030 初陣(2)
祐二は、魔導船のブリッジで、しばし考える。
(この船で、どんな攻撃ができるんだろう)
いまだ、武装は判明していない。
ヴァルトリーテいわく、船長の性質によって、魔導船は大きく変容するという。
当然、どのようなベテランだろうとも、この魔導船にどんな力があるのか最初から分かる者はいない。
(不安を顔に出さないようにしなくっちゃ……)
まさか魔導船を励起させたその日に、魔蟲と戦うとは思わなかった。
心の準備ができていないし、そもそも何をすればいいのか、よく分かっていない。
操船はベテランの乗組員が行うため、祐二は特にすることはない。
(もうすぐ戦場に着くし、攻撃手段を考えないと……)
その時がくれば分かるだろうとヴァルトリーテは言うが、それを信じて呑気に待っていることはできない。
祐二は少しでも参考になればと、いま戦っている『ワイルドホーク』を見た。
(敵に左舷を向けて攻撃を放っているのか……ということは、武装は船の横についている感じかな)
おそらく舳先を敵に向けていては、攻撃できないか、効率が悪いのだろう。
(この船には、左舷にも右舷にも、武器を発射するようなものはなかった)
祐二は魔導船に乗り込む前、船の外装を一通り確認している。
いかにもなツノが四本も生えているのが、大きな特徴だ。
(敵に真正面を向けて、攻撃できるのかな)
それが一番正しいように思えてきた。
「魔蟲の群れが中型船の射程圏内に入りました」
集団といっても、バラバラになった中での一塊だ。大元はいま、チャイル家の船団が相手している。
「どうしたらいいですか?」
ヴァルトリーテに祐二は問いかけた。
「この辺りで戦いましょう。『ワイルドホーク』もじきに引いてくるでしょう」
遠距離射撃型の『ワイルドホーク』は、敵に近づき過ぎている。
ヴァルトリーテは、チャイル家の船団がこの辺りまで撤退してくると予想した。
だが、その予想は軽く裏切られた。
「『ワイルドホーク』が前進! 敵の大規模な群れに突っ込んでいきます!」
オペレーターの悲鳴のような声が響いた。
『ワイルドホーク』は射撃を止め、雲霞のごとく押し寄せる魔蟲の群れへ、船団ごと、向かっていくではないか。
「ゲラルトは何を考えているの!?」
神秘の霧の上を移動していた魔蟲がふわりと浮かび上がったように、祐二には見えた。
「あれは?」
「魔蟲が跳躍しているの。ノミのジャンプと同じね。あれで魔窟にたどり着くのよ。魔導船の高さまで軽々と跳ぶわ」
跳躍をはじめた魔蟲は十や二十ではきかなかった。
何百という魔蟲が、魔導船目がけて跳躍したのだ。
「『ワイルドホーク』が取り付かれたわ。あれでは、落ちてしまう!」
『ワイルドホーク』は、すでに数十の魔蟲に取り付かれていた。
それはすぐ数百となり、数千へと増えるだろう。
それほど『ワイルドホーク』の真下には、多くの魔蟲が集まっていた。
「神秘の霧の中に落ちたらどうなります?」
「大破するわ。もし無事でも、魔蟲によって侵食される」
「それじゃ、すぐに助けないと」
中型船も魔蟲の跳躍に巻き込まれている。
神秘の霧へ落ちるなら、中型船の方が早いだろう。
「急いで向かって!」
祐二はそう指示を出したが、現状を打破する妙案はなにも浮かばない。
(緒戦でこれかよ……一体、どうすれば)
祐二の魔導船の下にも、魔蟲が増えてきた。
ヴァルトリーテは、魔蟲の大きさは数メートル程度と言っていたが、思ったよりも大きい。
(あんなのに取り付かれたら、こっちだって落ちかねないぞ)
すでに『ワイルドホーク』の外装は、隙間がないほど魔蟲に覆われている。
ときおり左舷から攻撃が放たれるが、それで吹き飛ばされるのはわずかな数だ。
「ユージさん、これ以上近づくのは危険よ!」
「分かってます。だけど……」
どうすればいい? そう自問したとき、祐二は不意に閃いた。
頭の中に、何かのイメージが流れ込んできた。
それは真っ赤な炎。
祐二の頭の中に現れた炎は、より具体的に形を成していく。
「行ける!」
「えっ!?」
ヴァルトリーテが驚くのも構わず、祐二はパネルに手を乗せた。
「ユ、ユージさん……?」
祐二の手の平から魔力が流れ出る。
それは船長のみが行使し得る攻撃魔法の準備だとヴァルトリーテはすぐに理解した。
魔力反応により、パネルが赤く光る。
下の操舵室がザワつく。
「制御の一部がロックされました! 入力が弾かれます!」
「船が攻撃準備に入ったわ。みな、そのままにしてちょうだい」
オペレーターの声にヴァルトリーテが反応する。
乗組員が船を操作できなくなったのは、その上の権限がいま操作中だからだ。
操舵室の面々は、ブリッジを見つめる。
祐二は操作パネルに手をつけたまま、前を見据える。
ちょうど『ワイルド・ホーク』が魔蟲の重さに耐えきれず、高度をさげるところだった。
「――放て、『豪炎』!」
祐二は叫んだ。
直後、四本のツノの間に、頂点を敵に向けた円錐が現れた。
すべてが炎でできた円錐だ。
「「「おおおっ!?」」」
乗組員たちの声が重なる。
炎の円錐は、渦を巻きながら膨れあがり、巨大化する。
ツノの間で支えきれないほど大きくなった炎の円錐は、やがて大きな渦となり、敵に向かって飛んでいった。
うなりをあげて飛んでいく炎の渦は、そのまま魔蟲の群れに突き刺さった。
直後。
――ゴッ、ゴォオオオオオ!
炎は形を変え、一度横に大きく広がったあと、急速に膨れあがった。
「炎、来ます!」
「全力で回避!!」
「爆風、来ます!」
「それも全力で回避!!」
それはまるで炎の絨毯。
炎が意志をもったかのように、縦横無尽に暴れ回っていた。
当然、祐二が乗っているこの魔導船にも熱と炎がやってくる。
魔導船はすぐに旋回を開始し、炎の射程圏内から脱出をはかる。
衝撃波が船を揺らし、視界が赤色に染まる。
「『ワイルドホーク』回頭してきます。取り付いた魔蟲の半数が焼失、残りも次々と脱落していきます」
あたり一面が火の海となり、味方は算を乱し、各自の判断で逃走を開始していた。
たった一発の攻撃で、敵も味方も大混乱に陥っていた。
「この船……範囲攻撃に特化していたのね。範囲が広すぎて、味方にも被害が出ているようだけど」
ヴァルトリーテの呆れたような声がブリッジに響く。
「………………」
ちなみに祐二は、あまりに衝撃的すぎて、声もない。
あれだけいた魔蟲は炎に飲み込まれて、いつのまにか見えなくなっていた。
炎に焼かれ、煤けた外装の『ワイルド・ホーク』が、なんだかとてもみすぼらしく、祐二には見えた。
とにもかくにも、祐二の初陣はこれにて終了した。
祐二たちが帰投したとき、ちょうどバラム家が出発するところだった。
酷いありさまの『ワイルドホーク』を見て、バラム家の面々は激戦を想像した。
「あれを焼いたのって、俺の攻撃ですよね。怒られませんかね?」
『ワイルドホーク』が被った被害の大部分は、祐二の放った『豪炎』によるものだった。
「一応、救ったことになるし、問題ないと思うわ、一応」
なぜかヴァルトリーテの口から、「一応」が二回も出てきた。
ドックに入った魔導船が完全に停止したのを確認すると、祐二は大きく息を吐いた。
緊張のせいか、祐二の表情はまだ硬い。
「魔導船は、持ち主が変わるとまず外装が変化すると、さっき話したわよね」
「はい」
「武器はまだ増えると思うわ。防御機構はこれから変化していくと思うけど、範囲攻撃が主武装となるのは、おそらく変わらないと思うの。次はその派生がでてくると思う」
緊張をほぐそうと、ヴァルトリーテがそんな説明をはじめた。
「すごい威力でしたね」
「ええ。使いどころが難しいと思い知らされたわね。あれ以上の威力があったら、周囲を巻き込んで、半数は未帰還だったでしょうね」
「……そうですね」
今回は運良く犠牲を出さずに終わったが、毎回そううまくいくとは限らない。
『豪炎』の着弾地点が思ったより近かったため、自分たちですら死にかけた。
範囲と威力をよく把握してからでないと、怖くて撃てない。
「それと燃費はすこぶる悪いわね。たった一発の攻撃で、魔導珠が二個も空になったわ。連発していると、すぐに動けなくなりそう」
「それは厳しいですね」
「数体の魔蟲相手には使いたくないわね」
「なるほど、たしかに……」
なかなかに使いどころが難しい攻撃のようだ。
祐二たちは船を降りた。
みると、船の下半分は焼け焦げている。
魔導船の修復は、魔導珠の魔力を使って行われるので、放っておけばいいらしい。
たった一度出撃しただけで分かる。魔導船は、大の魔力食いだ。
あの燃費の悪い範囲攻撃をホイホイ撃っていたら、本当にすぐ魔力がなくなることだろう。
「それでユージさん、船の名前は決まった? 本部に登録義務があるのだけど」
新しい船名は、船長が決めるのが通例だ。
「はい。『豪炎』を撃ったときに、閃いたんです。この船の名前は……『インフェルノ』にします」
それは船体に描かれた文様とも、今回の攻撃とも合致する。
「地獄の炎を表す『インフェルノ』……相応しい名前ね」
「そうですか。よかった」
ようやく祐二は微笑んだ。
出発してからこれまで、緊張で笑みを浮かべるヒマすらなかったのだ。
「その名前で登録しておくわ。よろしくね、『インフェルノ』」
ヴァルトリーテは船体をゆっくりと撫でた。
カムチェスター家の先代が亡くなり、これまで明らかになっていなかった血筋から、新たな船長が誕生した。
ドイツ貴族であるカムチェスター家にしては珍しく、その者は日本人だった。
船長の名は如月祐二。
魔導船『インフェルノ』を駆る弱冠十七歳の若者だ。
のちに『英雄魔導船』と呼ばれる『インフェルノ』の初陣がこうして終わった。
『インフェルノ』の船長祐二はどのように戦い、どうして英雄と呼ばれるようになったのか。
それは、この物語だけが知っている。
この30話をもちまして『第一章 広がる世界』が終了となります。
明日と明後日は『閑話』を投稿します。
また、明後日は『閑話』に加えて『登場人物紹介』の第二弾を投稿します。(2話連続投稿になりますので、ご注意ください)
そして『第二章 久しぶりの帰郷』は、9/18にはじまります。




