよね」

「ごめんなさいね」


 ヴァルトリーテは申し訳なさそうな顔をする。

 待機組には祐二も含まれる。船長なのだから、当たり前だ。


 しかしもうすぐ九月。

 このまま旧本部に詰めていると、叡智大への入学式には間に合わないことになる。


「いえ、どちらが大事なのか分かっていますから、入学式なんか別に……ははっ」

 地球の命運と大学の授業、比べるべくもない。


 それでも少し寂しい祐二であった。

「そのかわりと言ってはなんだけど、魔導珠への魔力供給も一段落ついたし、魔法の使い方を教えられるわ」


「ありがとうございます。ようやく魔導珠に魔力を注がなくて良くなったんですものね」

 空の魔導珠はいまのところない。戦争で使った分は補充済みだ。


 しばらく祐二は、自分のためだけに魔力を使うことができる。

「すぐには魔法を使えるようにならないかもしれないけど、継続は力なりよ。焦らずやっていきましょう」


「はい、よろしくお願いします」

 ヴァルトリーテから魔法を習って、できるだけ早く、正真正銘の魔法使いになりたい。


 そんな風に考えた祐二だったが、いざ魔法を習う当日、ヴァルトリーテの姿はなかった。

 代わりにいたのは……。


「ヴァルトリーテ様は、今朝早く本部に行かれたわよ。だから私がユージに魔法を教えるから、いいわよね?」

 現れたのはアルザス家のご令嬢こと、ユーディットだった。


 ユーディットはまだ若いため、この前の招集にも参加していなかった。

 つまり彼女は、本来ここにいるべき人物ではない。


「なぜユーディットさんが? もうすぐ学校があるんじゃないの?」

「あら、私が魔法の教師じゃ不満かしら? それと、ユーディットでいいわよ」


 ユーディットはヴァルトリーテが本部に呼ばれたことを聞きつけて、勝手にやってきたようだ。

 そして祐二に魔法を教える役を買って出たらしい。


「いやだって……学校」

 ユーディットは日本でいうところの高校生。もうすぐ学校がはじまる。


「私だってカムチェスター家の一族よ。優先順位は間違えないわよ」

「高校の授業より、俺の教育の方が大事ってこと?」


「もちろん。……それで、私じゃ嫌?」

 ユーディットは、祐二の目を見て、艶然と微笑んだ。


「そりゃ、まったく知らない人から学ぶよりよっぽどいいけど……」

「なら、決まりね! 歳も近いんだし、わかり合えると思うわ」


「そんなものなの?」

「そんなものよ。魔法の扱いは一朝一夕では身につかないし、最初はだれが教えても同じだから、気楽にいきましょう。ねえ、ユージ」


 ウインクされ、思わず祐二はたじろぐ。

 つい先日、屋敷の庭であったあれこれを思い出してしまった。


「えと、お手柔らかにおねがいします。ユーディット先生……?」

「だから、ユーディットでいいって!」


 ちなみにいま、ユーディットは銀縁のメガネ(おそらく伊達)をかけ、手に指示棒を握っている。

 学園祭の出し物か、女教師のコスプレにしかみえない。


「ふふっ、それじゃ手取り足取り、教えるわよ。まずはこの前の続きからね」

 抱きつく仕草を見せるユーディットに、祐二は二歩下がった。


 ユーディットは、庭での続きをやろうと誘っているのだ。

「駄目だって! フリじゃなく、本当に駄目だからね!」


「え~? どうしようかしら……?」

 小悪魔的に微笑むユーディットに、祐二は一抹の不安を覚えるのであった。




 ヴァルトリーテが本部に呼ばれた理由は、以下の三つ。


 一.今回の侵攻における報告書を提出すること

 二.新しい祐二の魔導船『インフェルノ』の登録

 三.カムチェスター家の責務を復活させる申請を行うこと


 これまで1年半以上、カムチェスター家は責務を凍結させていた。

 魔導船を出せなくなったことで、各家のローテーションが崩れてしまっていた。


 今回、これをもとに戻すのだが、これが言うほど簡単ではない。

 すでにいまのローテーションで各家とも予定を立てており、それがまたズレるのである。


 各家に「こうなりましたから、よろしく!」で済ませるわけにもいかず、ヴァルトリーテは当主として筋を通す必要があった。


 今回の経緯説明とともに、これまでの感謝の手紙を認める。

 それらが終わると今度は、補助金の申請になる。


 カムチェスター家は、責務を凍結していた間、補助金は受け取っていない。

 今年度分の補助金申請もしていない。


 それらを処理するにも、やはり手続きが必要である。

 叡智の会も年間予算を組んでしまっている。


 カムチェスター家への補助金は、おそらく予備費から支払われるだろうが、これらの重大事を他者に任せるわけにはいかず、ヴァルトリーテは数日間、本部で書類と格闘することとなる。


 一方、祐二はと言うと……なぜかユーディットとベッドに並んで座り、講義を受けていた。


 ユーディットいわく、「話など、どこでもできる」らしい。


「……それでね、これまでの貢献度から、『イフリート』のアームス家、『インディペンデンス』のロスワイル家、そしてカムチェスター家が、三強と呼ばれていたわ」


 ユーディットから、叡智の会の組織についてや、各家の説明を受けていた。

「その三強の中だと、まだロスワイル家には会ったことないかな」


「ロスワイル家か……あの家をひと言で表せば、『純血至上主義』になるかしら。カムチェスター家と交流は、あまりないわね」


「純血……?」


「一族婚を繰り返してきたって言えば分かる? そのせいか、外の血を積極的に取り入れてきたアームス家と、あまり意見が合わないわね。ロスワイル家は魔法使いの力を高めるために、代々一族内で婚姻を繰り返してきたの。平均寿命が三十代後半と、昔から夭逝(ようせい)する人が多かったのも、そのせいと言われてたわ。いまではあの家独特の遺伝子異常だと分かっているけど、昔から早熟と早老は変わらないわね。見た目が少年や少女でも、大人顔負けの知性を持っていたりする、少し変わった家と認識していればいいわ」


「早熟と早老の家かぁ……あまり想像できないかな」


「アームス家の『イフリート』は攻撃特化だけど、それと対照的にロスワイル家の『インディペンデンス』は防御特化ね。『白の膜』という防御フィールドで、敵を寄せ付けない戦いができるわ。『インフェルノ』が範囲攻撃なんでしょ? だったら、三家でバランスがよくなったと言えるわね」


「なるほど、そういう見方もできるんだ」


 攻撃のアームス家に防御のロスワイル家、そして範囲攻撃のカムチェスター家。

 たしかに得意分野が被っていない。


「残りの五家の説明をするわね。『ワイルドホーク』のチャイル家とは、一緒に戦ったのよね?」

「うん。あと寄港時にバラム家の魔導船も見たかな」


「バラム家は、機動力に優れた『グノーシス』を所有していて、遠征や哨戒にはもってこいの能力と言われているわ。戦闘時の斥候にも力を発揮するけど、戦力として劣るかな。どこか強力な家のサポートにつくと、いい感じに活躍できるわね」


「へえ、そうなんだ。よく知ってるね」

「魔導船の知識は、淑女の嗜みですから。……ミスト家の『サイゾー』は、当主が大の日本びいきから、そう名付けられたの」


「へえ……ミスト家で『サイゾー』か。霧隠(きりがくれ)だね。真田十勇士だ」

「私も由来までは知らないけど、『サイゾー』は隠密行動が得意で、未知の魔界へ赴くときに重宝する感じかしら。ユージが日本人と分かれば、きっと接触してくるわね」


「そうなんだ……」


「他には、高速移動が可能な『フェンリル』を所有するロイワマール家。この家は昔、魔道具の製作でかなりの権勢を誇っていたけど、それも二百年くらい前の話で、いまはあまり影響力がないわ」


「栄枯盛衰だね。残るはあと一家か」


「オールラウンドな能力を持つ『エキドナ』を所有するバムフェンド家ね。魔導船としては可もなく不可もなくといった感じかしら。一族に魔法使いが少なく、もし次に魔導船が自壊するならこの家だと思われたらしいわ」


「カムチェスター家よりも危機に瀕していたの?」


「うちはテロで当主を失ったけど、そうでなければあと数十年は安泰だったはずよ」

「なるほど、その頃にはユーディットやフリーデリーケさんが成長するし、その子供たちの中にも優秀なのが出てくるかもしれないしね」


「ユージが来てくれたことで自壊を免れたけど、今回の件で一族内では危機感を持った者が多かったんじゃないかしら」


「そうなんだ。大変だったんだね」

「……他人事(ひとごと)のような反応だけど、言ってる意味、分かってる?」


「意味?」


「一族……とくに年寄り連中がね。危機感を持ったのよ。……私たちは魔導師になれるレベルの魔法使いをどうやって量産するか、千年もの間、ずっと考えてきたのよ。一族で優秀な者どうしを掛け合わせればいいのだけど、カムチェスター家だって、そういうことは前からずっとやってきたわけ」


「それでも慢性的な後継者不足なんだよね」

「そう。そこに現れたのがユージなのよ。外から戻ってきた優秀な魔導師の価値はどれほどだと思う?」


「俺の価値?」

「ええ、一族中から優秀な者を幾人でも娶らせよう。そうしたら、それなりに『当たり』が出るんじゃないかと考えるご老人方がいるとかいないとか……」


 意味深に微笑むユーディットに、祐二は二歩下がった。

「なにその、競走馬の掛け合わせみたいなの……」


「それだけ今回のことが危機的状況だったというわけ。たとえば私がいまから多少暴走したところで、一族のみなさんは大目に見てくれる気がするわ。どう思う」


 ズザザザァと壁に背中を貼り付けた祐二を見て、ユーディットはケラケラと笑った。

「あの……ユーディットさん?」


「そういう話もあるということ。襲ったりしないから、こっちに来て座って」

 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、ユーディットは隣をポンポンと叩いた。


 祐二はしばらく……ユーディットに近づくことができなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 船持ちはほぼドイツの由緒ある家で貴族?もしくは有力者ですよね? なら船名が英語が多いのはやはりおかしいです。 ドイツ人の気質から英語ばかりなのはありえないかと。 そもそも1000年以上前に…
[良い点] 年下の女教師……良いと思います。
[一言] 学校かー 通う暇がどれくらい残されているやら
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