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028 奇跡調査委員会の二人

 ハイニッヒ国立公園の遊歩道を歩く男女が、急に振り向いた。

 声をかけようとしていた祐二は驚いた。


 男は、いまからミサでも行うのかと思えるほど裾の長いローブをまとっていた。

 九月の日差しはまだ強く、とても暑そうだ。


 女はノースリーブの白いワンピースを着ている。

 避暑にやって来たお嬢様のようにみえる。


「えと、ロッド神父さんとシスターマリーさんですか?」

 旧本部で聞いていた名前を告げると、二人は目を見交わしたあとで頷いた。


「いかにも私は、奇跡調査委員会のロッドだ」

「わたくしはマリーと申します。ユージ様でしょうか?」


「あっ、はい。如月祐二です」

 すぐにマリーは少しだけ上目遣いで、しかもはにかんだ笑顔を浮かべた。


(この人、シスターだよね。なんでこんな薄着なの?)


「思っていたより若いですわね」

 ふむと、マリーは人差し指をアゴにあてる。


 その仕草がとてもコケティッシュで、教会に属しているとはとても思えなくなってくる。

「えっと、俺になんの用でしょうか」




 奇跡調査委員会の二人と祐二が話すのをヴァルトリーテは遠くから見守っている。

 隣にいると、要らぬ敵愾心を煽ることにもなりかねないからだ。


 目立たぬよう、木の幹に背中を預け、聞き耳を立てている。


「わたくしたちと叡智の会の関係は、知っていますか?」

 マリーの声が、ヴァルトリーテのところまで届いた。


「少しだけですけど、共存関係にあると」

「共存などしてない! 目こぼししてやっているのだ!」


 それに祐二が答え、ロッドが激昂した。

 どうやら、男の方は沸点が低いらしい。


 ヴァルトリーテがクスッと笑う。

 それに気付いたのか、マリーがヴァルトリーテから遠ざかるように、ゆっくりと歩き出す。


「すみません、まだあまり、叡智の会と教会の関係について、詳しく伺ってないものですから……」


 萎縮した祐二を見て、マリーは肘でロッドの脇腹を突いた。

 結構強く突いたのか、ロッドが「ぐふっ」と身体を折った。


「ごめんなさいね。考え方は人それぞれでいいと思います。ですから訂正も謝罪も必要もありませんわ」

「は、はあ……でも、それでいいんですか?」


 ロッドの方が、マリーより一回り近く年上に見える。

 だがマリーに睨まれ、ロッドは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「薬も過ぎたれば毒となります」

 マリーは微笑んだ。


 つまり、キリスト教の精神は大事だが、それだけに傾倒、固執すると、現実に歩み寄れない。

 いまのは、そんな意味だろうと祐二は理解した。


「分かりました。では、気にしないことにします」

「ありがとうございます。それでわたくしたちがここへ来た理由ですが、二つあります」


「二つですか?」

「一つは簡単なことで、叡智の会からユージさんについて、お話をいただきました。ですから一度、ご本人と会って話をしてみようと思いまして」


「はあ……」

 新しい魔導船の船長……つまり、魔導師が誕生したことは、いずれ教会に知られる。

 これは、それくらい重要案件だ。


 後から知って「隠していたのか?」と勘ぐられるよりも、先に話しておいた方がいい。

 そのような判断のもと、祐二の情報は、バチカンに届けられた。


「二つ目は、個人的にお近づきになれたらと、思いまして」

「……お近づきですか?」


「先ほど言いました通り、信仰に限らず、立場や考え方は人それぞれです。少なくとも、わたくしはそう思います。ですが、しがらみの多い人ほど、柔軟な対応が難しくなるのが現状です」


「そうですね」

 人は、社会性と無縁ではいられない。

 地位や立場が邪魔をして、自由に発言することすら、できなくなってくる。


「ですので、たとえばわたくしとユージさんが親しくなったとしましょう。バチカンと叡智の会という垣根を越えた友情です。情報交換することもあるかもしれません。他の方に友好の輪が広がることも考えられます。万一ですよ、たとえばの話、両組織が対立したとします。もしわたくしとユージさんが仲良くなっていたら、和解の窓口となることも可能です。それはとても素晴らしいことではありませんか?」


「……言われてみれば、そうかもしれません。ですけど、なぜ俺となんですか?」


「ユージさんはまだ、叡智の会の考え方に染まっていないからです。日本人は宗教をかなりフランクに捉えていると聞きます。そういう方のほうが、相手の立場で考えることができ、真摯に耳を傾けてくれるのではないかと思うわけです」


「そのために仲良くしたいと……そういうことですか」

「はい。手始めに、わたくしとユージさんのカップル誕生というのはどうでしょう」


「唐突すぎですよ!?」


「たとえばの話です。わたくしがユージさんとお近づきになりたいのは本当です。知り合いからはじめてお友達、親友、彼氏彼女、恋人へとステップアップしていくかもしれません。もう知り合ったのですから、次はお友達ですね。ユージさんはわたくしとお友達になっていただけますか?」


 怒濤の攻勢だが、別段友達にならない理由はない。

 なりたくないわけではない。


「あっ、はい。俺でよければ」

「そうですか。それはよかったです。では、もうわたくしたちはお友達ですね」


 祐二に顔を近づけ、ここ一番の笑みを浮かべたマリーに、「あれ? 何か早まったかな?」と祐二は微かに思った。


「お話中のところ申し訳ないのだけどユージさん、緊急事態みたい」

 遠くで見ていると約束したヴァルトリーテが、祐二のすぐ後ろまでやってきた。


「緊急事態ですか?」

「ええ、哨戒(しょうかい)に出ていた魔導船が戻ってきたの。0番魔界――つまりここの魔界に、相当数の魔蟲が出現したみたい」


「えええっ!?」

「半年ぶりの襲撃ね。本部から出動要請が届いたわ。ちなみにこれは義務なので拒否権はないの」


「分かりました。魔界に行けばいいんですね」

「ええ……そういうことだから、ユージさんとの対話はお終いでよろしいかしら?」


「ええ、お友達になれましたので、これでいつでも自由に連絡を取ることが可能です」

 マリーの答えに、ヴァルトリーテは一瞬だけ仰け反った。


「ユージさん、その話はあとで聞かせてもらうわ。その前に、侵略種(インバジブ・アルテン)をすべて蹴散らしに行きましょう」


「はい、分かりました」

「ユージさん、お気をつけてくださいね」


 マリーに笑顔で見送られ、祐二は魔界へと急ぐのであった。




 ――ドイツ中央部 ハイニッヒ国立公園 奇跡調査委員会


「……行ったか」

 祐二とヴァルトリーテが消えた方角をロッドが見る。


「ええ、ロッド神父、ありがとうございました。これでユージさんはわたくしに興味をもってくれたと思います」


「礼はいい。私が思っていることを述べたまでだ」

「そうですか? それでもわたくしの作戦に賛同して、こうして協力していただけたのですもの。お礼は言わせていただきますわ」


「……ふん。それよりその服。肌を(さら)し過ぎではないのか? 胸元も開きすぎだ」

 マリーがいま着ているワンピースは、本来下に一枚、シャツを着るものだろう。


 それをあえてマリーは外していた。

 薄手かつノースリーブのワンピースは、シスターが着るにはあまりに扇情的だった。


「日本は性に自由と聞きますからね、このくらいがちょうどよいと思ったのです。胸元、見ます?」


「見るか! 馬鹿者」

「そうですか、それは残念です」


「残念とはなんだ、その言い方はシスターにあるまじき態度だぞ!」

「残念は残念です。ロッド神父が(たぶら)かされるようでしたら、ユージさんも同じだなと思いましたので」


「キミは……使命をなんだと心得ているのだ?」

「神から与えられた果たすべき試練……でしょうか。試されているのはわたくしの信仰なのか、魅力なのか、それともこの肉体なのか」


 そこでマリーはクスリと笑い、瞳を剣呑なものへと変化させた。

黄昏の娘たち(ヘスペリデス)の額に釘を打って回るのはもう飽き(・・)てしまいましたので」


 微笑むマリーに、ロッドは「たしかにそうだな」と同意した。


 奇跡調査委員会の裏の顔。

 それは、教会の敵を殲滅するための武装集団なのである。



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― 新着の感想 ―
[一言] この世界観において、キリスト教徒共って人類危機引き起こしてる戦犯か?(魔女狩り)
[一言] 素直にかわいいだけの女の子なんておらんかったんや……
[気になる点] ええっと、この世界の女性はみなさま積極的ですね。
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