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024 カムチェスターの血

 祐二とカムチェスター家の関係はそれなりに単純で、祐二の曾祖母が三代前の当主の妹であった可能性が高まった。


 名前は、クラリーナ・カムチェスター。

 証拠の写真もあるし、おそらく間違いないであろう。


 クラリーナは、カムチェスター家を出奔したあと、なぜか日本に向かった。

 ドイツと日本は、同盟国だったからだろうか。


 だが、終戦後の東京は焼け野原。

 身寄りのない外国の女性が一人で生きていくには、辛い環境だったと思う。


 生活できる自信があったのか、知り合いでもいたのか。

 当時の足どりは不明だが、倉子として鴉羽(からすば)建蔵(けんぞう)と結婚した。


 なぜ彼女は、別人となって生きることにしたのか。

 カムチェスター家や叡智の会から追っ手が来ることを懸念したのかもしれないが、本人はすでに亡くなっているので、当時の気持ちを知る術はない。


「クラリーナ様はいつ頃亡くなったんだい?」

「1988年だそうです」


「なるほどねえ、その間、一度も連絡は来なかったねえ。完全に縁を切りたかったのかもしれないね」


「魔法使いが稀少なのは、新たに生まれにくいのと、一般の人との間に子をもうけても、その性質が受け継がれづらい点にあります。もしかすると、自分は許されないことをしてしまったのではと感じていたのかもしれません」


「あの激動の時代を生き抜いてくれただけでよかったってのに……でもまあこうしてユージがやってきたんだ」


「鴉羽家の中でも魔法使いレベルまで目覚めている者はおりませんが、かの家は統括会が引き続き、注意深く観察を続けるそうです」


「そうかい。日本で我が家の分家が隆盛するといいねえ」


「それと、ユージ様の件ですが、魔界への移動許可が下りました。許可証(カード)をお作りしますので、本部へお越しくださいとのことです」


「ついに許可が下りたかい。分かったよ。それじゃ、準備を整えて向かうことにするさね」

「私からの話は以上となります。ユージ様、このたびは船長就任、まことにおめでとうございます」


「あっ、ありがとうございます」

 祐二は慌てて頭を下げたが、これは日本以外で通用しなかったと、すぐに気づいた。


「地球の平和を守れるのは、ここにおられるような魔法使いの方々のみです。私どもはそれを全力でバックアップいたします。それと……っと、これはいまお話しすることではありませんが、皆々様が『はじまりの地』をはやく見つけられますこと、お祈りしております」


 ジェイルは深く一礼すると、優雅に踵を返して去っていった。

「はじまりの地って……なに?」


 またひとつ疑問が増えた祐二だった。




「さて、それじゃ、一族を集めようかね。魔界に乗り込むよ」

 エルヴィラが張り切っている。


 一方のヴァルトリーテは少し思案顔だ。

「近々、招集すると伝えてあったので、それは問題ないのですけど……」


「なんだい? 他に問題でもあるのかい?」

「ユージさんは、魔法についてまだ習熟していません」


「そりゃ、つい最近まで魔法使いのことすら知らなかったんだ。こっちに来てからだって、魔力は魔導珠に注ぎっぱなしだったからね。コイツを満たすのに魔力を使ってたんだ。魔法の練習は後回しでいいんだよ」


「ですが、ユージさんは魔法使いの頂点である魔導師としてお披露目するわけですけど」


 魔導師という称号は、魔法使いを導いたとされる『栄光なる十二人魔導師』にのみ許されたものらしい。

 いまでは魔導船の船長のみが、魔導師を名乗れる。


「ユージはれっきとした魔導師さ」

「みなさんは、認めてくれるでしょうか」


「さあてね。他の心の内なんざ分かりゃしないよ。たとえ魔法の知識がなく、魔法が使えなくたって、ユージがカムチェスター家の頂点に立つのは決定だ。従ってもらうさ。それとも何かい? 別の者をトップに据えるかい?」


「いえ、いまは魔導船の励起だけに留めて、一族へのお披露目は、もう少しあとでもいいかと思いまして」


「それこそ、いらぬ心配だよ。一族は集める。それで魔界へ行って、魔導船を励起させようじゃないか。魔法については、追い追い教えていけばいいさ」


 エルヴィラのひと言で方針が決まった。

 祐二は一族にお披露目をし、そのあと魔界に向かうことになる。




「そういえば、魔界ってどこにあるんです?」

 祐二は、根本的なことが分かっていない。


「どこ……と言われると困るね。この世ではない場所さ」

「死後の世界とかですか?」


「そんな場所じゃないよ。ただ、ここの世界ではないというだけ。魔界についての一般的な解釈は大学で教えてくれるから、その時に聞きな」


「はい。そういえば、日本でも同じようなことを言われました」


「ユージは特別科に入学だろう? あそこはどの教科を受けても大学の単位になる。ただし、特別科だけが受けられる授業があってね、そこで魔界や魔法の諸々を学ぶのさ」


「そうなんですか」

「だれもかれもが、家族から魔法を学べられるわけじゃないからね。叡智の会の魔法使いは一度、キッチリそこで魔法使いの常識を学ばされるんだよ」


 エルヴィラは懐かしそうに言った。

 おそらくそこで「キッチリ」学んだのだろう。


「魔界は異空間や別世界みたいなものです。ユージさんの認識しやすいもので理解するといいと思いますわ。魔界へは魔界門を使ってしか行けないし、普通の人は行けないの」


 ヴァルトリーテが説明を始めた。

「普通の人は行けないんですか?」


「行くことはできるけど、すぐに体調を崩すわね。それとこれは覚えておいてほしいのだけど、精密機器を持ち込んでもすぐに壊れるわ。魔法の元……魔素(まそ)というのだけど、魔界はそれが充満しているから、通常とは雰囲気が大きく違うわ」


「魔素とか、なんかファンタジーですね」

「現実よ。それで魔界門だけど、ドイツ中央部、ハイニッヒ国立公園の地下にあるわ。叡智の会の旧本部もそこにあるの」


「へえ、公園の地下ですか……えっ? 公園? 魔界門って、地下にあるんですか?」

「そう。いまから行くのは叡智の会の旧本部で、そのまま地下に入って長い廊下をずっと歩くと魔界門に通じる感じね」


「なんか、想像できません」

「実際に行って見てみるのが一番よ。ちなみにいまの本部は、ベルリンにあるわ。攻略不能の電子要塞と呼ばれているの」


「電子要塞……それは凄いですね」


「先に本部へ寄って許可証を貰って……になるかしらね。移動はヘリコプターを使うから……そうそう、一族を呼び寄せないと」


「……ヘリですか、分かりました」

 最近やたらと専用機やヘリコプターでの移動が多い。


 こういうのにも慣れなければいけないのだろうと、祐二はやや乾いた笑いを浮かべた。




 ――ドイツ中央部 ハイニッヒ国立公園の地下


 石造りの巨大な建物の中に入り、祐二たちは隠し扉を抜ける。

 ここに来る前に簡単な説明を受けたが、そもそも祐二は、ここがどこだか分からない。


 一人で行けと言われても絶対にたどり着くのは不可能だ。

「ここから先は少し面倒なの。私のあとについて、同じようにしてね」


 ヴァルトリーテは鏡面パネルに顔を向けた。

 小さな電子音のあと、壁についているランプが三つ光る。


「いま、何をしたんですか?」

「顔の特徴と虹彩をチェックしているの。変装とかの対策ね」


「なるほど……」

 祐二も同じようにするが、もちろんランプは光らない。


「さっき本部でもらった許可証を掲げて」

「はい」


 言われた通り、許可証をかざす。すると、黄色のランプが点灯した。

「大丈夫みたいね。それでは、行きましょう」


 結局そのあと二回も同じようなチェックを受けて、ようやく長いくだり階段に出た。

「ものすごく厳重ですね。そしてこの階段、深くて長い」


「そうね。これをつくり出した先祖を褒めるべきか、そうせざるを得ない現実を嘆くべきか、悩むところだけど」


 階段を降りきったところには、また長い廊下があった。

「一族は先に来ているはずだから、私たちが最後ね」


 本部でカードを発行してから向かったため、祐二たちが最後になった。

 一族は招集済みで、この先で待っているとヴァルトリーテは言った。


「着いたわ。ここが魔界門につながるエリアよ」

「ここがそうなんですか……すごいっ!」


 そこは大きなホールだった。

 天井は円く膨らんでいる。


 ホールには、大勢の人が集まっていた。

 ざっと見渡しても、二百人以上はいる。


「一族と、それに協力してくれる魔法使いの人たちよ」

「こんなにいるんですか!?」


「間に合った人たちだけだから、実際はもっと多いわよ」

 どうやらカムチェスター家は、祐二の想像を超えて大きいようだ。


 全員が私語ひとつせず、祐二を見ている。


「ど、どうみょっ……」

 緊張のあまり祐二が噛んでしまったのは、致し方ないだろう。


「よく集まってくれたわね。カムチェスター家に新たなる後継者が誕生したわ。彼が魔導船の新しい船長、ユージよ」


「ど、おうも……き、如月、ゆ、祐二です」

 集まった者たちが放つ眼力がすごい。


 緊張した祐二は、どもりながら挨拶した。

 そして心の中では「ずいぶんと、遠くまできてしまったなぁ」と黄昏れていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 物理的にも立場的にもほんとに遠い所まで来ちゃいましたよねえ
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