027 新しい魔導船
祐二とヴァルトリーテはブリッジを出た。
操舵室を抜け、船内の通路を進んで外に出る。
「この形と色……」
黒かった船体は、深紅色に染まっていた。
それだけではない、より赤黒い文様が船体に走っていた。
それはあたかも、すべてを焼き尽くす業火のように。
船の形状は、これまでと大きく違っていた。
「すごい形になったわね」
ヴァルトリーテは半ば絶句している。
「あれ、ツノですよね」
祐二もやや呆れている。魔導船の船首に四本のツノが生えているのだ。
上部の二本は長く、下部からそれより短いツノが二本、生えていた。
「これは久し振りに、攻撃的な魔導船が誕生したのかもしれないわね」
「そうなんですか?」
「おおよそだけど、船の形と性能には、関連性があるの。『黒猫』は移動タイプだったので、船首が丸かったでしょう? 防御型の魔導船は大きいわ。それに角ばっていたりすることも多いの。速度型だと、流線型になることが多いかしら。そして攻撃型は、特徴的な鋭い何かが出ることが多いの。あのツノのように」
「だとすると、この船は攻撃型になりますね」
「そういう傾向があるってだけで、確認してみないと分からないけどね」
二人で船を眺めていると、一族の何人かが集まってきた。
一族の者たちはここで待っていたはずだが、いまは三分の一も残っていない。
残りの者たちはどこにいるのかと祐二が思っていると、ドックに並んで停泊しているより小さい船から、ワラワラと降りてきた。
「中型船『ローンヴォルフ』、再接続を確認しました」
「同じく中型船『ビジョン』、再接続を確認しました」
「そう……大丈夫そうね」
どうやら、他の船に乗り込んでいたようだ。
「いまの……再接続というのは?」
「『黒猫』のときと同様に、この魔導船を筆頭船として、ひとつの大きな船団が再結成されたの。これで侵略種が来ても戦えそうね」
「……あれ?」
「ユージさん、どうしたの?」
いまの会話を聞いて、祐二はふと気付いた。
「魔導船で戦うんですよね。なぜ『船』なんです? 普通、戦うなら『艦』と呼びますよね」
戦艦や巡洋艦、駆逐艦というように、戦いに特化した船はみな『艦』と呼ぶ。
これは魔導船ではなく魔導艦と呼ぶはずで、戦う船の集団は船団ではなく、艦隊と呼ぶべきだろう。
「ああ、そういうことね」
ヴァルトリーテは納得の表情を浮かべた。
「何か、意味があるのですか?」
「私たちは、戦いが目的ではないから、この場合は『船』で正しいのよ。地球を守る義務があり、その戦力もあるわ。けど、私たちの目的は侵略種の侵攻を永遠に終わらせる方法を見つけるため、『はじまりの地』へ向かうこと……言うなれば、魔導船は戦闘もできる探索船になるわね」
「探索船……」
輸送船に武装を積んでも戦艦にならないように、そもそもが運用の目的が違うと言いたいらしい。
「さっき、『はじまりの地』でこの魔導船を見つけたと言ったでしょ」
「はい」
「そこにあった建物の話をしたわよね。これは、口伝で伝えられてきたことだけど、栄光なる十二人魔導師の何人かが、その建物に入ったの。建物の壁面に、ビッシリと絵が彫られていたんですって」
「壁面に絵……ですか?」
「ええ、栄光なる十二人魔導師たちは、絵を見て内容を理解したみたい。けど、それを子孫に伝えることはしなかった」
「どうしてです?」
「それが分からないのよ。残された古文書にも記されていないし、故意に伝えなかったと考えられているわ」
『はじまりの地』には、魔導船の他に建物があり、建物内部の壁に絵が彫られていた。
それを見た十二人の魔導師は、絵の中身を理解したが子孫に教えず、秘匿した。
それどころか、そこへ至る道筋さえも伝えなかった。
ゆえにどこの魔窟をどれだけ抜ければ『はじまりの地』へ辿り着けるのか、彼らの子孫たちは千年以上もかけて、探索し続けている。
「なぜ隠すようなことをしたんですかね」
「それについての記録がまったく残されていないのが不思議よね。ただね、ある魔導師のひとりが、晩年に漏らした言葉があるの」
「それはどんな?」
――この世界を救う手段があるのに、我々はそれをしなくてよいのだろうか
「前後の会話から、侵略種の脅威を永遠に取り除く方法が、建物の壁に彫られていたのではと、私たちは予測したわ。私たちの祖先は、あの概念体の駆除方法を知っていた。ならどこで知ったのか。あの建物に彫られていた絵がそうとしか考えられないのよね」
「だから『はじまりの地』を探しているんですか?」
「ええ、そうよ。もし祖先が過ちを犯していたのならば、子孫が正せばいいでしょ。それに、本当に侵略種の脅威が取り除けるのならば、実行すべきですもの」
栄光なる十二人魔導師の子孫たちはそう考えて、千年以上も探索を続けている。
なんともはや気の遠くなる話だと、祐二は大いに嘆息した。
中型船と小型船のリンクも終わり、祐二は地球に戻った。
乗組員たちはまだ調整があるとかで、魔界に残っている。
魔法のことはまったく分からない祐二は、戦力外どころかお荷物確定であるため、ヴァルトリーテに連れられ、素直にドックを離れたのである。
「俺に客ですか?」
叡智の会の旧本部に顔を出したら、そんなことを言われた。
ドイツに祐二の知り合いはいない。
たとえいたとしても、ここに辿り着けるはずもない。
「どちらの所属かしら」
ヴァルトリーテが助け船を出す。
「奇跡調査委員会の方が二名、いらしてます」
「あー、バチカンの……奇跡調査委員会ね」
ヴァルトリーテが複雑な表情を浮かべた。
「変な呼称ですけど……ヤバい相手ですか?」
「その辺の説明は、一切していなかったわね。どうしましょう。こちらに来ているのかしら」
「上の公園を散策して、お待ちいただいております」
「監視は?」
「人と機械で継続中です」
「一応、あちらの顔を立てて、会うことにしましょう、一応」
ヴァルトリーテは「一応」を二回も言った。
本当は会わせたくないのが丸わかりだ。
「それでは、監視の者にもそう伝えておきます」
「ありがとう……それではユージさん、歩きながら説明するわ」
「はい」
「奇跡調査委員会は、バチカンに所属するれっきとした組織です」
「はあ」
「ただし、表と裏があるの。今回来たのは裏の方ね、間違いなく」
「裏というのは……?」
「裏の彼らは昔の異端審問官ね。キリスト教に敵対する個人や組織を神の名のもとに狩る人たちだったのよ。昔の話だけど、彼らが異端と認定すれば、その場で裁判と執行が行われたのよ」
「弁護人は?」
「あるわけないわね」
「なるほど……それは厄介ですね」
「いまは真っ当な組織よ。表の場合、どこからか奇跡の報告が上がったら、何年も地道な検証をして、本当に奇跡かどうかを判定するの。とても忍耐のいる仕事を扱っているわ」
たとえばキリスト像から血の涙が流れたという報告が上がれば、それにまつわるすべての情報を集め、それが本当に奇跡かどうかを判断するらしい。
とくに再現性を重要視し、何年も像の前にカメラを設置し、記録を続け、結果が出るまで張り付くこともあるという。
その奇跡調査委員会には、裏の顔がある。
「私たちは魔法を使うからね。それをよく思わない教徒もいるのよ」
「あー……」
なるほど、ヴァルトリーテが微妙な顔をするわけだと祐二は思った。
おそらくいま、祐二も同じ表情をしているだろう。
彼らのような宗教的な信仰を持つ者は、魔法使いの天敵なのだ。
――統括会 東京支店
「ふう、終わったぁ~~~」
比企嶋慶子は、報告書を送信し終えた直後、机に突っ伏した。
「ごくろうさん」
上司のねぎらう声が耳に入っているのか、いないのか。
顔を伏せたまま、手だけひらひらさせたので、聞こえてはいるようだ。
祐二の血筋にまつわるもろもろのミス(とは言えない不可抗力)で、連日連夜、徹夜の嵐だった。
何しろ叡智の会は早急に調査を完了させるべく、矢のような催促を送ってきた。
不眠不休でことにあたり、ようやく終わらせることができたのだ。
「ここ一年分は働いた気がします」
「身元調査に不備があったから、魔界に入れる許可を出しにくいのは分かるけど、さすがにせかし過ぎだね」
塚原の顔にも疲労の色が濃い。
「魔導船の船長が身元不明というのは、前代未聞ですからね」
机につっぷしたままの比企嶋の声は、くぐもっていた。
「しかし祐二くんはなぜ、カムチェスター家の魔導珠なんか持ったんだろうね。接点はなにもないだろうに」
上司の言葉に、比企嶋は「はて、そういえば」と机から顔を上げた。
「魔導珠を持った経緯は分かりませんが、その時の状況はありありと目に浮かびますよ」
「……? ああ、彼は魔法の訓練をしていないのか」
「制御できずに、一方的に魔力を吸われたんじゃないですかね」
普通、魔法使いの家系では若いうちから魔法の訓練をはじめる。
祐二くらいの歳になれば、体外へ魔力を出さないようにする訓練は終了している。
魔力を身体から出ていかないようにする訓練を受けているのだ。
だが祐二はそれができない。ダダ漏れである。
おそらく祐二が魔導珠を触った瞬間、水が高き場所から低き場所へ流れるがごとく、注ぎ込まれたことだろう。
魔道具あるあるである。
本人も周囲も驚いたに違いない。
「それでそろそろ教えてくれませんか? 私たちの処遇ってどうなるんです?」
比企嶋が気になったのはそこだ。
身元調査の不備は故意ではないと説明してあるが、それを叡智の会がどう判断するか。
「事は超重大な案件だったしね」
「…………」
「でもまあ、不可抗力だと分かってもらえたようで」
「おおっ…………」
「減給で許してくれるってさ」
「ぐおおおおお……」
比企嶋はまたもや、机につっぷした。




