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029 初陣(1)

「ユージさん、よく聞いてください。侵略種(インバジブ・アルテン)の襲撃があった場合、通常は魔界に待機している家が対応に出ます。今回ですと、哨戒任務中のバラム家と、その補佐をするチャイル家です」


「常時二家が、哨戒任務のために、魔界に詰めているんですよね」


「はい。哨戒と遠征でそれぞれ二家、現在は四家が任務に就いています。二カ月交代で勤務と休暇があると思ってください。そして今回、哨戒していたバラム家が戻ってくるや否や、救援要請を発しました。二家では対処しきれないと判断したためです」


「だから任務に就いていない俺たちが呼び出されたんですよね」


「そうです。詳細は分かりませんが、もし大規模侵攻でしたら、総力戦となります。そうなった場合、ユージさんの初陣は、かなり厳しいものとなるでしょう」


 魔法使いは侵略種(インバジブ・アルテン)と戦う義務がある。

 地上で様々な特権を有しているのは、そのためだ。


 ところが祐二の魔導船は、いまだ祐二に合わせてカスタム中。

 どのような性能があり、どのような装甲や武装を持っているのか、まだ何も分かっていない。


「厳しい初陣は……困りますね」

「できるだけ私たちがフォローします。今回は私も乗り込みますから」


 船長と当主が別の場合、万一を考えて両者が魔導船に乗って戦わないことになっている。

 二人揃って怪我をしたら目も当てられないからだ。


 だが、不慣れな祐二を放っておくわけにもいかない。

 ゆえにヴァルトリーテは、祐二とともに戦場に向かう覚悟を決めた。




 シナイ山には、基地の周辺に十二のドックがある。

 現在も使われているのは、その中で八つ。


 各家がひとつずつ所有しているが、使用されていないのは大破か自壊して、魔導船が現存していないところだ。


 ヴァルトリーテは祐二を連れて、ドックではなく基地に向かった。

「緊急要請を受けてきました。状況はどうなっていますか?」


「18番魔界から魔蟲が大量にやってきました。魔蟲の先頭は、ここから二十キロメートルの地点です。本隊は五十キロメートル地点で、数万体が確認されています」


「ずいぶんと先頭が近いわね。哨戒をサボっていたわけではないのでしょう?」

「半年前に魔蟲の侵攻があったのがちょうど反対側でしたので、そちらを重点的に哨戒していたようです」


「なるほど……基地を守る船が見えないけど、もしかしてもう出てしまいました?」

「迎撃のため、チャイル家が全船を引き連れて出発されました。バラム家は引き続き哨戒を続けています」


「もうチャイル家は相変わらず脳筋ね。……いいわ、カムチェスター家も出ます。幸い一族はみな揃っていますので、船団を組んで迎撃に向かいます」


「お願いします。哨戒を終えたら、バラム家をすぐに向かわせます」

「ユージさん、ドックへ急ぎましょう」


「は、はい……でも侵攻なのに、バラム家は哨戒を続けているみたいですね……迎撃をしなくていいんですか?」


「哨戒も大切な任務よ。たとえば東西から同時侵攻があって、片方を見落としていたら、この基地は落ちる。そうしたら次に狙われるのは地球。つまり他に敵がいないか、周辺の安全を確かめてからでないと、迎撃に迎えないわ」


「なるほど、そういうことですか。分かりました」

 基地に魔蟲が到着したら人類の敗北。


 これはリアル・タワーディフェンスだ。

 慎重に行動してしかるべきである。


「幸い、今回は私たちがいるから大丈夫よ。発見は遅れたけれど、迎撃は間に合うわ。ただし、数万体の魔蟲はかなりやっかいよ」


「そういえば、俺。魔蟲って、見たことないんですけど」


「すぐに嫌でも見ることになるけど……簡単に言うと体長が数メートルの甲虫かしら。移動は極めて遅く、人の歩く速さよりもゆっくりなくらいね。そのかわり疲れて休むこともないの……着いたわ。さあ、行きましょう」


 ドックに入ると、一族が出迎えた。

「出発準備は整っています」


「そう。魔導船に乗る人選は済んでいるかしら」

「『黒猫』に搭乗経験のある者を二十名、選んでおります」


「分かったわ。それでは全船で出撃します」

「「「はっ!」」」


 人々が慌ただしく駆け出す。みな、何をすればいいか、分かっている動きだ。

 祐二はヴァルトリーテに促されるまま、魔導船に乗り込んだ。


「ユージさんはまだ船団単位での移動を経験していないから、方角を定めたら、真っ直ぐ進むことだけを考えてね。変に進路を変えると、隊列を組んでいるから周囲の船が困るし、最悪、味方同士で接触してしまうから」


「分かりました」


「それと速度は抑えぎみの方がいいわ。この魔導船よりも中型船は速度が出ないし、小型船はもっと出ないの。それと……この船の武装が分からないのは厳しいわね」


「どうやったら武装とかが分かるんです?」


「ユージさんと魔導船はリンクしているから、その時がくれば教えてくれるでしょう。ただ今回は、先に出発したチャイル家が問題ね。チャイル家は遠距離からの狙撃が得意なの。この船が近距離戦闘に特化していた場合、その射線に入らないよう注意しないといけないわ」


「なるほど、船ごとに特徴が違うから、戦い方も違うんですね」

「そうよ。チャイル家が所有する『ワイルドホーク』は見たらすぐに分かるから、それには絶対に近づかないようにしましょう」


「はい」

 全員が乗船するのを待って、魔導船は出港した。




 ――チャイル家 魔導船『ワイルドホーク』


「撃て! 撃て! 撃ちまくるのだ!」

『ワイルドホーク』の船長ゲラルトは、今年六十二歳。


 彼は現存する八人の魔導師の中で、最年長である。

 性格は至って直情。肉体を動かすのは得意だが、交渉事には向かない。


 チャイル家一族の多くが船長と同じ性格をしており、戦い方も至ってシンプル。

 敵の正面に立ち、可能な限り魔砲(まほう)を打ち続けるのである。


「敵の数が減りません」

 オペレーターの悲鳴が響く。


「減るまで撃ち続けろ!」

 これだけの数の侵攻は滅多にない。十数年ぶりではなかろうか。


 すぐ隣の魔界が溢れた可能性がある。

 その場合、数日から数週間にわたって、魔蟲がこちらにやってくることになる。


「左右の中型船が前進しています!」

「ならば、ワシらも前進だぁ!」


 チャイル家の面々はいつも、戦いに酔って引き際を見誤ってしまう。

 それゆえ他の家から、脳筋と評される。


 今回もそうで、遠距離砲を持つ船をなぜ前進させるのか。

 そしてなぜ、後退すべきときに前進命令が出るのか。


 チャイル家出身ではないオペレーターは、ここから逃げ出したかった。

 帰属する家を間違えたと後悔していた。


「敵、減りません」

「減らせ!」

 シンプルな命令が飛ぶ。


 遠距離砲で空いた穴は、すぐさま別の魔蟲によって埋められる。

 このままでは遠からず、小型船から順に魔力が尽きる。


 現存する八家が一堂に会さないのは、戦いによって一斉に魔力が尽きてしまわないようにだ。


 魔力を回復させる半日から数日の間に、魔蟲に一体でも地球へ渡られてしまえば、これまで守り通してきた秘密がすべて暴露されてしまう。

 十体、百体と出てくれば、地球が終わる。


 そうならないよう、なんとしてでも水ぎわで阻止しなければならない。

 ゆえにいかな総力戦でも、戦う船以外に戦える状態の船を残しておかねばならないのだ。


 ゲラルトはそれが分かっているはずだが、ほんの数時間で多くの魔導珠を空にさせてしまった。


 戦闘時に使う魔力は、通常時と比べて桁違いに多い。

「撃て、撃って撃ちまくれ!」


 このペースならば、あと一時間もしないうちに小型船の魔力が尽きる。

 さらに三時間も経てば、中型船も同じ運命となる。


 そうなった場合、この『ワイルドホーク』一隻で、多くの魔蟲を相手にしなければならない。


「敵の数が減りません!」

 オペレーターが三度目の警告をあげた。


「全身全霊でもって、敵を迎撃せよ!」

 どうやらオペレーターの予想は、現実のものとなりそうだった。




「あれが魔蟲……てか、なんで雲の上を歩くの!?」

 祐二は魔導船のブリッジから、眼下に見える薄紫色の雲を見つめる。


 雲と表現しているが、それらは神秘の霧(マギル)と呼ばれる変容した魔素の集まりである。

 それが地表を覆い隠し、魔蟲はその上を移動している。


「魔蟲が概念体(ケーファー)と呼ばれる所以(ゆえん)ね。神秘の霧の下には、絶対に行けないようになっているの。ちなみに魔導船も同じなので、気をつけてね」


 魔素は魔界のどこにでもあり、たえずどこかで変容している。

 変容した魔素は長い時を経て、ゆっくりと降下していく。


 変容した魔素が地表を覆い隠すほど集まるなど、一体どれだけの時が必要なのか。

「ヴァルトリーテさん、魔蟲を攻撃しなくていいんですか?」


 祐二の魔導船は、眼下の魔蟲を素通りして進んでいる。

「チャイル家が撃ち漏らした魔蟲はそれほど多くないし、小型船に任せればいいわ。それより本隊を叩く方が大事よ」


 この状態でもまだ、魔導船の武装が明らかになっていない。

 近距離攻撃の場合、近づきすぎて魔蟲に取りつかれることがある。


 そうなると周囲の船……威力の低い小型船に撃ち落としてもらうしか、取り除く方法がなくなる。

 操船でうまく回避できればいいが、祐二の技量は未知数。あまり期待しない方がいい。


 そもそも船団単位の航行演習すらしていない。

 慌てて舵を切って、他の船を巻き込んではたまらない。


「ヴァルトリーテさん、見えてきました。あそこで戦ってます」

 光線を連射している紺色の機体が目に入った。


「『ワイルドホーク』を見つけたわ。あれから離れた場所で戦いましょう」

 祐二の初陣が始まる。



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― 新着の感想 ―
[一言] この魔界の甲虫が10匹でも現代に出現すれば地球は終わる、とか記載がありましたが、無限自己増殖デモするんでしょうか? そうでなければ少数なら世間にばれる事にはなっても魔導船で撃滅できるとは思…
[一言] チャイル家www 嫌いじゃないけど魔導師っぽさをまるで感じないなあw
[一言] 脳筋過ぎる……絶対に分かってない。
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