【閑話02】 フリーデリーケの寝物語(2)
ベッドに入ったフリーデリーケは早く早くと、隣を叩く。
そこは、父クリストフの定位置。
フリーデリーケは今日も寝入るまで、物語を聞かせてもらうのだ。
「お父様、栄光なる十二人魔導師がどうやって魔導船を手に入れたのか、お話しください」
「分かったけど……ね、フリーダ」
「なんですか、お父様」
「その話は大昔のことなので、私も実際に見たわけじゃないんだよ」
「分かっています。ですから、知っていることだけでもいいのです」
「そうかい? それじゃ、私が知っている栄光なる十二人魔導師の旅路について話してあげよう」
フリーデリーケが布団を鼻の上までかけて、ワクワクした目を父親に向ける。
「魔法使いはね、秘密主義なんだ。今も昔も……」
そうしてはじまった父親の昔話は、以下のようだった。
魔法使いは秘密主義。
研究成果のみならず、どのような研究をしているのかさえ、内緒にしていた。
だが、自らの力を知らしめたいという気持ちは常に持っていた。
今風に言うならば、承認欲求だろうか。
秘密であるが、知ってほしい。
知られてほしくないが、称賛してほしい。
そんな二律背反な気持ちをどう消化すればいいのか。
多くの魔法使いたちが悶々と考え、至った結論が、「時を決めて集まろう」というものだった。
魔法使いたちの集会である。
「みんなで集まるの?」
「そうだよ。数年に一度、どこかで集まって、話したい人は話せばいいんじゃないかって思ったわけだ」
「話したい人だけ?」
「そうだね。絶対に秘密にしたい魔法使いもいるだろうからね」
「そっか。じゃあ、話したい人だけ集まればいいんじゃないの?」
「他の魔法使いが何をやっているのか、知りたいだろう? その集まりは、話したい人と聞きたい人だけ来ればいいんだ。そういう緩やかな集まりだったみたいだよ」
魔法使いの集会という新たな試みは成功した。
フリーデリーケは、「それはすごいね」と感心している。
「その魔法使いたちの集会については、いまも別の名前で伝わっているんだ。フリーダは分かるかな?」
クリストフにそう問われて、フリーデリーケは考えた。
「魔法使いたちの集会……? あっ、分かりました。サバトですね、お父様」
「そう、正解だ。魔法使いたちの集会は、それだけ大昔から行われていたのだよ」
クリストフの話は続く。
ある年。
その集会の席上で、だれかがふと、こんなことを言った。
――この中で一番の魔法使いはだれだろう
魔法使いたちは、互いの顔を見合わせた。
コイツには勝っている。いや、自分の方が上だ。やはり自分が一番だろう。
各々の思いが、顔に表れていた。
そもそも一番の魔法使いといっても、何をもって一番とするのか、明確でない。
だれが一番の魔法使いなのか、もしそれを決めるとしても、決め方が問題になる。
「そこでね、最近地中にできた大きな洞窟……その穴を抜けた先で決めようとなったんだ」
「穴を抜けた先?」
「いまでは魔界門って呼ばれているね。あれは昔、魔蟲がこの世界に出てきたときに開けられた穴だったんだ」
穴の先には、別世界がある。
それは魔法使いたちの間では常識だった。
魔法使いでない人がそこに入ると、すぐに体調を崩すことも知られていた。
穴の先、いまでいうシナイ山の中腹にたどり着いた魔法使いたちは、そこからどれだけ遠くへ行けるかで勝負しようということになった。
「勝負がはじまったのですね。それはどうなったのですか?」
「もちろん魔法使いたちは、できるだけ遠くに向かったのさ」
「でも魔界ですよね。水も食料もない場所ですよ」
「うん、だけどいまだって、魔法で水を出す魔法使いはいるだろ?」
「そうでした。……でも、食べ物は?」
「魔素からエネルギーを得ることができたらしいよ」
「昔の魔法使いは、そんなこともできたのですか」
「そうだね。だから、ほとんど脱落者も出ずに、魔法使いたちは遠くへ、遠くへと行ったらしい」
魔素と水があれば、生きていける魔法使いたちである。
彼らは次々と魔窟を抜けて、いくつもの魔界を旅した。
「記録によると、何年も魔界を旅したみたいだね」
「すごいです!」
それでも脱落者はでる。
途中で帰還する者も。
最終的に十二人になった魔法使いたちは、魔窟を抜けたとある魔界で、人工の建築物を見つけた。
「それが魔導船ですね、お父様!」
「そうだね。だれが一番の魔法使いかを競うために魔界を抜けていたのに、その頃にはもう、競争はどうでもよくなっていたみたいなんだ。彼らは協力して魔界を探索した。最後まで残った魔法使いは十二人で、そこにあった魔導船は十二隻。数もピッタリだったことで、それに乗って戻ることにしたんだ」
「魔導船を持ち帰ったんですね!」
「魔導船の中に倉庫があるよね?」
「はい。とても大きなものがあります」
「倉庫には、基盤と小さな魔導珠があった。魔法使いたちは、それを他の魔法使いに分け与えて、魔導船よりも小ぶりな船を造らせたんだ」
「中型船と小型船のことですか?」
「よく知ってたね、フリーダ。その通りだよ。中型船も小型船も、魔導船の中にあった基盤と魔導珠によって、あとから作られたんだよ」
それは、当時の魔法使いたちが、いまからすれば、考えられないほど力を有していたからできたのだろう。
魔導船の構造を真似、石魔木の材料を使って、一隻の船を作り上げる。
それがどれだけ大変な作業か。
結果、十二人の魔法使いたちが駆る魔導船に従う魔法使いの集団ができあがった。
のちに、『栄光なる十二人魔導師』と呼ばれるようになる、その萌芽がここに誕生したのである。
「カムチェスター家の始祖であるカリアッハ様もその一人なのですよね、お父様」
「そうだね。私たちは、カリアッハ様と同じ血が流れている。この血は絶やしてはいけない。約束だよ」
「はい!」
元気よく頷くフリーデリーケに、クリストフは目尻を下げながら、頭を撫でた。
「それじゃ今日はもう遅いから、寝なさい。フリーダが寝付くまで一緒にいてあげるから」
「はい。……それで、お父様」
「なんだい?」
「私、大きくなったら、魔導船の船長になります。絶対になりますから」
「ははっ、それでこそカムチェスター家の娘だ。フリーダならきっとなれるさ」
「えへへ」
クリストフに頭を撫でられて、フリーデリーケは夢の世界に入っていった。
夢の中では彼女は船長となり、魔界の空を自由に飛び回っていた。
フリーデリーケ、七歳。
今はまだ、夢多き少女である。